見出し画像

君はきっとあなただった

 確証が持てないのだが、多分あなただったと思うのだ。さて、誰だっただろうか。

 先日、犬を連れてお散歩をしていた時のことだった。住宅地の細い道路の端っこには側溝が掘られてU字溝が埋められている。側溝には蓋がしてあって、コンクリートでできたブロック状の蓋と、たまに鉄でできた格子状の蓋が混ざって一列に並んでいる。コンクリート時々鉄の蓋は時々方向を変えたり分岐したりして長く続き、地上へつながる穴は近くには見当たらなかった。

 コンクリートでできた蓋同士の間には少しの隙間がある。犬が2,3回足を引っかけたことがあるが、その日は執拗にクンクンし続けていた。こういう時は大抵大きい方をする時なのだが今回は様子が違った。少しの隙間に鼻を突っ込んでまでクンクンしていた。これは何か様子がおかしい、何かいるのだろうか。そう思って隙間をジーっと眺めていたら、何かが動いた。

 「わあああ」思わず声がでた。後ずさりもした。ゾッともした。しかし、何がいたのか分からない。犬のリードを引っ張りながら、やや高くなった心拍数を感じながらもう一度見た。何もいない。見間違いだったのだろうか?いや、しかし。さらにもう一度見た。

 「わあああ」また動いた。また声がでた。また後ずさりもしたしゾッともした。動いたのはもさもさした毛だった。側溝には確かに何かがいる。

 この「何か」は、格子状の蓋の方には移動して来ない。よって全体像を見ることが出来なかった。余程恥ずかしがり屋さんなのだろうか。また、「何か」は声を発しない。犬がクンクンなどしていたら怖いだろうに、鳴きもせずに蓋の下をうろうろと、狭い側溝の中を文字通り右往左往していたようだった。何度か見えた毛皮は、グレーがベースでたまに黒っぽい毛が混ざっていた。

 毛皮をまとった動物であることは分かったが、さて、放っておいて良いのだろうか。姿を確認したいのだが、蓋を外そうにも重くて無理そうだし、何か分からないものを安易に触るわけにもいかない。うーん、どうしようもないか。

 もやもやするので今度は呼んでみた。「おーい、おーい」昔話さながらだった。すると、呼んでみた隙間に向かって何かがやってきた。鼻が見えた、これは4本足の動物の鼻だ。そして、暗い側溝をのぞき込むと鼻の少し上にやや間隔が狭い二つの目が鈍いオレンジ色に光った。「ああああ」立ち上がって後ずさってしまった。「何か」は確かにこちらを見ていた。寄ってきてくれたから、警戒心は解いてくれたのかもしれない。それなのに私はまたもびっくりしてしまった。

 君はきっと、たぬき。全身は見えていないから、多分だけど。

 野生動物ならば、そうっとしておいた方が良いのだろうか。それにしても、どこから側溝に入ったのだろうか。ここで繁殖でもしたら大変なのではないか。迷って出られないのならかわいそうだから山へ帰してあげた方が良いのではないか。そうこうしているうちにどこかへ行ってしまうかもしれない。どうするべきか。

 分からないまま、すでにたぬき(多分)に飽きてしまった犬に連れられてとりあえずお散歩に戻ることにした。しかし、気になって仕方がない。君はまだあそこにいるだろうか。

 早めにお散歩を切り上げて、犬を説得したことにして、たぬき(多分)の側溝へ戻った。隙間から毛皮が見えた。君はまだここにいたんだね。

 リードを持っていない方の手で保健所へ電話をした。野生動物は管轄が違う、と言いながらも親切丁寧に対応してくれた。たぬきは側溝を普段から移動用通路として使用しているので、(たぬきだとして)ちゃんと動いて元気がありそうだったら問題ない。けがをして動けなさそうだったり、犬や猫などの動物だったら保護が必要なのでまた連絡をするように、とのことだった。ご連絡を頂きましてありがとうございます、とも言ってくれたので、こちらもお礼を述べつつ安心感に加えて嬉しい気持ちも一緒に持ち帰った。翌日には毛皮は見えなかったから、どこかへ移動したらしい。君が元気でいてくれたらそれでいい。

 さてここで気になったのだが、動物の種類によって保護するべきかしないべきか、害獣かそうでないか、区別されるとは不可解ではなかろうか。人間が勝手に決めた線引きである。元々は動物たちが命がけで縄張りや子孫を守ってきた土地や歴史があることを思うと、何ともやるせない気持ちになる。

 人間として知能を持つ意味はなんだろうか。考えた詳細は割愛するけれど、人類はもう少し賢く振る舞う義務があるのかもしれない。

いいなと思ったら応援しよう!