振り返り的自己紹介
こんにちは。すいと申します。去年から絵や日記をやんわり投稿し続けていただけですが、今さら自己紹介を書いてみます。
東北のデザイン学校を卒業後、DTPオペレーター、モバイルコンテンツのデザイナーを経てWebデザイナーになりました。現在は都内のデザイン会社で働いています。
趣味は絵やブログをかくこと。興味関心はシンプルライフと、かなり浅いですが精神医学や体質改善など、心身ともに健康を目指すことです(今の職場がブラックというわけではなく、自分自身の問題と向き合っています)。
iPad Pro11インチが相棒で、絵を描くのはもちろん、思いつきのメモやラフに使ったり、長めの通勤中や動く気力がないときにゴロゴロしながら本やストックしてある記事を読んだり、机に立てかけて技術書として勉強時にPCと並べたり、テレビがないのでこれでアニメをみたりゲームをしたり、スピーカーもないのでこれで音楽を流したり、とにかくiPadがないと生活が成り立たない日々です。どうでもいいですね。でもそれくらい自分には重要なアイテムです。
noteについては、もともとは絵とちょっとした日記用途でゆるく気分転換に使っていました。今後も、その気楽な楽しみ方は捨てずに、もう少しデザイナーとしての要素を増やそうと思っています。仕事やデザインの記事で情報発信やブランディングをしていくというよりは、いちデザイナーの気楽な日常アカウントとしてとらえていただければと思います。たまに記事っぽいのも織り交ぜつつ。これからも基本的には個人がゆるく楽しんでいく場としてやっていく所存です。
そして、ここからは経歴(と言いつつただの自分語り)その他についてもう少し詳しく書いていきますので、もしご興味あればお付き合いください。結構長いです。よろしくお願いします。
経歴のような振り返りのようなやつ
デザイン専門学校
東北の学校のグラフィックデザイン科で過ごしました。当時のポートフォリオは本当に酷くて、おそらく感度の高い中高生くらいの子よりもずっとレベルが低いまま卒業したと思います。ポートフォリオは恥ずかしすぎてすでに破り捨てています。今思えば、知識や技法そのものよりも、もっとインターネットリテラシーとか情報収集力など、自分自身が自由に何かやっていくための動き方や考え方を学べたらよかったなと思います。
そういえば当時はWebに全く興味がなく、HTMLとCSSの授業が嫌すぎて絶対Webデザインとかやらない〜と思っていました。ごめんなさい。人生なにがあるかわからない。Webの仕事をしている今は、若い頃からインターネットの世界に入り浸っていた人が羨ましく、かっこよく感じたりします。
東北の田舎でDTPオペレーター
DTPオペレーターとしてスーパーのチラシのデータを作ったり校正したり、ちょっとした事務作業などをしていました。ネットはまともにできずフリーズが当たり前の古いMacでIllustrator8を主に使っていました。あの女神のアイコンです。学生時代はCS3だったのに…。入稿に追われながらフリーズするのが当たり前の日々だったので鬼のように保存する癖がつき、おかげで今でも1時間分の作業が吹っ飛んでアァァァァ!!!なんてこともありません。
人(特に女性)の入れ替わりが激しい職場で、私も毎日愛想笑いをしているか死んだ魚の目でディスプレイに向き合っており、帰り道や家でよく泣いていた気がします。これが社会の常識なんだ、これに耐えられないと社会人失格なんだ…と思い込みどうにか耐えていましたが一年でリタイヤしました。辞めて正解だったし、あれほどの激しさには今でも再開していません。しかし当時は病みすぎて再び社会に出るのが恐ろしくて仕方がなかったため、後の就職活動が積極的・前向きにできませんでした。我慢が美徳なんて価値観は無駄で、本当に鬱ぎ込む前に辞めたほうがよかったと今なら思います。
モバイルコンテンツのデザイナー
貯金が底を尽きかけた頃に友達が声をかけてくれて、モバイルコンテンツを作っている会社にデザイナーとして入社しました(一緒に住んでいた父の転勤にあやかり関東に来ていました)。拾ってくれてめちゃくちゃ感謝しています。4年ほど在籍していました。会社ではまだガラケーが主流で、遅れをとりつつも徐々にスマホに参入していく頃でした。紙のオペレーターだった私には色々と新鮮でした。
