【小説】アルカナの守り人(1〜7)
【小説】アルカナの守り人 をまとめています。
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<1.フウタ>
朝からテレビのニュースは同じ事を繰り返してる。
最近流行っている奇病のニュースだ。犠牲者の多くは、なぜか幼い子供たち。
その奇病にかかると、体温がどんどん下がり始めるらしい。免疫力が下がり、最後は冬の鉛色の空の色になって死んでいく。原因も発生場所も不明。とにかく謎の多い奇病だった。フウタは、そんなニュースを上の空で聞いていた。
薄暗い探偵事務所の一室。置いてあるのは最低限のもの。本がほとんど入ってない本棚にテレビ、形だけの応接セット。そして、探偵っぽさを演出するためのデスクに、座り心地の最悪な事務椅子だ。俺は、頭の後ろで手を組みつつ、わざとギシギシと耳障りな音を立てながら、座ってる椅子を横に揺らす。そして、狭い窓から空を見上げた。
今日も、良い天気だ。と言っても、青空も、流れる雲も、降り注ぐ太陽の光も、全部紛い物だ。本物の空なんて知らない。この世界で、本物の空を見上げたことのある奴なんていない。人類が本物の空を見上げ、太陽の光を浴び、満天の星空を見ることはもうない。そう、もう地上は、俺たち人類が住む場所ではなくなっていた。
約 一八〇年前、天文学者の学会が、「太陽の軌道変更を確認した」と発表。それに続き、気象学者の学会が「三〇年後には地球の平均気温が四〇度上昇する」と追加発表したのだ。平均気温が四〇度も上昇したら、人類はどうなるのか。そもそも、そんなに気温が上昇したら、寒冷地帯の氷河は全て溶け出してしまう。そして、予想通り、海面は一気に上昇。多くの陸地は海の中に沈んでしまう。各国の有力者たちが、こぞって三〇〇〇メートル級の山の中に都市の建設を始めたのは、こういう理由からだった。約一六〇年前、人類は山中都市に続々と移住を開始した。そして、約一五〇年前には、地球上の人類と一部の動植物が完全に山中都市に移動したのだ。
そして現在。国という概念は最早ない。様々な国籍、民族、人種が混ざり合って快適に暮らしている。数ある山中都市の一つ、TKエリアにフウタは探偵事務所を構えていた。雑居ビルの一室、扉には、「Liber」と書かれた看板が架かっている。古い言葉で、自由という意味。フウタはとても気に入っていた。
フウタが探偵業を始めたのは、手取り早く、楽して稼げそうと思ったからだ。元々、勘が鋭いのもあって、探し物は得意だった。人でも物でも、大して苦労もせずに探し出すことができた。こんな楽にお金が稼げるなんて、最高じゃないか!
フウタはそう思っていた。そんな気持ちで始めた探偵業だ。集客のために何をするわけでもない。客は当然、ほとんど来ないのだが、原因が自分にあるとは気付いていない。
この街の奴ら、悩みがないのか?まぁ、俺も人の事言えないけどな。人生、楽しく生きられたら、それでOK. 自由で、希望や夢さえあれば、どうとでもなるってね。
「探偵なんてやめて、また新しいことでも始めるかぁ」
そう呟くフウタの足元で、モコが一声、ウォンと鳴いた。
真っ白の毛並みが美しいモコは、シベリア原産の大型犬、サムエドだ。フウタの相棒であり、お目付役? フウタを真っ当な人間にすることが使命であると思ってるらしい。今もフウタの服の裾を、くわえて引っ張りながら《真面目に働け》と訴えている。
「ああ、分かってるよ、相棒。。」
フウタはモコの頭を優しく撫でながら、そう呟いた。
その時だった。長らくフウタ以外が開くことのなかった入り口の扉が開く。
隙間から女の子が顔を覗かせた。
「…すみません。」
小さな声ではあったが、はっきりとよく通る声だった。彼女は、フウタの姿を見つけると、部屋の中に体を滑り込ませた。
「あの…、こちらが探偵事務所さんですか? 探し物がすごく得意だって…。
今、依頼ってできますか?」
