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【出張記録】沖縄 IN MY HEAD Vol.1

12月某日

朝6時に家を出たはずなのに、早朝の山手線は混雑していた。出張で沖縄に1ヶ月、スーツケースは一番でかいサイズをレンタルし電車に乗り込んだが、池袋から浜松町区間はずっと立ちっぱなしで少々疲れてしまった。

羽田空港に到着し、空港内の蕎麦屋で朝食をとる。仕事じゃなければビールを頼んで「気持ち良くなってきたし、冬の沖縄でのんびりしますか!!」とバカンス気分を味わえるのに、今回ばかりはそうもいかない。
周りにいるこれからフライトを控えていると思われる人たちも目は死んでいる。確かにこの緊急事態宣言間近の中飛行機で何処かへ行くのなんて仕事以外何にでもないか。

蕎麦湯を飲みながら少し温まった身体を、イヤホンから流れてきたuruの透き通った歌声にまた体温音を下げる。

2時間ほどのフライトで沖縄に到着。昼飯も取っていなかったので少しゆっくりしたいなと思っていたがシャトルバスの時間の関係でコンビニで飯を買いバスの中で食うことにした。

バスから景色を眺めれば、すぐに目に飛び込んでくる青い海。東映よろしくな日本海の泥水感は全くなく、広がるオーシャンブルー、ここでパリピが昼夜問わずテキーラ、マリブコーク飲み散らかしながらビリーアイリッシュのBad guy流して踊り狂うんだろうと偏向的な想像を膨らませながら、仮眠を少々。赴任先へ到着したときにはイヤホンで流していたGreen assasin dollorのクールなトラック郡は2週目に突入していた。

この時期の沖縄は雲が多く、湿度も多少あり5年ぶりの沖縄は生温かった。

午後はオリエンテーションを受け職場へ挨拶、少し研修と館内の見学を行い初日は終了。冷房の少し効いた部屋にて、プレイリスト『里崎智也 酷評』を流し聞きしながら荷物の整理をする。
里崎氏の口達者なしゃべりにに時折ニヤリとさせられつつ、ひと段落つく頃には、とっくに夕飯時になっていた。

腹も減ったし、コンビニで何か買って食うか……道を歩いていく途中、国道58号沿の定食屋の看板が目に入った。もっと豪勢に焼肉でも食べようと思っていたのだけれど、久しぶりの外食もいいなと多少浮かれていしまったのと、店内からこちらに呼び掛けられている『オリオンビール、冷えてます』のオツさに心が揺れてしまったのだった。
まあ初日だし定食屋でもいっか、、、

という気まぐれから、冒頭に戻るのである。

平日の少し早めの夕方から飲むビールの贅沢な味わいには、大ジョッキがちょうどいい。初めての職場、職場の人たちに緊張していたのだろう。まずは軽くひとくち、のつもりが喉を滑り落ち、食道から胃に染み渡っていくビールを一息に飲み干してしまった。
考えてみれば、一人での外食なんて半年以上ぶりのことだ。

二杯目が運ばれてくるのを待ちつつ、メニューを閲していく。食べ物の写真が色褪せた品書きは、沖縄料理を前面に押し出していた。まだ初日だし沖縄の味を選びたい。となればラフテーや海ぶどう、ジーマーミ豆腐を食しながらビールを飲み、〆で沖縄そばだなと段取りを立てていく。よし、注文しようとメニューから目を離し、手を上げようとしたところでふと、壁の品書きが目に入った。

「唐揚げ定食」

という明らかに新しく書かれたメニューである。

この店はきっと昔からここにあるのだろう。コロナ禍の影響で売り上げが大幅に落ちたであろう定食屋のおばちゃんは厨房の椅子に座って店内備え付けのテレビを見ている。その風貌には売り上げどうこうではなく、コロナ禍でも定食屋一筋五十年の強者的風格が漂っている。

その強物がだ。

沖縄の定食屋が繰り出す沖縄感ゼロの攻めの一手。

それは僕に、いつ何時であろうと全力で壁と向き合う野口啓代の姿を思い起こさせた。
世間からはクライミングの女王と呼ばれている彼女が、長考し、人とは違うムーブで解決しようとするそんなとき、映し出された表情は大きく深呼吸している、そんな場面。
壁との間だけは俗世間の全てを忘れ、ただただクライミングと向き合う、その姿勢、表情に現れた純度の高さに、僕は感動した。

「すいません、唐揚げ定食ください」

女王野口啓代のアティチュードと僕の話は置いておいて、「唐揚げ定食」というどこでも食べられるメニューをここで繰り出してくるのか。その攻めの一手に僕の胃袋に血液が集中し、虫が声をあげたので迷わず注文。

しばらくして運ばれてきた唐揚げ定食は、みりんと醤油で漬け込んだであろう鶏肉を片栗粉で上げたサクサク唐揚げと、味噌汁、浅漬け、白飯、という内容。
なんとなく予想していたものの、やはり沖縄感はまるでない、ひねりの一切ない、至って普通の唐揚げ定食である。
ひと口すする味噌汁は、口内に残る脂身を打ち消し、再度口にした唐揚げは一口目に食べた時よりも7thコード的な旨味の装飾音を構成しながら喉を通過していく。味噌味が被っているが、味わいは被っていない。
そして、唐揚げと白米の単純な反復に、絶妙な変化を与える浅漬けの存在。油に疲れた口を仕切り直すおばあちゃんの味よろしくな味付けと量もちょうど良い。

この定食うめーじゃん。

すっかり堪能して、飲むことを忘れていたビールを飲み干す。
帰りがけに、唐揚げ最近始めたんですか、とおばちゃんに尋ねると、

「いやあ、沖縄の味ってここらの人は飽き飽きしてるだろうからね」

ごちそうさま。



続く

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