アイ・ハヴァ・ネヴァー・キスド・・・
「ハァーッハァハァ・・・・」
ゴリラ区、キヨゴクストリートの奥の路地裏。
「いつでも秘密前後」「します!させます!回転」「マイコストリッパー 派遣」・・・
キョート景観保護条例ギリギリの卑猥なネオン看板が照らす中、女はバリキ自販機と大型ゴミバケツの間に身を潜めていた。
年齢はまだ若く、着ているキモノドレスも高級品だ。 何よりキョートの裏町の女にありがちな打ちひしがれて、全てに流されるような表情をしていない。
息を荒げ、ゴミと異臭の中に蹲っていてもその女の顔にはギラついたアトモスフィアがあった。
上に昇りつめる事のみに執着する、駆け出しのヤクザや、カチグミ企業を 目指すシュウカツセイめいたアトモスフィアが。
そう。いつだって彼女は自身の顔と肉体、媚態で欲しいモノを手に入れて きたのだ。
ニシジン・シルクのキモノドレス、オーガニック真珠のネックレス、 オムラ・スポーツカーの最新モデル、ヒスイ・アガル・ストリートの高級 マンション・・・
(((逃げられる!このまま朝までやり過ごして、新幹線の始発に乗れば!)))
こんなカビ臭い街とはオサラバだ。
ネオサイタマに行って新しい男を見つけてまたゼイタクな生活に戻れる――
「みーっつけた」
幼女めいた声が薄汚い路地裏に響いた。
「ひいぃぃっ!」
次の瞬間何本もの手がゴミバケツを倒し、女を隠れ場所から引きずり出した。
屈強なスモトリに両腕を掴まれなす術も無く拘束される。
膨張しきったスモトリの体に磔になった如し!
「アイエエエエエエエエエエエ!」
「ナデシコ=サンたら・・・イチバン悪いヒトなのに、最初に逃げちゃうんだから」
「アイエエエエエエエエエエエ!」
むせ返るような甘ったるい香水の匂いが
目の焦点が合っていないヤクザやサラリマンの集団の中心から漂ってくる。
「ア、ア、ア、」
「みーんなナデシコ=サンのせい。あの人が変わっちゃったのも・・・ でも、これでみーんな元通り」
スモトリは女を声と匂いの持ち主の下に運ぶ。
「これでダイジョブ・・・みんな元通り・・・」
カツンカツンとヒールの音を響かせて、異形の人物が近付いて来る。
女の顔の前に、鮮血めいた赤に染まった指先が突き出される。
まるでニュービーオイランの唇に、オーガニック紅をひいてあげる先輩 オイランのように。
その瞬間、女は近づいてくる人物に唾を吐いた!
「気色ワリイんだよぉ!男に逃げられたのはてめぇがワルイんだろぉ!!」
指が一瞬止まった。
「男に捨てられたくなきゃサイバネ整形でも行けッてのよ!!」
拘束の身とは思えぬ罵声!美しい顔がハンニャオメーンめいて歪む。 コワイ!
荒い息で目の前の異形を睨みつける。
女の目に映ったのは真紅。
紅い、赤い。全てが真っ赤だ。
ガシャン!
足元でタノシイドリンクやビールの瓶が砕け散った。
鋭い破片が女の足元に散る。
「どうすればいいか、わかってるよね」
唇にべったりと紅に塗った女は、焦点の合わない目でふらふらと破片を拾う。
「そう。カワイイ、イイコ・・・」
路地裏に肉を突き刺す音が響いた。
「アイエエエエ!アイエエエ!アバァーーッ!!」
夜のキヨゴクストリートはノミカイサラリマンや、夜を満喫しようとする 観光客で混みあっていた。
そこにドレスを肌蹴させた女が全力疾走してくる!豊満な胸も太ももも露!
