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スキマインタビュー:グランドピアノの夢を見た人(後編)

さて前編では、栗林すみれさんの「グランドピアノの夢」という原点と、自分らしさを探っていく過程にあった、少し辛かった日々についても聞いてきました。前編は以下の記事をどうぞ。

「グランドピアノを弾きたかった」から音楽の高校を選んだ彼女。

グランドピアノの夢は、夢のままなのでしょうか?

実は、2016年に、自宅に、念願だったグランドピアノを…買いました!

2016年に、自宅に、念願のグランドピアノを買いました!もう、本当に嬉しかった!!ずっと欲しかったけど、なぜか無理だって勝手に諦めていて。でもいろいろなことを現実的に考えてみたら、買えるんだ!って思い直して。

以前から、いろんな人にいただいた「使いづらいお金」を貯めていたの。ライブハウスの方がなけなしのギャラをくれたり、感動した!とお小遣いをくれた人がいたり。バンドのリーダーがギャラの中で分けてくれたお金とか。そのお金も、ピアノを購入するときの足しにさせてもらった。

それからグランドピアノ可の家に引っ越しもして。ついにグランドピアノを手に入れたんだ。自分の大好きな音のピアノが自分の家で弾き放題なんて、こんなに幸せなことはないよね!!

心が自由であれば、音楽はどこまでも発展していける

ー辛い日々もあった中で、すみれちゃんとジャズとのつきあい方は、今どういうものになっているんだろう?

ジャズという定義っていまだに、こうだ!っていっていいのかわかんないんだよね。でも即興音楽にはすごく惹かれる。楽譜に忠実にやる、という世界よりもまっさらな状態で自由にやれるというか。私は演奏のたびに違うことをするのがすごく楽しいんだよね。

自分としてはあまりジャンルにはこだわってないというか、ただそのときに出てくるものをやる、っていう感じかな。新しいものを取り入れたらそういうのが混ざって出てくる、っていうのを繰り返すとどんどん自分のものになっていくというか。その場で演奏するみんなが、生きてる場所も食べてるものも、育った景色も違うんだし。それぞれが見てきているものが演奏に反映されると、本当に自分らしいものが出てくるから。どんどん自分の好きなこと、気になることを掘り下げていって自分が自然と出てくるものをどんどん作っていくっていうのは理想だよね

ー1stアルバムを出してから最新作までで、音楽の雰囲気が変わったような印象…。何か変化はあった?

2ndアルバムを出す前くらいに、金澤英明さんというベーシストの方と知り合って、このおじさんと会ってしまったがゆえに色々変わってきた(笑)。自分が自由な心をさらけ出して演奏をすると、金澤さんはそれを受け止めてぶつかってきてくれたの。だから一緒にアルバムを制作したり二人でツアーもして、そのぶつかり合いを繰り返していくことで、心が自由であれば、どこまでも発展していけるんだということを身を以て知ることができたんだよね。

親子近く年の差の離れた金澤英明氏と、二人で制作したアルバム「二重奏」を2017年にリリース。

ー3月リリースの3rdアルバム「光彩 ~Pieces of Color~」は、ピアノの音中心のアルバムというよりも、もっと壮大な感じがした。そしてスウィングも入ってないね!(笑)

そうなの(笑)。3枚目のアルバムは、ピアノの音だけでは表現しきれない曲を集めて、人数も厚みがあって映える曲が中心に作ったのでそうなりました。4月に出る4枚目のアルバムには、スウィングも入ってます(笑)。

ー今回のメンバーはどのように決めた?

私の趣味が雑食だから、1枚のアルバムつくる時に、この曲はこの人に合うけどこの曲は全然合わない、っていうケースが以前からよくあって。だから今回は曲をつくる時からメンバーを想定して書いて、曲ごとにメンバーの入れ替わりもあり、曲調も色々だから本当に「色とりどり」のアルバムになったと思う。あらかじめオーケストラみたいに、かちっとハーモニーや全体の構成も決めて書いてるものもあるし、同じメロディを繰り返しながら即興で作っていった曲もある。面白いメンバーじゃなかったら何も起きずに終わるけど(笑)、変な人たちばっかり集めたから非常に面白い感じになった!

ー色とりどりな曲たちは、どんなときにできた?

6曲目に「Long Roller Slide」という曲があるんだけど、あれはベーシストの金澤さんと一緒にいろいろな地方をツアーで回っていた時に、たまたま盛岡の公園で、ものすごーーーく長い滑り台に遭遇したの。

ーこれはすごい!!

すっごいよね!!めちゃくちゃテンション上がって、一緒にいた金澤さんとツアーマネージャーさんとすごいはしゃいだんだけど。ツアーマネージャーさんはすごく痩せていて、途中でお尻の皮がむけた!とか言って叫びだしたりしてさ(笑)。

ー「長い滑り台」ではしゃいだことから、どうやって曲が出来上がった?

