心地いい場所には心地いい人がいる
悲しみの感情にもがき、とめどなく流れる涙。
その時… 確かにそばで人の温かさを感じていた。
感情をため込む
今も鮮明に思い出す2つの光景がある。
自宅の扉を開け、崩れ落ちるように玄関のベンチに座り込み、感情の赴くままに声をあげ、泣き続けた。
気づくとそばには2人が立っていた。
背中をさすり、何をいうのでもなくただそばにいてくれた。
認めたくはなかったけど自分の限界をとうに超えていた時期だった。
立ち上げたばかりの団体の活動で後戻りも、中断することもできず、前にしか進んではいけないような気持ちに囚われ、自分がなんとかしなければならないと思い続けていた時期。他人に弱みを見せることもできず「助けて」ということができなかった時期だった。
友人の死
ある道を車で通っていた。とめどなく涙が溢れてきた。その道は活動を共にしていた私の一番の理解者であり、3年前に亡くなった親友がよく通っていた道だった。
彼女のお葬式の時もトイレで泣いたのに、その時は友人の前でしゃくりあげるほど泣いた。一緒にいた友人は言葉を発する事なくただ見守っていてくれた。いやっ、困っていたのかもしれない(笑)
彼女が亡くなってからも何度も通った道。その度に泣きながらハンドルを握っていた。「かおりちゃん、中途半端でごめんね」と亡くなった友人の言葉を思い出し、彼女が望んでいたシングルマザーとその子ども達への支援を彼女のためにも頑張ろうと自分に誓っていた。
そして、この日からこの道を通っても泣くことはなくなった。
自分にしかできない
いつからか人に相談することがなくなった。自分が抱えていることは自分にしかわからない。乗り越えていくのも自分でしかない。
どんどんと自分の気持ちを溜め込み、その感情が負の感情であれば自分の心の中だけに留めておくには限界があった。時々、深く落ち込むことがあった。そんな時は決まって一人ぼっちになってしまったような錯覚を覚えた。
人の存在
でも今は違う。
自分にしかわからない。
自分にしか乗り越えられない。
その気持ちは変わっていない。
でも気づいたらそばにそっといてくれる人たちがいる。その存在の大きさを感じている。
言葉はいらないのかもしれない。
心地いい場所にいるだけでいいのかもしれない。
そこにそっと自分を見ていてくれる人がいればなおいいのかもしれない。
それをこの数年で知った。
そこにいるだけで確かに人の温かさを感じれる場所をつくりたい。
そんな場所が子どもにとっても、
大人にとっても大切なのだと痛感している。