響く絶叫に周囲は騒然となった。
「オイラン?」「アンダーのヒトでしょ」
「実際ジャンキー」
女は手足を振り回して、凄まじいダンスを踊る。
その狂態を笑いながらカメラに収める観光客すらいる。
サスマタをもったマッポが二名、ようやく駆けつけてきた。
「君い!止まりなさい!」
「ストップ!社会不安・・・アイエエエエ?」
血生臭い現場を目にしてきたマッポも思わず絶叫した。
若く美しい女の顔面にハリネズミめいてガラス片が突き刺さっていたからだ。
「今日一日でもう十件」
パープルタコは二人にUNIX画面を向ける。
液晶にはアッパーガイオンで起こった事件の現場写真が表示された。
顔面にガラスを突き刺して狂乱する女、閑静なバーでナイフで刺し合った カップル、五重塔から次々飛び降りるヤクザ・・・
酸鼻極まる画像にシャドウウィーヴは唾を飲み込んだ。
アッパーのハイスクール生であった頃、血や臓物といった物は慎重に生活の中から拭いさられていたのだと実感する。
――慣れなければ。
ブリーフィングチャブの下で、ザイバツ紋が刻まれた手甲の拳を硬く握り締める。
唾を飲み込んだのも、ここにいる二人――ザイバツ・シテンノのブラック ドラゴンとパープルタコにはわかっているのだろう。
「死んだのは全てアイアン・センチビートクランの関係者か」
「そう。この顔面ハリネズミの娘は、オヤブンの新しい愛人ね」
「多数のモータルの行動を操る。ヒプノ系のジツか?」
「さあねェ。ムシで神経系乗っ取る奴とか、色々いるからね」
「このヤクザ・クラン担当だったニトウリュウ=サンはどうした?」
「十三時間前から定時連絡が途絶えてる」
ブラックドラゴンはシャドウウィーヴに向き直った。
「未知の野良ニンジャがいる可能性、アデプトのニトウリュ=サンが裏切った可能性もある。お前の仕事は俺のサポートだ。」
「ハイ!ヨロコンデー!」
一時間後。
イーグル区の大型ビジョン看板。
桜吹雪が舞う中、艶やかなオイランが唇に紅をひく映像が流れる。
『奥ゆかしい美、それがキョートです。ムラサキシキブ化粧品、新色発売中ドスエ・・・』
あなたがニンジャ動体視力の持ち主なら、その看板の上の二つの影に気付く事だろう。
影は高い塀で周辺の住宅とは隔てられた大邸宅を見下ろしている。
これから潜入するアイアン・センチビートクランのオヤブンの自宅だ。
(((ニトウリュウ=サンの言動に反意は無かった。それすら演技だったとしたら・・・他の組織の息がかかっていた可能性か?)))
ブラックドラゴンのニューロンには懲罰騎士としての記憶が蘇る。
ニトウリュウはストイックなニンジャで、所属していたヤクザクランの仲間から裏切られ、殺されかけたところでソウルが憑依したという。
モータルを憎み、ザイバツの理想思考に邁進していた。
傍らのシャドウウィーヴに目を向ける。ほんの一ヶ月前に自分が連れてきたアプレンティス。
もしもニトウリュウが別組織と繫がっていたら、この任務に同行させるのは早かったかもしれない。
「マスター、何か?」
「いや。警戒を怠るな。情報が少ない。」
「ハイ!」
一瞬風が吹くと、二つの影は看板上から消えていた。
高い天井から吊るされたオーガニックワ・シのボンボリが、黄金ダルマや 大型のバイオコヨーテの剥製を照らしている。
巨大な金箔額縁に『テツムカデ』のショドー。
きょろきょろ見回すまいと思ったが、どうしても目が行ってしまう。 シャドウウィーヴはヤクザの邸宅に入るのは初めてなのだ。
ショドーの額縁の隣には肖像画ウキヨエの掛け軸。
髭をたくわえたスモトリのような壮年の大男と、その傍らに寄り添う上品なキモノドレスの婦人。
アイアン・センチビートクランのオヤブン。ムカデ・セイイチとその妻なのだろう。
二人が侵入した応接間は無人だった。見張りのクローンヤクザはおろか、 他のヤクザ構成員もいない。
ブラックドラゴンとシャドウウィーヴは警戒を解かない。
ブラックドラゴンが、邸内の他の場所を探ろうと、シャドウウィーヴを促がした時。
複数の足音と気配。目の焦点が合っていないヤクザが二人にチャカ・ガンを掃射する!