毎日ガチンコで即興演奏してるから、ツアー中は本当に疲れるんだけど、だからよけいにその公園で疲れを発散して(笑)。それと東北にいると、景色が日本昔ばなしみたいで、全然ジャズの音楽とか頭に浮かんでこないんだよね!以前、伊藤多喜雄さんっていう、「ソーラン節」を歌っている方のバンドもやっていた経験があって。だから秋田音頭とか最上川舟唄とか、昔聴いたものが体に残っていたんだよね。実際に東北ツアーをしてみて、最上川渡ったり、秋田行ったりしたときに、「あの歌はこの景色だったのか!」って繋がって以来、民謡が頭の中に流れてて。その土地の音楽の力みたいなものをすごく感じて。だからその時、自然と民謡っぽい音階が出てきて、公園からホテルに移動する途中の車の中で鼻歌をメモして、ホテルで仕上げた。

ー旅行中によく作曲する?

旅行中は結構多いかなあ。うわー何これ!?って感動すると、自分の中で新しく入ってきた情報と、今持ってるものが混ざったものがポンと出てきたりとかする。以前聴いた時にはわからなかったものでも、実際に行ってみて出会った景色とか人とかを見てつながって、しっくりくる感じ。

誰かを理想におくのではなく、等身大の自分を素直に表現したい

森山威男「over the rainbow」

これはジャズドラマーの森山威男さんを中心としたアルバムなんだけど。森山さんのドラムは大荒れの海みたいで。沖縄の透明な海というよりも、もっと色が濃くて「ドッパーン!」って感じの迫力がある。

いわゆるアメリカのスウィングジャズの真似ではなく、「森山威男」という表現になっているというか。誰かを理想におくんじゃなくて、自分の表現に忠実であれば、「日本人がやるジャズ」の深みも増してくるというか。この人たちはそれをしていて、すごくかっこいいな!って思ったんだよね。

ー自分の表現に忠実である、というのはどういうこと?

例えば本来ジャズも、日本人にはあまり縁がないものだなって思っているし、「借り物」感がある気がしてて。それより私自身は、アメリカのジャズよりも、自分の父親のお箏の音色が体にしみて生きてきているわけだし。逆に日本の伝統音楽をアメリカ人がやろうと思っても、きっとそれは体にしみて生きてきた人のものとは違うものになる。だから自分の体にしみて生きてきたものを表現することに意味があるんだと思う。

ーたしかに、「長い滑り台」と「民謡」を結びつけた曲はすみれちゃんにしか書けないかもしれない(笑)。

そんな風に、ふつうにくらしてるだけで自然と出てくるものも絶対あると思う。苦労して理解した末にひょっこり出てくるものももちろんあるし、クラシックやジャズプレイヤーの先人たちの果てしない世界を勉強していくことで表現も厚みを増していくんじゃないかな。わかりやすいとか、強く目立つようなものへの憧れもあるけれど、等身大の自分で素直に表現することはやはり大事だと思っているんだよね。

画家の東山魁夷さんの絵や言葉もとても好きで。展覧会に行った時に、この言葉にも勇気をもらったな。背中を押してもらったというか。

「私は異様なもの、誇張されたもの、
大声でわめく作品を生み出したいとは思わない。
また新しいと言われる形式にも、
そんなに心をひかれない。
自然の中にあって、心静かに感じるものを
すなおに表現してゆきたいと希っている。」

ー絵を描くときもそういう感覚?

絵はどちらかというと、写真に撮りたいような瞬間を描くのが好きかも。たとえばちっちゃい子がスーパーでめちゃでかいネギを持ってうろうろしてたとき、かーわいー!とか、なんでもないけど絵にしたいものってあるよね。あとは疲れてて頭を整理するためにひたすら細かい模様を描くこともある(笑)。

ー悲しい気持ちのときや、気分が上がらないときも演奏することはある?

音楽を仕事にしている以上、割り切れないものもあるはずで、その日その時の感情も人の心を打つわけだから、そのときの自分の表現ができればいいのかなと思っているんだけど。でも自分だけの世界に入って完結しちゃうのは違う。お客さんのために無理やり自分を上げたり曲げたりするんじゃなく、お客さんひとりひとりがいるという前提で、そのときにしかできないことを、逆手をとって表現できたらいいと思うよね。子供時代に、同じ曲一曲を、違う感情のときにも弾き続けていたっていうのと根本は同じかもしれないね!

インタビューを終えて、二人で近所のインド料理屋さんへ。インド料理屋さんにありがちな、謎の横文字混じりの日本語メニューに二人でツッコミを入れつつ、カレーを平らげお会計。

二人合わせて1990円だったので2000円でお支払いすると、その10円のお釣りを、マスターが気を利かせて5円玉2枚でお返ししてくれた。

一瞬「?」と思ってからマスターの細やかな気遣いに気づき、「素晴らしいね〜!」と話しながら二人で駅まで歩く。ともすると見逃しがちな日々の感動を、すみれちゃんは拾い集めているのかもしれないなあ、と思いつつその日はお別れ。翌日から、すみれちゃんは長いツアーの旅へと旅立っていったのでした。

栗林すみれ
1986年生まれの作曲家でありピアニスト。2018年3月に”Pieces of Color”、4月には"The Story Behind"をリリースし、多方面に活躍を見せている。4月、5月にかけてはリリースを記念したツアーで各所を旅している。

amazonで新アルバムの試聴もできます。記事中に出てきた「Long Roller Slide」も聴けます。


4月25日にも新アルバムが連続リリース。こちらは、3rdアルバムが色とりどりな曲が揃っているのに対して、ピアノのメロディが中心のトリオで演奏をしているので、私のピアノ演奏を聞きたいと思ってくれている方にはおすすめです、と本人。

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