大人しめな雰囲気のその子は、肌当たりの良さそうな、一見無紋に見える生地、しかし、実際は、繊細な刺繍が施された民族衣装のような、白いワンピースに身を包んでいた。長い煉瓦色の髪を二つに分け、無造作に編み込んでいる。
大人っぽくも見えるが…、きっと俺と大して変わらない歳だな。十六くらいか。
両手で大きな包みを抱えている。随分、重そうな荷物だな。。何はともあれ、久しぶりのお客だ。
フウタは、すぐに体勢を整え、テレビの電源をオフにすると、満面の笑みで彼女を迎え入れた。
「やぁどうも。いらっしゃいませ。もちろん、依頼はお引き受けできますよ。早速、お話でも…。」
そこまで言って、彼女が若干、引き気味であることに気づいた。。
あれ、俺のこの軽快な笑みが通じない? もしかして、軽すぎたか。。
フウタは、気を引き締めて真顔を作る。
「…失礼しました。どのようなご依頼でも、真摯に対応させていただきますよ。」
「どんな依頼でも…?」
「…ええ。もちろんです。」
フウタは、反射的に笑顔で返したが、そう即答したことをすでに後悔していた。
しまったな…。こういうパターンでの依頼は大抵ろくでもないんだ。俺は、勘だけはすこぶる鋭い。とはいえ、すでに答えてしまったからな。とりあえず、話だけでも聞くしかない。
彼女はヒカリと名乗った。
「実は…」
ヒカリは、そう言いながら、両手で抱えていた包みを丁寧に開いた。中から出てきたのは、とても価値がありそうな、年季が入った古本だった。ご丁寧に鍵付き。表紙の文字は薄っすら読めそうだが、見たことのない文字だ。
「この本は、私の家に代々伝わっているものなのです。もちろん、本と一緒に鍵も受け継いでいるのですが…。」
そこでヒカリは一旦、言葉を切った。そして、軽く垂れた髪を、右の耳にかける仕草をする。その時、フウタは、ヒカリの首筋に奇妙な模様のあざを見た。刺青ではない…あざだ。。でも、あざにしてはまるで文字のような…そう、ローマ数字のように見える奇妙なあざだった。
…X…VIIか。無意識に首を傾けながら、あざを凝視している俺。
「…変わったあざだね。」
挙句、深く考えもせず、思ったことを口に出していた。ヒカリはハッとして、慌ててあざを隠す。
ああ、しまった。またやってしまったな。触れちゃいけないことも平気で口にする、俺の悪い癖だ。
フウタは、急に居たたまれなくなって、意味もなく咳払いをしてみる。
一瞬の妙な沈黙…。
しかし、ヒカリもすぐに気を取り直したのか、話の続きを始めた。
「私はこの本と一緒に鍵も受け継いだのですが、まだその鍵は、手にしてはいないのです。」
「…鍵は受け継いでいるのに、実際に手にしていない?」
「ええ。実は…、私の家のとある部屋にあるはずなのですが、どうしても見つからなくて…。その鍵を探すのを、あなたに手伝ってほしいんです。」
つまり、この子は、この受け継いだ本を開けたい、しかし、開けるためには鍵が必要。でも、その鍵が見つからないから、俺に探すのを頼みたいってことか。。
「ちなみに、その本ってどんなことが書いてあるのかな?」
これまた、深く考えもせず、質問するフウタ。さっきの反省を全く生かしていない。
「とても…、とても大切なことが書いてあります。本当に…大切なことが…。」
ヒカリは、フウタの目を真っ直ぐに見つめたまま、そう言った。
今、二人はヒカリの家に向かっている。ヒカリの家は、NYエリアにあるそうだ。他の山中都市に移動するには、転移ポイントに行かなくてはならなかった。
転移すれば、他のエリアに行ける。その事を、もちろんフウタも知っていた。しかし、そうそう簡単に転移できるものではないのだ。転移料金はとてつもなく高額。フウタの給料、何ヶ月分か。それなりの身元証明も必要だ。審査には早くて数日、長ければ数ヶ月待つ事もあると聞く。
「お、おい。ヒカリ。お前はNYエリアの人間だからさ。普通に転移で帰れるだろうけど、俺は、大丈夫なのか?身元証明とかも必要だろ?」
そもそも、転移料金なんて持ってないぞ!