BATTTTAATTAA!
「「イヤーーーッ」」
ブラックドラゴンは側転、シャドウウィーヴはバック転で銃弾回避!
さらにシャドウウィーヴは空中にいながら三本のクナイダートを投擲!
眩いボンボリの光で重なり合っていた影に、クナイダートが突き刺さり シャドウピン・ジツが発動する!
三点のクナイダートで5人のヤクザが動きを止める。
「グワーっ?」
動けなくなったヤクザの頭部にブラックドラゴンのスリケンが突き刺さる!スリケントレーニング用の的の如し!
その間にも開け放たれたフスマから、白砂の庭園からバイオアリの行列めいてぞろぞろと集団が入ってくる。
クローンヤクザから、スーツ姿のサラリマン、イタマエ、学生・・・その数は優に五十人近く。
そしてまだまだ増え続ける。
みな、一様に目の焦点が合わず、男も女も唇をべったりと赤く塗っていた。
「こんなに!?」
手近のクローンヤクザをケリ・キックで倒し、包丁を構えたイタマエを チョップで沈めながらシャドウウィーヴは叫ぶ。
あっという間に豪奢な応接室はネオサイタマ、サッキョーラインのラッシュめいた有様となった。
視線を飛ばし、ぽかんと開いた口元から涎を垂らす人垣の中で、背中合わせになったブラックドラゴンとシャドウウィーヴ。
自分の背中に師の広い背中が当たるのを感じながら、シャドウウィーヴは両腕を床に突き立て、爪を立てて何かを抉り出すような動作!
途端に凶器を振りかざそうとしていた最前列の者たちの動きが止まる!
重なり合った影から暗い手が現れ、彼らの足を掴んでいるのだ!
「イヤーーッ!」
雑草を刈り取るようにブラックドラゴンは一発のケリ・キックで五人同時に仕留めていく。
凶器を振りかざそうとしていた後ろの者たちに、シャドウウィーヴのクナイダートが突き刺さる!
子弟の連携で数を減らしたかに見えた洗脳群集だが、またすぐに増えていく。その様は細胞が分裂するのにも似ていた。
「シテンノ!」
メンポを外したブラックドラゴンが黒い毒霧を吐き出す!
「「「アババババーッ!」」」
最前列で凶器を振りかざそうとしていた者たちが倒れ、痙攣してすぐに動かなくなった。
オーガニックタタミには血溜りが染みを作り、黄金ダルマや掛け軸といった調度品も踏み荒らされていく。
(((キリが無い)))
ゆらゆらと揺れる群集が口を同時に開いた。
「ベニコ=サン」
「「「ベニコ=サンヲ、イジメナイデ」」」
「「「ベニコ=サンのタメナラ何だってできる」」」
ヤクザが、サラリマンが、老人が、学生が。
同じ言葉を繰り返す。
応接間の高い天井に不気味に反響して、巨大な動物の吠え声めいていた。
人垣が左右に別れていく。
そこから現れたのは・・・二本のカタナを構えた、焦茶色の装束のニンジャ!
「ド、ドーモ。ニトウリュウ、です。ベニコ=サン、のジャマは、させ、ない」
「ドーモ。ニトウリュウ=サン。貴様も獲られたか。」
メンポ越しの焦点の合っていない目。
師の空気が、ウゴウノシュの群集を相手にしていた時とがらりと変わった。
ニトウリュウは実際手強い。
アデプトだがマスター昇格も近々だと噂されていた。
「イヤーーーッ!!」
周辺のサラリマンごと斬り飛ばし、ニトウリュウがブラックドラゴンに肉薄!
