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スキマインタビュー:毒物的なニットを作る人(後編)
インタビュー前編はこちらからお読みくださいませ。
さて後編では、もう一つのコンセプトでもある「ケミカル」について聞いていきたいと思います。
ケミカル=「化学的な」、「化学的に合成した」
この言葉は、作品にどのように関わるのでしょうか?
そしてどんなこだわりが隠されているのでしょうか?
ー作品の制作はどういうときにしていますか?
今は週3日、商社でやっていたようなニットの企画提案やデザイン、仲介などの仕事をしています。それ以外の日ではニットを日々「開発」してますね。
ーか、開発!?デザインじゃなく?
そう、自分でも無意識のうちにそういう言葉を使ってたんですけど(笑)。出来上がった編み地をどう組み合わせて仕上げるか、という部分はデザインになると思うんですけど、糸を編んでみて出方を見るのは、私にとっては、ほぼ化学の実験と同じ感じなんですよ。新薬を開発するのにいろんなものを夜な夜な組み合わせるみたいなことに、やってることは近いですよね。
岩田実験室の試作品の山
ー化学の実験…まさにケミカル...!
入れる糸によって全然変わっちゃうので、じゃあこれを入れ替えてみようとかこれとこれを組み合わせるとか。糸が3個あったら3×3で9通りできるから、全部試さないと気がすまないんです。一定の柄の出方はパンチカードというもので登録をするんですけど、それを何色も試すんです。この中で、これを使おうとかこれは連続させちゃおうとか。違う柄で編んだり、じゃあ次はこの組み合わせでやっていくとこうなる…とかそれぞれをひたすらテストする。膨大な時間がかかりますよ(笑)。
ちなみに、ブランド名の「FAD distortion」のFADは、架空の言葉なんですけど、化学記号的な意味合いでつけてます。distortionというのは、ギターのエフェクター(音響効果を与える機材)からとっているんですけど。中でも、ひずんだ音とか、音を歪める作用が強いみたいで、その音のイメージがブランドのイメージと近いと思ってつけました。私ドラマーですけど(笑)。ロゴのイメージはそれを可視化したものです。
ーニット地の裏表ってどうなってるんですか?
いわゆるマフラーとかセーターはこっちの表目を使うことが多いんですけど、私はだいたい、ふつう裏とされる面を使っています。
表目は、いわゆる矢の形というか、V字型の連続模様でできあがるものなんですけど。THE ニットって感じがするので、ありきたりな感じがして。
編み地の表目
裏の方が、糸の渡り方が出るから好きなんですよね。色々編み方によって変わるんですけど、糸の可愛さとか素材による質感が、裏のほうが出やすくて。それで数種類の編み方も組み合わせた上で編み地を作ってます。
編み地の裏目
ーどうしてそんなにニットがいいんですか?
一人でできるっていうのが一番かもしれないですね。例えばシャツみたいに、既存の生地を裁断して縫うためには、結局デザインしたものを型紙に起こすという工程が発生するので、パタンナーさんにお願いをして、パターンを作ってようやくできる感じなんです。ニットなら、自分で編みで作ってこんな感じでっていうのができるので、自己完結できちゃうんですよ。そっちの方が性に合ってるなと思います。
ーニットは自己完結ができる?
工場で作られているものでも、ニットは「何目を何段で」とか具体的な指示を出せば割とその通りにあがってくる。パタンナーさんがいなくても、ニットデザイナーはある程度工場に直接発注しても成り立っちゃう感じですね。機織りとかをしない限り、シャツなどの洋服は生地づくりからこだわることが難しいですけど、ニットの場合は一から、糸からやるので。柄も、糸から組んで、素材を作ることからはじめられるんです。例えば白い糸に蛍光っぽい細い糸を巻きつけて、一本の糸にしてそれを編む、なんてこともできるので、素材から仕上がりまで手を動かしながら見られるというか。物事を多面的に、全体で見たいっていうジャーナリズム根性と通じるところがありますね(笑)。
ー使う生地やパーツはどのように選んでいるんですか?
バッグの底と中の生地には、テントとか屋外のフラッグとかに使われている、コーティングされた生地を使ってるんです。無機質な素材感が好きで。
バッグの上端部分は牛の本革で、中でもシュリンクといって、薬品でわざと革を縮めてシワ感を均質化する加工を施したものを使っているんです。それも均一的なものが好きだからあえてそういう革を選んでます。この無機質で均一的な素材感をニットと合わせることで、全体としてミックスされたイメージになるんですよね。ハトメも、金属感を強調するために、普通のものより幅があるものを使っています。
ニット部分はあえて接着芯を貼って強度を出してるので、あえてニットのふわふわした素材感をおさえているんですよね。ニットを編む糸も、通常ニットだと綿とかウールとか、ナチュラルな素材感が多いんですけど、私はもっとケミカルというか、ナイロンとかコードみたいな糸も好きなんです。
あと、普通の糸って、ねじりをかけて繊維がばらばらにならないようになっているんですけど、繊維を一方向に引きそろえてゆるくねじりあわせているような糸があって。その手法のほうが普通の糸より無機質に見えるから、ケミカルという意味でもそういう糸を好んで使ってますね。今後こういう糸が全面に出るような編み地をやっていきたいですけど、これはまだ実験中です。
ー今後はどういうものを作っていきたいですか?
人が身につけられるような立体物を、しかもある程度量産できるものを作っていきたいですね。一点物とかもいいんですけど、ある程度再現性を持ってみんなが使えるようなもの。今はまだバッグが中心ですけど、今後は洋服とかもやっていきたいです。今は家庭用ニット編み機で編み出した四角いパーツでできることだけをやっているんですけど、例えばビスチェ(コルセット)とかはそれに近いものからできるのでやってみたいと思ってます。
あと、ニットを編んでるときの機械の音を取り込んで電子音楽を作って、それを流しながら実際に目の前でニットを編むとか、そういうインスタレーションのような、空間全体で、体験的にニットを感じられるようなこともやってみたら面白いんじゃないかって思ってます。
今回お話を聞いてみて、おおよそニットとは直結しないような多ジャンルのキーワードが出てきました。
でも蓋を開けてみれば、作品に詰まった背景が見えてくるものたちばかりでした。
岩田さんにとってニットは、
「自分にとても合う手段」であり、
「無限の可能性を秘めた化学実験材料」である
ともいえるでしょうか。
ブリューゲルの絵のように、一つ一つを読み解いていくと、込められた意味が浮き上がってくるようなバッグ。
でも決してニット部分は、紐解かないでくださいね。
なんつって。
岩田紗苗。「FAD distortion」主宰。家庭用ニット編み機を使って、オリジナルの編み柄を作成し、バッグなどを制作。神泉のセレクトショップ・R for Dなどにてバッグを展開中。
聞き手:絵はんこ作家「さくはんじょ」主宰のあまのさくや。誰かの「好き」からその人生を垣間見たい、表現したい。そういうものづくりをしています。
スキマじかん研究所では、スキマじかんを「好き!」で埋めてしまっている人に「スキマインタビュー」を行っています。ご感想やご意見などありましたら、コメントにていただけましたらたいへん喜びます。
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