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『花束みたいな恋をした』をやっと観た
公開時気になっていたのに観に行っていなかった。地上波でやっと観た。
生きる速度がほぼ一致する大学生の麦くんと絹ちゃんの「恋に落ちるさま」を具現化した映像を、懐かしいような気持ちでみていた。
路線の延長線上
京王線明大前駅で出会った2人が、同棲生活を始めるにあたって同じ沿線の調布駅、多摩川の見えるマンションに引っ越した。モラトリアムな大学生の延長線上という設定かなと思った。東京の片隅でひっそり暮らすという言葉そのもの。
たとえひっそりとでも「2人が大切にしていること」を継続させるには、働くことが必須だった。
イラストレーターとして生計を立てようとした麦くんは、心をこめて作り上げたイラストが3枚1,000円で買い叩かれている。
好きなことで食べていくことの困難さに直面する主人公に、わかるわかるよ痛い痛いよと思った。
麦くんは絵筆を棚に押し込んで就職する。残業がないなんて嘘で仕事はきつくて、休日に出張まである。「働いているとなぜ本が読めなくなるのか」。パズドラしかできない麦くんは鬼の形相といってよかった。なにかを奪われた人の顔だった。
絹ちゃんは、パズドラ化した麦くんとはもちろん歯車が噛み合わない。麦くんとの生活はゆっくり破綻していくが、素晴らしい文学や演劇を吸収し、さらに自分の好きなものに向き合っていく。
転職してさらに美しい絹ちゃんは強くてしなやかな女性になっている。
LとR
イアホンのLとRでは違う音が出ているんだよ、片方ずつ聴いたら2人は違う音を聴いていることになるよ、と見知らぬサウンドエンジニア(岡部たかし氏😂)からうざい説明を受けるシーンがあるが、この映画のキーでもあった。
麦くんと絹ちゃんはお互いに告白するタイミングも好きな音楽や作家も気持ちの揺れもシンクロしていた。2人がひとつに合わさると、見ている方が気恥ずかしいくらいの相性の良さなのだ。
読んでいる文庫を交換したり、2人で一緒にマンガを読んで泣いたりした頃は、LとRが同時に聴こえていたのだろう。
LとRはそれぞれ共鳴したいと思っているし、美しく奏でたいとも思っている。
ただ、2人の時間が乖離しはじめるとLとRは不均衡へとつながっていく。
別れてしばらくして2人はまた出会った。恋人たちがLとRを別々に聴いてちゃだめだ。そんなジンクスを背負っているような麦と絹。背中を向けたまま挨拶を交わした麦と絹。相変わらずのシンクロだ。
彼らはもとのさやに戻るのだろうか。文庫を交換しながら急速に好きになった気持ちには戻れない。大人の2人としてまた出会い直し、東京の片隅で暮らしているといいな、年老いたご夫婦がやっているパン屋さんのようにまろやかな音を響かせていたらいいな、と感じた。
(番外)麦くん本棚をじっとりと眺める😂
一人暮らしの麦くん本棚をなめる映像はもちろん静止させて凝視する。
これは映画館ではできないオタク行動。
長嶋有、穂村弘、小川洋子。河出文庫やちくま文庫を複数所蔵する人はいい人だ。
町田康先生「告白」(中公文庫)を本の上に横倒しに積んでいた。おおおお!わたしとはちょっと志向が違うけども、わたしも麦くん好き。(知らんがな)。
「今村さん、最近新作でてないねえ」という台詞があり、
「今村翔吾?」と思ったが今村夏子さんだった😂