ブラックドラゴンは二本の斬撃を紙一重で回避!
「イヤーーーッ!」
短いカタナを持った左腕にキックを叩き込む!
「グワーーッ!」
周辺の人間を巻き添えに吹き飛ばされるニトウリュウだが、床に沈んだ体勢から上段に斬り上げる!
シャドウウィーヴは纏わりついてくる洗脳群衆を殺しながら、師とアデプトニンジャの戦いを注視していた。
可能ならシャドウピン・ジツで支援するのがシャドウウィーヴ最大の任務だが、二人の動きが早すぎて影にクナイダートを当てられない!
人垣が意思を持つ大きな生物めいて、シャドウウィーヴを取り囲んだ。
戦っている二人のニンジャ、ブラックドラゴンとニトウリュウの周囲にも、熱狂的なスポーツ観戦オーディエンスのように群集が壁を作り始める。
斬られても倒れても、口元を赤く塗った人々はニンジャの周囲を固めていく。
シャドウウィーヴはクナイダートで周りの人
間を突き刺し、ケリを放つ。しかし人垣はすぐに元通りだ。
「シャドウウィーヴ!」
「ハイ!マスター!」
「この屋敷の何処かに、モータルを操っているニンジャがいる!お前はそいつの居場所を探れ。発見したらすぐに通信!状況判断して深入りするな!」
「ヨロコンデー!」
高くジャンプしたシャドウウィーヴは天井を蹴って開かれたフスマの前にヤクザを踏みつけて着地!
駆け出すシャドウウィーヴをぞろぞろと群集が追いかけていく。
「シテンノ!!」
ブラックドラゴンは最大量で毒霧を吐く!
応接間に残っていた人垣はバタバタと倒れ、死体を踏み越えて、ニトウリュウが肉薄する!
「イヤアアァーーー!」
「イヤアァァーーー!」
一方シャドウウィーヴは屋敷の地下室に向かう階段を駆け下りていた。
ここまで来るのにまるで目印めいて、幹部らしいヤクザの死体が転がっていたからだ。
血液が乾ききって変色しており、このヤクザクランの異変が始まってからの死者ではないかと思われた。
そして鼻につく、甘ったるい香水のにおいが強くなっていく。
フスマの前で警戒してから、地下室に入るとクリスタルガラスのシャンデリアが床に落ちて砕け散り、高価なキモノドレスや茶器が破壊されて散乱している。
部屋の隅にはモチヤッコやテディベアの呆れるほど大きなぬいぐるみ。
まるで子供が癇癪を起こして、玩具箱をひっくり返したようだ。
甘ったるい匂いが鼻を刺す。モータルより強いニンジャ臭覚があることを後悔しそうだった。
香水の匂いでも隠しきれない、鉄錆のような血の匂い。
部屋の中心。屈強な大男がザブトンの上に正座している。身体を覆い隠すように、淡く透けるレースを被せられているが・・・
「・・・ムカデ・セイイチ?」
耳を澄ましても心音も呼吸も聞こえない。死んでいる。
「なんで勝手に入るの?ここはワタシのお部屋よ」
「!?」
ズルズルと、重たいシルクを引きずる音。カツカツというヒールの足音。
((女?))
滑稽な程に膨らませたスカート。胸元を飾る大きなリボン。
くるくると縦ロールに捲かれた黒髪。
幼児向けカートゥーンのプリンセスそのものだ。
しかしシャドウウィーヴのニンジャ視力は女の白い肌が分厚く白粉を塗ったものなのを見て取った。
髪の毛も額の生え際に白髪が覗いている。豊かな巻き髪はウィッグなのだろう。
隠し切れない皺から見て、年齢はかっての自分の母親と同じか、上くらいか?
