知られざる映像職人、フォーカスプラーという職業
「職業はフォーカスプラーです。」
「ええと、どんなお仕事なんですか?」
「つまり、カメラアシスタントです」
「ああ、カメラマンの方なんですか!」
「違います・・・・。」
これまで何回、こんなやり取りをしてきた事でしょうか。。。
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初めまして。私の名前は佐野翔一と申します。
ドイツ、ザクセン州の地方都市に住みながら、フリーランスの
「フォーカスプラー(1st AC)」
として働いています。
とても魅力的な職業なのですが、上記の会話の通り、残念ながらあまり認知されていません。
そこで今回は私の自己紹介も兼ねて、「フォーカスプラー」の紹介記事を書いてみる事にしました。
第1章:フォーカスプラーの仕事
私の仕事場は、映画やドラマ、コマーシャルやミュージックビデオなど映像作品の撮影現場です。
そして、撮影現場におけるフォーカスプラーの最大の役割、それは
「ピントを合わせる」
という事です。
「なんだそんな簡単な事か」と思う人も多いでしょう。iphoneやデジタルカメラなどで、誰でも簡単に高品質な動画が撮れるようになった今の時代。被写体にレンズを向ければ自動でピントが合うのが当たり前です。
しかし、機械が行うオートフォーカスには弱点もあります。
技術的には、被写界深度が浅い(ピントの合う範囲が狭い)ショットの時や暗い場所では感度が落ちてしまいます。演技で複数の人が重なると、狙っていた人物以外にピントが行ってしまう事もあります。
演出的にはどうでしょう。もし演技に合わせてピントのスピードや位置を調整して欲しいと言われたら?わざと時々ぼかして欲しいと言われたら?本番中のアドリブで予定とは違う人物にピントを合わせる事になったら?
機械には演技やカメラアングルの意図は認識できませんし、数ミリ単位、何分の一秒単位の判断も効きません。そして、それが私たちフォーカスプラーの存在意義なのです。
フォーカスプラーは、ただ機械的にピントを合わせるだけではなく、作品を理解し共に演じるアーティストでもあるのです。
フォーカスプラーには失敗は許されません。映像がボケてしまったら使い物にならないからです。成功しても特に称賛はされませんが、失敗すれば最悪クビになってしまう事もあります。近年は映像の高画質化が進み、より一層フォーカスプラーは繊細な技術を必要とされる仕事になってきました。そんなシビアな世界で仕事をしているフォーカスプラーは1st AC ( 1st Assistant Camera)とも呼ばれ、撮影監督(DoP)の最も信頼する右腕として、撮影現場における最も重要な役割を担っています。
映画「インターステラー」でのフォーカスプラー(左端)。一流のフォーカスプラーはモニターを使わず目視で被写体までの距離を測り、ピントを合わせる事ができます。ここでは、手元の機械のダイヤルを回す事によってワイヤレスでピントを調節しています。
第2章:日本と世界の違い
実は、日本においてはフォーカスプラーという職業が確立されていません。
ピントを合わせるポジションはあるのですが、諸外国とシステムが異なっているため、扱いが違うのです。
上の図のように、諸外国においてはDoP(撮影監督)の指導のもと、撮影監督を直接補佐する1st・2nd AC、撮影データの管理や映像の調整を行うDIT(デジタル・イメージング・テクニシャン)、カメラの移動や照明機材の操作を担当するグリップ、様々なモニターの管理や撮影した映像を外部収録・再生確認するVAO(ビデオ・アシスタント・オペレーター)、カメラの操作を行うカメラオペレーターといった各部署が独立・連携して仕事を行います。
海外においてはインターンを経験した後、DoPや1st ACとしてデビューし、そのまま引退まで働く、というパターンが多く見られます。
それに対し、日本は伝統的に特殊なシステムを採っています。
1st ACはカメラの絞りを決定し、DoPの意向を受けて2nd以下の撮影部に指示を出します。2ndはフォーカス、3rdは2ndの補佐。場合によっては4th という見習いが付きます。
日本式の良さは、4thから始まり経験を積むにつれて3rd、2nd、1st、そしてDoPと、全てのポジションの知識と経験を吸収しながらステップアップできるところでしょう。
しかし、フォーカスプラーたる2nd ACはカメラマンに至るステップの1つでしかない為、例えとてもセンスが良いフォーカスマンであっても次のステップに進む為にフォーカスを辞めてしまう人が殆どです。
以下は諸外国の1st ACと日本の2nd ACの賃金の比較です。(日本の1st ACはフォーカスプラーではないため、2nd ACとの比較としてみました)
単位は円に統一し、超過時間無しの1日当たりの賃金となります。
また、ここでは各国のコマーシャル撮影における単価を示しています。
日本・・・平均25,000円
カナダ・・・約45,067円 ※1
イギリス・・・約47,564~59,324円 ※2
ドイツ・・・約59,395~61,724円 ※3
<引用>
※1 http://www.cpat.ca/mobile/resources/crew-terms-conditions
※2
※3
いかがでしょうか。
賃金差の理由は一概には言えませんが、日本と比べ「フォーカスプラー」という職種が世界でどれほど重視されているかを示す、一つの指標になるのではないでしょうか。
第3章:フォーカスプラーになるには
我々撮影助手の多くはフリーランスであり、知り合いや先輩のツテであったり偶然業界人と知り合ったりして仕事を始める人が多く、会社に所属している人はあまり多くありません。
もし撮影業界に興味がある場合、芸術大学の映像専攻などに入学して人脈を作る事が最もポピュラーな道ですが、それ以外にも大きく分けて2つの、撮影助手になるための道があります。
1:撮影部がある制作会社に就職する
現在、日本には撮影部を保有する制作会社がいくつかあります。そのような会社の求人に応募し、撮影助手となる方法が1つ目です。
私は「ピクト」という会社で約7年働いた後、独立しドイツに渡りました。
以下に何件かご紹介します。
株式会社ピクト
http://www.pict-inc.co.jp
TFC Plus
http://www.tfcplus.co.jp
CRANK
https://www.ttr-inc.co.jp/crank/
2:撮影機材のレンタル会社に就職する
ほとんどの撮影において、高価な撮影機材はレンタル会社から撮影毎にレンタルして使用します。
レンタルの際は撮影助手や撮影監督は機材会社に直接赴き、機材を受け取る前に使用する機材のチェック・車両への積み込みを行うので、レンタル会社に就職する事で撮影助手や撮影監督と知り合う事ができ、業界に入るための人脈を作る事ができます。
これも何件かご紹介します。
三和映材社
https://www.sanwa-group.com
ナックレンタル
https://www.nacinc.jp/rental/
小輝日文
https://koki123.jp
さいごに
世界にあふれている様々な映像には、どんなに短い映像でも、とても沢山のスタッフが関わっています。撮影だけでなく、照明・音声・美術・衣装・メイク・ケータリング・車両・・・・。
誰が欠けても作品は完成しません。そして、様々な職種のスタッフの才能が集まり一つの作品が完成する中に、「ピント合わせの職人」フォーカスプラーが入っている事、そして彼らは全てのカットに神経を込めて、誇りを持って仕事をしている事を少しでも知ってもらえれば嬉しいと思っています。
興味があれば、youtubeなどで映画やCMのメイキング動画を見てみてください。
そこには真剣な表情でモニターを見つめながらピントを送るフォーカスプラーが写っているかもしれません。