ここが一番の大問題だが、流石の俺でも恥ずかしくて言えない。
目の前に、大きな転移ポイントが見えてきた。街並みから一段上がった人工の丘の上に転移ポイントはある。転移ポイントの中心には、円柱状の物体が置かれている。その周りには転移のチケットを買う人々の行列も見える。
しかし、ヒカリは特に行列を気にする様子もなく、スタスタと中心に向かって歩いていく。そして、円柱状の物体の側にいる係員に近づくと、身分証のようなカードを提示した。そのカードには、中心の円から放射状に炎が広がっているような、そんなマークが描かれていた。フウタは、横目でそのカードを一瞥し、マークの意味について考える。そして、あっ…と気付く。
あれは、太陽だ。
昔、地上から見えた太陽。それを表したマークだ…と。
二人は無事に、NYエリアに転移した。ヒカリがあの身分証のようなカードを掲示した途端、係員はさっと道を創り二人を通したのだ。もちろん、高額な転移料金を徴収されることもなかった。色々と疑問はあるものの、フウタは尋ねはしなかった。というか、聞くタイミングを完全に逃していた。
ヒカリは事情を説明することを避けているようだったし、何よりどんどん口数が減っている。フウタはヒカリが醸し出す緊張を敏感に感じ取っていた。
二人はただ黙々と歩き続けた。
ヒカリの家は、大きな洋館だった。背丈を遥かに超える、頑丈で立派な正面の門から敷地に足を踏み入れる。庭の手入れはあまりされていないようだ。広すぎて手が回らないのか、所々、伸び切った草木がある。
それでも、玄関までの小道は、きれいに整備されていた。
重厚な扉を開き、屋敷の中に入る。目の前には、大理石で作られた立派な螺旋階段。手すりも華やかな細工が施されている。
ヒュー♪ 醸し出す雰囲気からも、お金持ちそうだとは思っていたけど、これは、すごいな。依頼料の追加も期待できちゃったりして…。
フウタはすっかり緊張も忘れて、胸を弾ませつつ、ヒカリの後に続いて階段を上がる。長い廊下を歩き、二つ、扉の前を通り過ぎた。三つ目の扉の前で立ち止まる。そして、ヒカリはフウタを部屋に招き入れた。
「…鍵があるのは、この部屋です。」
ヒカリは部屋の電気を付けると、振り返りそう言った。
少し埃っぽい。雑然と物が置かれている。大きい、小さい、丸い、細長い、様々な形状の箱。本も至るところに乱雑に積み重ねて置いてある。年季が入った美しいランプシェード。重厚な輝きを放つアクセサリーの類も見える。壁には、時代を経て艶めいた額縁に入れられた絵画たち。フウタは部屋を見回しながら、どっかのアンティークフリークが見たら発狂しそうな場所だなと思った。
「…フウタさん?」
「うん?」
「…鍵は見つかりそうですか?」
「…。」
フウタは、もう一度、ゆっくりと部屋を見渡した。そして、やっぱりな…と確信する。
「ヒカリ。この部屋に鍵はないよ。」
近くにあった頑丈そうな箱に腰掛けながら、フウタはヒカリの目を真っ直ぐに見つめて言った。
「そろそろ、お前の…本当の依頼を聞かせてくれないかな。」
「…!」
やっぱり、気づいていたのね。
ヒカリは自嘲気味にふっと笑った。
確かに、この依頼は口実であり、本当の依頼は別にあった。できれば、あの探偵事務所で正直に言いたかった。でも、とても信じてもらえる気がしなかった。嘘は苦手だし。だからこそ、正確とは言えないものの、限りなく真実に近い口実を探した。どうしても、フウタにこの家に来てもらう必要があったのだ。
いつから、分かったの?なんて聞くのは野暮かもしれない。途中から、ヒカリも緊張のあまり、挙動がおかしくなっていたのだから。
さて、ここからが本番。どこから説明するべきかしら…。
ヒカリは、少し思案するように、小首を傾げた。
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