「ドーモ。ルージュベノムです」
「ドーモ。ルージュベノム=サン。シャドウウィーヴです。」
こいつがこの群集を操っているニンジャか。
「おうちに遊びに来てくれたの?」
「お前がこいつらを操っているのか?」
「みんなベニコの言うこと聞いてくれるもん。ベニコのことがが好きなのよ」
「目的は何だ!」
「ベニコは楽しく暮らしたいの。昨日と同じに。
ご飯を作ってお話して、いつもと同じように」
口調もカートゥーンのキャラクターのようだ。
ニンジャソウル憑依の影響なのだろう。発狂マニアックだ。
嫌悪感が込上げてくる。早く師に通信しなくては。
師から受けたヒプノ系への対抗策を思い出す。
目を合わせない。距離を取って肉体を接触させない。
催眠性の気体を吸わせている可能性もあるから呼吸にも注意する・・・
IRC通信のスキを突き、スモトリらしからぬ素早い動きで飛び掛って来た影が三つ!
「「「ベニコ=サンノタメェェェ!!!」」」
シャドウウィーヴは一体をケリ・キックで吹き飛ばし、もう一体の首をクナイ・ダートで掻き切る!
しかし攻撃を逃れたもう一体がボディプレスのようにシャドウウィーヴに伸し掛かる!
「グワーッ!」
スモトリの上に更に洗脳群集が伸し掛かる!
その人数はおよそ三十人!
「イヤアアァーー!」
シャドウウィーヴは両足でケリを繰り出し、両手ポン・パンチ!伸し掛かる群集を吹き飛ばす!
ルージュベノムに相対したシャドウウィーヴの前に赤く染まった指が突きつけられた。
生きているスモトリにメンポを毟り取られる。
「うぐっ・・・ああああ!」
血の匂いがする赤い粘液が自分の唇にべったりと塗られた。
ニューロンが赤く染まる。赤い、紅い、赤い。
ルージュベノムが笑う。白粉の細かい粒子が顔から零れるのが見える。
「これでアナタも、ベニコのことスキよね」
(((マスター!!)))
「イヤーーーッ!」
ブラックドラゴンのサマーソルトキックがニトウリュウの頭上から炸裂!
しかしニトウリュウは一寸の動きでギリギリ回避!
ニトウリュウのメンポがブラックドラゴンの踵が当たって落ちる。
露になったニトウリュウの唇も真っ赤に染まっている。
顔を向けたニトウリュウはがたがたと震えだす。
左手のカタナを自分の顔に向けた。
「イヤァー・・・」
ニトウリュウは自分の唇を自分のカタナで削ぎ落とす!
吹き出した血がぼろぼろになった焦茶のニンジャ装束に染み込んでいく。
「・・・ブラック・・ドラゴン=サンか・・・」
「ニトウリュウ=サン?正気に戻ったか?」
「ああ・・・申し訳・・ない。ここのオヤブンの・・妻だ・・・」
「そいつにヒプノ系ニンジャが憑依したのか」
「ああ・・・オヤブンは、長年支えた、妻を捨てて・・・若いオイランを囲った・・・妻は部下に始末させた・・・俺は見に行ったんだ・・・死体が、起き上がって、自分の血を・・・他の連中に・・・」
「それでモータルを操っていたのか」
応接間は巨大なモルグと化している。
床に転がる大量の死体は、二人のニンジャの イクサの巻き添えで千切れ、踏み潰され、原型も留めていなかった。
「ああ・・・俺でも、このザマだ・・・ブラックドラゴン=サン・・・アプレンティスやアデプト、をつれてきた・・か・・・?」
「アプレンティスを一人。俺の弟子だ」
「見捨てた方が、良いかもしれん・・・アイツはニンジャの手駒を欲しがってた・・・」
ニトウリュウの呼吸は荒い。シテンノのカラテは致命傷だ。
そこにまた、複数の足音。目の焦点を飛ばし、唇を紅く塗った集団がフスマから、庭からぞろぞろとやってくる。
「俺は、出来るだけ数を減らす・・・その間に、奴ルージュベノム、を仕留めてくれ・・・・」
「ニトウリュウ=サン。カラダニキヲツケテネ」
「オタッシャデー」
ゆらゆら揺れる洗脳群集の中へ、血の雫を散らしてニトウリュウは飛び込んだ。
二本のカタナが奔ると切断された手足が、頭が、胴体が宙を舞う!
