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Netflixの撮影現場で働いて感じた、これからの日本の映像業界に必要なもの


はじめに

これは、フリーランスのフォーカスプラーである僕がNetflixの映像作品に関わり、感じたことをまとめたものです。作品はすでに情報解禁がされているものですが、現在も制作途中なため作品の特定につながる内容や個人名は伏せて記述していきたいと思います。

僕の職業である「フォーカスプラー(1st AC)」については以下の記事でまとめているので、合わせてお読みいただければ嬉しいです。


きっかけ

2020年の11月、ベルリンで本帰国の準備をしていた僕に、とある撮影監督(DP)からメールが届きました。

「来年クランクインのNetflix作品に1st ACとして参加してほしい」

期間は約5か月間。正直な感想は

「ちょっと嫌かも・・・・」

でした。
普段、長くても1週間程度のコマーシャル 作品を主な活動の場としている僕にとって、長物(ナガモノ、長編作品の事をいう。)の撮影というだけでも抵抗があるのに、一般的な映画であれば1か月半〜2か月で終了する撮影期間がなんと5か月

あまりにも想像がつきませんでした。
しかも僕に声をかけてきたDPとは数年前に現場で少し顔を合わせた程度でコンビを組むのは今回が初めて。
DPにとって1st ACは現場の環境の良し悪しを左右するまさに「右腕」。
よく彼も僕にオファーしてきたものだと思います。

僕の「長物」アレルギー

少し時代を遡って、僕がこの業界に入ったのは2011年、大学を卒業してすぐの頃でした。
卒業してすぐにフリーの4th(フォース、見習い撮影助手)として大型の映画に参加した僕は、新人なりに叱られながらも比較的穏やかな職場環境の中でキャリアをスタートさせました。

次に参加したのが2時間という長尺のテレビドラマの現場だったのですが、これが控えめにいって「最悪」の経験でした。

・予算がなくタクシー代が出ないので毎日始発終電出勤。睡眠平均3時間。

・かなり「昭和」な体育会系体質の映像会社で、毎日のように罵倒・暴力

・新人なので何が間違っているのかできていないのかもわからず、誰にも教えてもらえず(見て覚えろの精神)失敗続きで自信も喪失、常に怯えている状態に。現場に誰も仲間がいないので相談もできず。

記憶が定かではないのですが、確か2週間以上が経過し(その間休みは無かったような気がします。台風が直撃した日にも撮影してました。)、クランクアップまであと数日といったある日、いつものように朝6時、乗り換えの地下鉄駅で電車を待っているとどういうわけか乗るはずだった電車が目の前を通過して行きました。

遅刻は確実。絶対に朝からキレられる。
その瞬間、長く張り詰めていた緊張の糸が切れ、僕は携帯の電源を切って逃げ出しました。
そしてそのまま家の最寄駅の上のサイゼリヤに入り、朝10時から赤ワインをデカンタで注文。笑
鬼のようにくる着信をほろ酔いで見つめながら、

「ああ、俺はもう映像業界には戻れないんだ、、、、。」

と思ったのを覚えています。

その後色々な縁に助けられて今日があるわけですが、この時の経験から僕には「長物には絶対関わらない」という考え方が生まれました。

「Netflixルール」

さて、そんな「長物アレルギー」を乗り越えて(?)参加を決断した理由はいくつかありますが、その内の一つにNetflixが定めている、労働環境に対するルールがあります。

・一日の撮影時間は最長で12時間

・撮影終了から開始まで必ず10時間空ける

・撮影は週5日まで。また、必ず1日の完全休暇を取る(作業がない部署は2日の休み)

・必ず昼夜各1時間の食事休憩を取る

「何だそんな当たり前の事」と感じるかもしれません。しかし、これまで日本の映像業界では労働時間も休暇・休憩の規定もなく、(そもそもマトモな労働契約すらない)食事もまともに取れずに20時間連続を越えるような撮影が当たり前になっていた私にとって、このような労働ルールが明文化、義務化された現場が日本にあるという事は純粋な驚きでしたし、喜びだったのです。

スタッフを「守る」

もう一つの驚きは、スタッフを守るためのセーフティネットの存在でした。その一つが、記事にもなったクランクイン前の「リスペクト講習」です。

全スタッフ、キャストが参加して行われるこの講習はディスカッションが苦手な日本人にとっては、どこか気まずい学級会のような雰囲気になってしまいましたが笑、一番の効果としては、どうしても言葉や行動が乱暴になりがちな撮影現場において「自分の無意識の言葉や行動が他のスタッフを傷付けたり追い込んだりする事がある」という意識が現場に常に存在するようになった事です。

僕の偏見かもしれませんが、業界の一番厳しい時代を知る、数十年を越えるキャリアを持つ生粋の日本映画のベテランスタッフ達でさえこの意識を持つようになったのは嬉しい驚きでした。

もう一つはスタッフ、キャスト専用のホットラインの存在です。現場で困った事があった時には、まず同僚や上長に、言いづらい時にはNetflixに直接繋がるメールアドレスが必ず日々のスケジュール表の下に記載されています。「アレルギー」の稿で書いた通り、特に新人は現場で孤立しがちです。あの時、僕の現場にこのシステムがあればどんなに救われたでしょう。

キャストを「守る」

もう一つ、Netflixで話題になった事といえば「彼女」等の撮影で導入された「インディマシーコーディネーター」の存在です。

今回の作品においても、インティマシーコーディネーターは導入されており、その現場における働きを見れた事は新鮮な体験でした。

この事から感じ取れるのは、雇用者たるNetflixの「労働者の権利を守る」姿勢です。自社の作品のクオリティを維持するため、ルールを定めて役者やスタッフの権利を守る。
当然の事ではあるのですが、「仕事をいただく」感覚が染み付いている日本の現場では、上の決定したことに対して自分の権利を主張するという事はこれまで、解雇も含めたかなりのリスクを伴う行為だったのです。

Netflixは「黒船」たりえるか

映像制作は個人プレーではなくチーム戦です。上下関係はありますが、立場の違いはありません。全てのスタッフが対等に重要な存在です。
僕が海外のスタイルの働き方にこだわるのはそのようなリスペクトし合える現場環境が一番好きだからです。

Netflixはこれまでにない現場における「リスペクト」や「労働契約」の概念を日本に持ち込みました。そして現場のスタッフは驚く程スムーズにその変化を受け入れています。

恐らくそれは全くの未知の考え方ではなく、日本の映像制作者が長らく求め続けていながらも声を上げて変えることができなかった希望だからです。
労働契約も、決められた労働時間も、暖かい食事も、恐怖のない現場も海外では当たり前になっているのに日本には存在しない。皆その現実を認識しながらも現状に耐えながら映像制作を続けてきました。

ドイツに渡って感じた事は、日本の映像の発想力や技術レベルは決して海外に引けを取りません。しかし、撮影現場の幸福度は比べ物にならないほど劣っています。
日本人は声を上げる事が苦手です。リスクをとってまで権利を主張できる人はそう多くありません。

しかしNetflixという「黒船」が海外からやってきて、仕組みを無理やり変えてしまいました。
今まで夢物語だった撮影現場の変化が、一夜にして起こってしまったのです。
多くの業界人が知識でしか知らなかった「違い」を今まさに体感しています。
この変化を「海外の仕事だから」で終わらせてしまうのか、それともこれまでの悪しき風習を変える起爆剤にするのか。
今まさに、日本の映像業界は歴史の分岐点に立っていると言っても過言ではないと思います。


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佐野翔一
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