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シグネチャー・コロン
初めて買った香水はティファニーの香水だった。
僕にはイケイケの姉がいて、イケイケの姉が貰ってきた香水のサンプルを気に入り買い始めた。でもそれは香りが好きだったというよりは、ティファニーという名前を買っていただけだった。
その後もたまに買ったりはしていたが、匂いが好きな時期とそうでない時期があり、どちらかというと好きではない時期が多かったから、いつしか香水を買わないようになってしまった。
学校を卒業し、働き始めた僕も合コンなんぞに行くようになったのだが、とある飲み会で女性側の幹事の子に言われたのが「お前はフェロモンが足りない」だった。
というわけで若かりし僕はどうにかしてフェロモンを醸し出さなければならず、その手段として縋ったのが、再びの香水だった。
とはいえまたもやティファニーに手を出す気はなく、色々リサーチした結果、購入したのがペンハリガンのエンディミオンだ。
ペンハリガンはイギリスの王室御用達のブランドで、元々は理髪店だった。
当時は確か、ダニエル・クレイグが演じるスタイリッシュなボンドにどハマりしていたから、イギリスのブランドを主に探していたのだったと思う。
そうして選んだエンディミオンを、僕は香りも嗅がずにオンラインで買った。
エンディミオンは僕のフェロモンを増してはくれなかったけど、僕が初めて好きになった香水になった。
商品説明では、エンディミオンはオリエンタルな香りらしい。それを文字で説明できる語彙を持ち合わせてはいないけど、僕の好きなコーヒーがミドルノートで香るのがいいところだ。香り自体も好きだけど、自分の中の好きな何かと共通点を持っているというのが、シグネチャーとしてよいなと思っている。
しばらくリピートしたのち、別の香水を試すようになり、いつしかエンディミオンを買わなくなってしまった。今の自分には若すぎると思い始めたと記憶している。
そしてまた香りを纏うことが好きではない時期がきて、香水自体を買わなくなってしまったけれど、初めて好きになった香水ということで、エンディミオンは僕にとって特別な香水であり続けている。
最近また香水が欲しくなり、ディプティックやバイレードなどのサンプルをつけてみたりしたけれど、いまいちピンとこないでいた。
マルジェラのレイジーサンデーモーニングなどもそうだけど、今流行りの香水はみんなパルファンで、僕には匂いが強すぎる。どうしようかと思いながら悩んでいたけど、いっちょ原点回帰といこうかと、改めてエンディミオンを使ってみることにした。
5年以上嗅ぐことがなかったから、どんな香りだったか思い出せなかったけど、箱から開けてキャップを取り、そっと瓶を振ってみると、すぐに懐かしい気持ちになった。少し心配していたけど、昔のように好きな匂いだと感じることができてとても嬉しい。
上手に匂わせることを僕はできないので、香水はいつもお腹か足首につけている。
これだと他人にはほぼほぼ感じ取れないだろうけど、迷惑をかけるよりかはいいと思うし、極論、自分だけが楽しめればそれでいいと思っている。
トム・フォードは自分のシグネチャー(署名)となる香水を持つのがいい男だと言っていた。
今のところ、僕のシグネチャー・コロンはペンハリガンのエンディミオンだ。