BATATATATATA!
そこに洗脳ヤクザのチャカ・ガンの一斉掃射!
だが、ニトウリュウは止まらない!
ヤクザは胴体を真っ二つにされる!
「ロードの・・!御治世よ永遠に・・・!ザイバツ・バンザイ!サヨナラ!」
ヤクザ集団を道連れにニトウリュウは爆発四散!
そして、その血溜りを踏んで、応接間にエントリーして来た者。
シャドウウィーヴだ。ゆらゆらと足元がおぼつかない。
メンポを外して露になった唇は――紅い。
「シャドウウィーヴ・・・」
焦点を飛ばした黒い目が、それでもブラックドラゴンを捕えた。
クナイダートが投擲される!
更に回し蹴り!すかさずポン・パンチ!
ドレスの裾を滑らせて、二人だけになった応接間に、新たな人物がエントリーしてくる。
「フフフ、ガンバッテ!」
「ドーモ。ブラックドラゴンです。お前が元凶か」
「ドーモ。ルージュベノムです」
弟子のチョップを流しながら、ブラックドラゴンが問う。
「フフフ。みんなベニコのこと好きなのよ。フフフ、みんなで楽しくこのお屋敷で暮らすの」
場違いに口元をセンスで覆って笑うルージュベノム。
女ニンジャと、紅く染まったシャドウウィーヴの唇を見比べて、ブラックドラゴンは胸中に廃油でも流されたような不快感を覚えた。
「イヤァァァーーッ!」
シャドウウィーヴがまた仕掛けてくる。
『見捨てた方が、良いかもしれん』
あれはアプレンティス。
一人見捨てた程度で、ザイバツの存続はなんら揺るがない。
弟子の猛攻を避けるブラックドラゴンのニューロンが、ひとつの光景を再生する。
『どうして、どうして』パープルタコが立ち竦んだまま繰り返す。
『師父には師父の考えあってのことだ!うろたえるな!!』レッドゴリラが怒鳴り、床に拳を叩きつける。
『・・・・・・・・・』アイボリーイーグルは何も言わない。ただメンポの奥で唇を噛み締め、拳から血が滴るほど握り締めている。
『俺は・・・・・』
『俺がいつか弟子を取ったなら・・・・・・・・』
「イヤァーーッ!」
肉薄するシャドウウィーヴの腹にブラックドラゴンのケリが綺麗に入る!
「グワーーッ!」
吹き飛んだシャドウウィーヴは、空中で三回転すると、その勢いで床を蹴りさらに跳躍!
ジャンプして空中からのクナイダート投擲!
その瞬間ブラックドラゴンが力強くスリケンを投げる!
1,2,3,4,5,6、大量のスリケンだが、シャドウウィーヴは無傷!
師匠としての情が、狙いを違えさせたのか?
シャドウウィーヴのクナイはブラックドラゴンの影に命中!シャドウピン・ジツが師に対して発動する!
「グワーッ!」
フドウカナシバリにかかったブラックドラゴンにシャドウウィーヴはゆっくりと近づいていく。
「イヤアアァァーーーー!」
渾身のケリ・キック!しかしその瞬間!応接間のボンボリが全て消えた!
「なっ何!?」
豪奢な屋敷は闇に包まれる。ブラックドラゴンが投げたスリケンは天井のボンボリを狙っていたのだ。
電気コードを狙ったスリケンの命中位置を調整し、時間差で灯りが消えるように仕向けたのだ!タツジン!
暗闇に影が消えたのでシャドウピン・ジツの効果も消える!
ケリを繰り出したシャドウウィーヴの脚は、ブラックドラゴンの力強い鉤爪に掴まれる!