デコメ素材やバナーを作ったり、10〜20代の女の子向けのサービス関連のデザイン、ソーシャルゲームのUIデザイン、ペライチ程度のWebのデザインも経験しました。あとは紙の経験があったため年賀状やクリアファイル、ノベルティ系のデザインもやっていました。
ソーシャルゲームに関わる期間が長く、素材やロゴを作りまくっていたので、IllustratorとPhotoshop力はここで一番伸びたと思います。それから、社内にイラストレーターがたくさんいたため、美しいイラストの制作過程を眺められるのが楽しかったです。素材を作るために必要とはいえ私なんかがイラストのデータをいじる(何枚ものキャラクターイラストを組み合わせたり小さな素材に収めるため結構加工する必要があった)ことに若干の申し訳なさを抱えていたところ、むしろ「いつもかっこいいのつくってくれてありがとう」と言ってもらえて嬉しかったのはずっと覚えています。イラストを描く人たちの影響で、私もまた描きたいな〜と思い、勇気を出してTwitterやTumblrなどにアップするようになったのはこの頃からでした。
ただ、ゲーム以外に関わっていきたい気持ちがあったものの会社的にはゲームメインにシフトしていく流れで、個人的な趣味からWebへの興味が強くなっていたこともあり、転職を決めました。
Web制作会社のデザイナー
数名の小さな制作会社で、フロントエンドに強い方々と一緒にデザイナーとして、Webサービスの改修や立ち上げ時のデザイン、静的なコーディングなどをしていました。
コーディングに関してはHTMLやCSSがなんとなくちょっとわかる…程度で入社し、それからGulp、Jade、Sass、Git、Rails(Viewだけ)、CSSの設計など、なんかもう色々あるんだなと大混乱しながら触ったり、覚えたりしていきました。黒い画面が怖かったのも懐かしいです。今でもたまに怖いけど。
また、それまではずっと会社で仕事をしていたため、外での打ち合わせを経験したのはこちらの会社が初めてで、よい経験になりました。
もう本当にいろーーーんな物事に対して自分の視野の狭さやリテラシーの低さに衝撃を受ける日々でした。技術以前にMacの操作から色々突っ込まれるという…凄まじい情弱を日々発揮していました。良い意味で効率よく楽をするために頭を使いましょうということを叩き込んでもらったように思います。
在籍は一年半ほどでしたが、Webへの出遅れ感を埋めていった、有意義で濃い時間だったと思います。
デザイン会社のWebデザイナー
期間での契約ですが、ご縁あって現在デザイン会社のWebの部署で働いています。今は、先輩デザイナーのもとで一緒にサイトのデザインをしたり、小さめの案件はメインでデザインさせてもらったり、少しだけコーディングもしています。黒い画面やGitは気軽に相談できるエンジニアがいる前職のうちに覚えてよかったと痛感しています…。
デザイナーの多い職場で働いてみたい気持ちがあって、実際にそうなって、デザインの刺激が多く情報をキャッチアップしやすくなりました。また、周りからの良い影響で、未知の分野でも興味をもったら気軽にとりあえず触れてみようというスタンスに変化してきました(今までそれができなかった理由もわかっているのですがここでは割愛します)。
最近はインタラクションやモーショングラフィックスに興味が出てきて、AfterEffectsを触ってみつつ、とりあえずとっつきやすそうなCinema4D Liteも入門書を購入して触り始めました。他にもアプリケーションは触るかもですが、しばらくはこのあたりを学びつつ、来年は全然できないJSの理解も少しは深めたいところです。仕事や趣味も含めて何かをちまちまとバラバラにやっていた状況から、今後は身につけたことや好きなことを組み合わせた掛け算の表現やものづくりができるようになっていきたいです。
内面的なこと
経歴など表面的なことだけ記すとフワフワしてんなこいつ、というかんじだと思うので、あわせて自分の内面的なことや変化の過程なども少し書いておきます。
