骨まで愛せる楽しい修行の場
魚料理は嫌いじゃない。
むしろ大好きな方だ。
ただし….きれいに食えない。
それゆえに人前で食うことはない。
『きれいに食えない』というのが障壁となってる人は私だけではないと思う。
焼魚、煮魚にありがちな『骨が歯に刺さる』ことがそれを助長する。
一度骨が刺されば、気になってしまい、他にも出てくるはずだと防衛行動に出る。
慎重に咀嚼し、舌で探索する。
咀嚼前に気が付けば刺さることはないと、身をほぐしにほぐして粉々になるまでほぐして、その身をかき集めて口に運ぶ。
また、骨を恐れ、箸の不器用さもあって美味しい所に手をつけずに放置する。
箸だけで骨と身を剥離出来ずに素手を使ってしまって汚す。
そして皿も魚も見るも無残な有様を示す。
これが今までに何度もしでかしてきたことだ。
これがまだ単独ならば救いがある。
被害は最小限に留められる。
これがデートだったら、商談だったら…などなど人との会食だったらと思うとゾッとする。
『御破算』という最悪の結果が待っているのだから、全力で避けなきゃならない事項だ。
デートでさぁこれからが本番って時に、皿がグチャグチャ、きれいに食えぬ男に誰が落ちてもいいなどと思えるのだろうか。
抱かれてもいいなんて思えるのだろうか。
それも悲しいかな、一度経験している。
二度とデートに応じてくれることはなかった。
以来、食事が魚料理でなくても緊張することになった。
しかしながら、こればかりは場数で何とかするしかない。
きれいに食うための修行の場を見つけるより他はない。
そうかといって、魚料理をメインにしてる所は街中では多くはない。
観光地にでも行くしかないのかと諦めていたが、灯台下暗しとはいったもので、近所に一軒だけあった。
ところが、昼飯時はいつもいっぱいで、外に並んで待ってる客さえいるほどだから、通りがかる度に諦めていた。
それが、この時は営業中の看板が出て、外には客も並んでない。
おまけに駐車場もガラ空き。
『寄ってらっしゃいな』と言わんばかり。
千載一遇の好機に店に滑り込んだ。
引き戸をガラッと開けて暖簾をくぐると『いらっしゃい』と母とさほど歳の変わらぬ姉さんトリオが出迎えてくれる。
ちょっと気難しそうな、職人肌のおっさんが回してるのかと思ってたから意外だった。
導かれてカウンターに座るとメニューを手渡される。
これが豊富すぎて驚く。
海鮮系の丼もあれば、煮魚、焼魚の定食もあるし、客の求めに応じて単品で作ってくれたりもしていた。
悩む。
どれも美味しそうなラインナップに。
『お兄さん、決まった?』と煽られるも、腹は決まった。
『カサゴを焼魚で』
『カサゴを焼きでぇ~』と板場に響き渡ると、後の二人が『あいよぉ~』と応じて料理が始まった。
始まったは良いが、ただひたすら耐えて待つ。
まさか、えらを取ってとか一からやってるんじゃなかろうかって疑ったが、そんなはずはなかろう。
仕込みはとうに終わって、焼くだけのはずだと。
逸る心をグッと抑え込んで待つ。
『お待たせぇ~』と出されて驚いた。
驚いたのはその大きさだった。
都内や料亭だったら倍どころか3倍の値段はかかってもおかしくはない大きさ。
それは時間がかかって当たり前のことだと、疑ったことを恥じた。
上げ膳据え膳食わぬは何とかじゃないが、こういうのは出されたらさっさと食うに限る。
ただただ貪る。
身はふわっと柔らかくて、火はちゃんと通っていて、皮はパリッと固く、振られた塩は多すぎずに良い塩梅。
皮の風味も香りも身の旨味も存分に味わって楽しめる加減が心地いい。
『これは裏を返さねば…』と即決。
きれいに食おうが食えまいが関係はないと。
だが、その時に気になってた料理があった。
『マグロの円盤』ってなんだと。
次に食う物も決まった。
裏を返さねば江戸っ子の…いや、ハマっ子の恥。
そんなことはない。
ただ単に美味かったから他にも美味いのはあるんでしょっていう期待から裏を返した。
初回の興奮も冷めやらぬうちに。
運よくすぐに卓に就けた初回とは違って、時間帯もあいまって外で待たされることに。
それは致し方がない。
これが美味さへと昇華するのであれば待った甲斐があるというものだ。
それでもイラつくほどでもなかった。
みんな食べたらさっさと撤収して場所を空けるのはありがたいことだった。
空いた場所へと導かれて、早速注文。
『マグロの円盤』とやらを。
『どっち?』と訊かれて『焼きで』と答えて商談成立。
煮付もあるが、今回は焼いてもらうことにした。
火の通りが早かったのか、思いのほか早く出て来てキョトンとしてしまうが、食わねばならぬ。
『あ…食べやすくていいかも…』と気に入ってしまった。
マグロの尾の身を輪切りにしたやつを塩焼きにしたものだった。
皮の表面はパリッとしてて、身と皮の間の薄い脂も塩が染みわたってての良い味。
大根おろしをのせて醤油をタラリと垂らしてパクッと一口。
『もぉ~…なんもいえねぇ~…(金メダル取った直後の北島康介風に)』
さらなる味変にマヨネーズをつけて一口。
『やっぱりなんもいえねぇ~…』と。
また裏を返して馴染みになろうと画策。
身は途切れることなく口へと運ばれて行った。
さすがに背骨は大きすぎて太すぎて食えないが、もしかしてと閃いて、背骨を切り離してひっくり返してみた。
『あった…』
少しだけだったが、ドロッとした骨髄が。
これをかき出して、身に乗せてパクッと一口。
『ホント、なんもいえねぇ~…』
身も心も満腹になって店を出る。
用が済んだらさっさと店を出るのが粋ってものだ。
中にはいるのだ。
食い終わってるのにダラダラと居座るヤツが。
その過程の中でいくつか頼んではダラダラと居座る野暮なヤツが。
見てると背後から飛び蹴り食らわしてやろうかと思うほど腹が立つ。
昼の忙しい中、回転させて稼ぎ出したい、多くの人たちに食べて欲しいのが商売であり、人情というもの。
それがわからぬヤツとは飯は食いたくないものだ。
頼んでるし、金払ってるんだからいいじゃないかってのはわがままでしかない。
極論を言えば、それこそそういう場所では黙って飯を食いたいのだ。
感想なり能書きは店を出てからいくらでも言えるから。
こうしてnoteに書けば済むことなのだ。
あまり食には頓着も執着もないのだが、骨まで愛せる食べ物で楽しい修行が出来るのかと思うと嬉しくなって来た。
来る日に備えて行こうではないかと。
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