「グワーーッ!」
そのまま竜の腕はシャドウウィーヴを引っ張り込む。
もう片方の手が弟子の頬を捉える。まだ柔らかい頬に鉤爪が細い傷を描く。
ブラックドラゴンはシャドウウィーヴの唇に、自分の唇を思い切り近づけた。
爬虫類の唇を。
ざらついた舌がべっとりとついた口紅を強引に舐め取り、牙が並んだ口の中へ、少年の唇はすっぽり挟みこまれてしまう。
牙が柔らかい唇と舌を噛んでようやくブラックドラゴンはシャドウウィーヴの唇から離れた。
舌に付いた口紅を唾と一緒に吐き出す。
「マスター・・・」
シャドウウィーヴの黒い瞳には光が戻っていた。
密着した子弟は、ルージュベノムの方に向き直る。
「ナンデ!?ナンデとけちゃうの!?ワタシのオケショウが・・・!」
「貴様ぁ・・・・」
怒り心頭のシャドウウィーヴは人を殺せる目でルージュベノムを睨む。
と、その一瞬でブラックドラゴンがルージュベノムに
肉薄!
「イヤアアァァァーーッ!」
空き缶でも蹴り上げるように、ルージュベノムの身体にブラックドラゴンのつま先が埋まり、そのまま宙に吹き飛ばされる。
「ンアアアァァァァァァァ!!」
壁の金箔額縁『テツムカデ』のショドーに激突!ガラスが砕け散り、ショドーは真っ二つ!
ルージュベノムは床に叩きつけられた。
血と、泥で踏みしめられた、肖像画ウキヨエ掛け軸。
顔も判らなくなった肖像画を必死で握り締める。
「ずっと・・・一緒だって・・・・サヨナラ!」
「セプクさせてください!」
『奥ゆかしい美。それがキョートです』
エンドレスでオイラン広告が流れるイーグル区の巨大ビジョン看板。
あなたがニンジャ洞察力の持ち主ならば、その上の二つの影に気付くかもしれない。
一つは腕組みして悠然と立ち、もう一つはドゲザしている。
「今回の件は、相手のジツの情報が無いまま動いた俺のミスでもある。いい加減立て」
「でも、マスターに拳を向けるなど・・・!俺がすぐに引き返していれば、こんなブザマは・・・!!せめてケジメさせて下さい!!」
「ニンジャのイクサは何が起きるかわからん。ニュービーのお前が一人になった時点で俺の責任だ」
「ですが・・・!」
言い募るシャドウウィーヴを遮るようにIRC通信が鳴った。キョート城のパープルタコである。
『アーラ、もう終わった?』
「終わった。今から戻る」
『せっかく敵のジツの解除法が分かったのにぃ』
「今更必要ない。潜入前に言え」
『あれはケワイ・クランのベニツカイ・ジツで自分の血で作った口紅を相手に塗って洗脳すんのよ』
「ああ、ニトウリュウ=サンも奴の犠牲になった」
『エエっ?ニトウリュウ=サン結構強かったのに。死ぬ前にファックしとけば良かった』
「解除方法は?端的に言え」
『解除するにはね、エート《心から信頼しているか、好意を抱いている相手とキスすれば、口紅の効果は薄れてジツは無効となる》よ。少女ウキヨエみたいなジツよねえ』
パープルタコの通信を一緒に聞いていたシャドウウィーヴはドゲザから立ち上がった。
その表情には師に対する賞賛が溢れている。
「マスターはアイツのジツの解除方法をご存知だったんですね!流石はマスターです!」
「・・・いや。今知ったが」
「えっ?」
看板の上の二人のニンジャに沈黙が落ちた。
ブラックドラゴンの鉤爪が薄く傷を刷いたシャドウウィーヴの頬。
その頬が紅く染まり、鋭敏なニンジャ聴覚にどんどん大きくなる心音が届く。
『この唇は、アナタだけのために。飾るならムラサキシキブ。新色発売中ドスエ』
風が薄雲を散らし、ネオンで彩られた街に、ちっぽけな飾りめいた月が顔を出す。
二人のニンジャは、月に照らされて暫く無言で佇んだ。
《終》
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