ユッケトゥザフューチャー

ガラケーとユッケが出てくるドラマを見ている。まもなく12が発売されるというのにiPhone5Cを使い続けているとよく言われるのだが、ガラケーを松田翔太がパカパカやっているのを見ていると確かになんで替えないの?という気持ちになる。ユッケが出てきてユッケってテレビに映してよかったんだと思っていたら松田翔太の乳首も出てきて松田翔太の乳首もいいんだと思った。しかし先にユッケを見てしまっていたので、ユッケ!ユッケ!ユッケ!の歓声が鳴り止まなくなっている。着メロと谷原章介の乳首も出てきたが、すでにユッケの味を思い出そうとすることしかできなくなっていた。こちら肉のタタキに卵黄をのせた一品でございます、と闇提供している店はありそうだが、数年前に竹藪でうんこを漏らして本物の大人になって以来、そうしたスリリングな美味に心惹かれなくなってしまった。鳥刺し頼もうと言われると、やだ...だめ...と思いながらいいっすねと言うようになった。レバ刺しの記憶を辿るとレバ刺し食べたすぎて狂いそうになるが、冷静に振り返ると生で食べるものじゃなさすぎてやばいので規制は当然である。お母さんが大麻やってる姿を想像するより、ニコニコ笑顔で肝臓を生食している姿のほうが今となっては精神的動揺が大きい。

ついにiPhone5Cではバージョン不足でペイペイが使えなくなり、いちばん身近な未来の仕草が失われた。どうせ5Cを使い続けている貧乏で頭の悪いカスですよ!どうぞ!と高島屋の前の道路に大の字で立ってバニラのトラックに轢かれたくなる日もあるが、iPhone12でまたサイズが小さくなると聞いて良い報せもあるもんだなあと思った。買えなくとも、小さいiPhoneがまた出るというのは希望である。わたしとしては電化製品にはどんどん小さくなって粒子レベルとか言い出していただきたく、近くSFの未来がやってきて、目を瞑ったままでも勝手に靴紐が結ばれたり、牛角でデジタルユッケが食えるようになるのを待っている。