私は、過保護で心配性で病みがちで不仲な両親のもとで育ち、何事も自信が持てず臆病で大した挑戦もできず、転勤による転校で人間関係の厳しさを何度も経験し、鬱々とした人生を送っていました。スクールカーストは幼稚園のころからはじまっていました(スクールじゃない)
そんな残念な人格形成を経て社会に出たためか、大人になってからも前向きさが全くなく、色々なことがうまくいかず、パワハラで振り回されたり、無駄な忠誠心を持って都合よく使われ病んで会社を辞めたり、心療内科に通うなどしてだましだまし生きながら、はやく人生終わらないかなと思っていました。
だいぶ精神的に参っていたところで、参ってはいるが自分は死ねないということに気づいてしまい、かといってあと何十年も先の寿命までそのまま病み続ける生活ってやばくない?無理じゃない?死んだまま生かされ続けてるようなもんだよね?と恐怖が芽生え、20代半ばにしてやっと、ダメな自分には絶対に無理だと思っていた実家を出る決意をしたり、同じく無理だと思っていた転職をしたり、少しずつ行動を起こすようになっていきました。実家出るとか転職とかべつに普通だろwって人もいると思うけど、当時の私は色々なことに怯えすぎて、勇気も気軽さも全くなく行動できなさの塊でした。でも究極の選択を前にすると動かざるを得なくなるもので。そこからは徐々に、他人の軸を基準とせず自分で考えて選択と行動ができるようになっていきました。
手短にまとめているけど、ここまでで自分の悩みに関連する本やネットの記事をたくさん読みました。心理学やビジネス、自己啓発書など。正直言うと、デザイナーとしての自分と向き合うことなんてできず、そもそもの生活や人間関係がずっとうまくいかずしんどいということに耐えたりどうすればマシになるだろうかと考えたり調べたり向き合う時間の方が長かったです。そのしんどさにとらわれている時間が減りつつある今、これから、好きなことや興味関心にもっと目を向けて「つくる」ことに向き合っていける・そうすべきなんだろうなと思っています。
今でもまだ卑屈になってしまうことはあるけど、それでも知識がついたことで、他人との優劣の問題ではなく性質の違いがあるんだと、やっと自分自身を受け入れられるようになってきました。変えられないことや過去は事実としてあります。そして影響を受けた家庭を恨んだり無理に性格を変えようとせず(そんなことをしても逆タイプの人と同じにはなれないか、同じになるために人一倍疲れなきゃいけない)、内向型・HSP気味であることを活かした生き方や楽しみ方、アウトプットなどができないか考えながら日々過ごしています。病気ではないので治すものでもなく、性質による向き不向きは確実にあるので。自分なりの生き方を模索しています。
それから、体調管理に気をつけていて、あまり無理しないスタンスで生きています。社会に出てから過労や精神的なことから色々な体調の崩し方をしてきたので、同じことにならないよう、また然るべき時に思い切り力を使ったり無理ができるよう、普段はなるべく心身の健康を優先しています。そのため時期によっては人付き合いが悪かったりひきこもったりしますが、それも仕事や大事なことなど最低限守るべきことを疎かにしないための選択として肯定的に考えています。人混みや大人数は苦手ですが、少人数の飲み会などは喜んで参加するし、ゆったりとした場であれば基本的に人とのコミュニケーションは好きです。
ここで伝えたいのは、私かわいそうアピールではなく、疲れることもありつつ、それでもなるべく前向きにやっていこうという気持ちがある、ということでした。
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以上のあれこれで今の自分ができています。まだまだ足場が固まらず試行錯誤しながらですが、ボロボロだったのを立て直そうとなんとか生きています。そんなかんじの人間です。
あまり正直に書きすぎるのもどうかなと迷いましたが、もう周りに合わせて自分に嘘をついて生きていくのは嫌なので思い切って書いてみました。
雑な締めですが、気軽にゆるくnoteをやっていきたいと思っています。こんな私をどうぞよろしくお願いします。