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月の面に彫る音楽ーー朗読ライブ「月面文字朗読一例」に寄せて

 RITTOR BASEにて、歌人・作家の川野芽生の作品を朗読と音楽でお届けするシリーズ、3回目は2022年に書肆侃侃房から刊行された掌編集『月面文字翻刻一例』!
 朗読はおなじみ、著者の川野さんと、今回は舞台芸術創造機関SAIのぜんさんが加わりました。音楽は私Tokageとjammyさんが担当。各々の持ち味を企画・演出の嬉野ゆうさんがまとめてお送りした朗読ライブでした。

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 私Tokageが作曲した分の音楽のライナーノーツ的なものを、作った順に記しておきます。

※photo 荒川れいこ(zoisite)


月の鱗粉

 最初につくったのはこちら。月の支配する不穏で美しく不安定な作品に相応しいように、チェレスタのようなベル系シンセの硬質できらびやかな響きをまずチョイスしました。
 チェロやピアノ、ホルンのクラシックな響きで、二人の少年の関係性や月の大きく見える空を表現し、途中途中で風の唸りやまさに鱗粉のようなキラキラした音色を作りました。
 チェロのピチカート奏法とパーカッションは浮遊感と「蟲」の羽音。
 後半シンセの音がメインに移ります。ここは田舎の少年の焦燥感の表現、そして曲が進むにつれて増してゆく都会の少年の得体の知れなさ。
 不穏なお話ではありますが、全体的に月に照らされているようなほの明るさ、そして調子はずれの明るさ、のような感覚を意識しました。
 最後は何事もなかったかのように最初と同じパートに戻って終わりです。

桜前線異状なし

 まず電車の走行音のSEがオーダーとしてありました。その電車が走行しているスピード感から、春のまったりした空気感と退屈させないバランスを気をつけました。
 最初のパートは丸めのシンセの音と軽快なピアノ、わかりやすいビートでスピード感を保ったまま。ベースメインのパートで減速していき、ハープで「春」「桜」感を。ベースにイングリッシュホルンの低音で眠気を誘うようなメロディが続きます。
 無音の後はイングリッシュホルンとハープ、ベースでやはり眠そうでありながらも、楽器を増やしたりメロディを動かしてまだ完全には眠らせないぞ! という……。最後はフェードアウトで春に飲み込まれます。

月面文字翻刻一例

 オープニングパートは、以前「月面文字翻刻一例」のファンアート(アート? ミュージック?)としてつくらせていただいた音楽を手直ししました。作品のイメージ自体はファンアートの時と変化はなかったためです。

 本編も全体のイメージ自体はオープニングと変わりありません。ピアノの硬質な響きと弦楽器の唸るような低音、刻むビート。職人の機械じみた作業、そして衛星の一つである月が舞台ということで宇宙ぽさを出すためにパッド系のシンセを組み合わせて空気作りを行いました。
 だんだん話が動いていくにつれピアノやチェロの動きも増え不穏で特異な世界観を表現します。
 後半のパートは「世の終わり」を意識し、綺麗めなピアノの旋律、シンセのミニマルなシーケンスが続きます。最後にそこに書き加えられるチェロ、蟲の羽音のような異常を知らせるシンセが鳴っておしまいです。

蟲科病院

 jammyさんパートと私のパートに分かれていたこちら。私のパートには「考え中みたいな音楽」「釣りしてる音楽」というゆうさんのメモが……!
 あえて(まだ)ポップな雰囲気に仕上げています。「考え中」の邪魔にならなそうなループで没頭できる音楽。けれど時計の針は進み……。
 「釣り」は夜闇に浮かぶ「蛍烏」の光が浮き沈みする様を表現しました。キラキラでなんだか寂しい。そしてだんだん怪しい。後ろで鳴るサブベースと途中で出てくる弦楽器のメロディは竜(蛍烏)と蟲の関係を示唆していたりいなかったり。
 実は最初の雨音や後半のヴァイオリンの駆け上がりのSEも私が用意しました。

転換の音楽

 jammyさん発案で、マッシュアップ(jammyさんの曲と私の曲をいっぺんに鳴らして一つの曲に)にしよう! ということになりました。初の試みですがこれが大成功。BPM=94で5分の曲、とだけ決めて好き勝手作りました。
 とはいえ『月面文字翻刻一例』全体の雰囲気に合うような、無国籍で不穏でちょっとポップ、みたいな雰囲気をイメージしました。jammyさんのギターノイズが乗ることはわかっているので、あえてあんまりノイズや空間を埋める音は使わずに作りました。
 転換は曲だけ流れているので(実際はゆうさんとちゆさんが色々やってくださった)聴きづらい曲もやめよう、と思い最初から最後まで調性音楽にしています。
 最終的にjammyさんがいい感じに整えてくださり、めちゃくちゃいい感じに派手な曲になりました!jammyさんありがとうございました!!

遠き庭より

 今回は『奇病庭園』の時と違って大体ゆうさんの試し朗読を参考に曲を作っていったのですが、この「遠き庭より」と「天屍節」は川野さんの朗読を聴き込んで作りました。
 幻想の庭、まさに夢想。川野さんの薔薇への愛情を感じる本作はとにかく美しい音楽をつくりたい! と思って頑張りました。

 あえて古ぼけたピアノの音源をメインに、グロッケン、弦アンサンブル、多様なシンセ、民族楽器の木管楽器。前半は夢の中のような足取り、庭へ出てからは薔薇の苗が育っていく様を増えてゆくシンセ・楽器とビートで表現し、ところどころピアノの和音やメロディーを挟んでまだ夢にいる様子を忘れない。
 薔薇が蕾をつけてからはヴァイオリンの旋律を。「世界を滅ぼしていいだろうと思う」。薔薇の色のグラデーションの描写のシーンは、流れるような美しさと華やかさを表現しました。そして純白の薔薇はあえてピアノだけで。

 庭から帰るシーンは最初のループと同じですが、最後、調子はずれのおもちゃのようなシンセの音に切り替わり、突如夢は終わります。

さよなら鳥たち

 jammyさんがギターで録音したノイズをいただいて、そこにデジタルのホワイトノイズをプラス。このノイズをメインに組み立てていきました。
 パッドと丸い音のシンセで霧の中を、ギチギチとしたシンセとところどころ入るゲームのような鋭いシンセの音で、世界の「バグ」ぽさを表現しました。バグに侵食されるのか、ノイズに飲み込まれるのか、「鳥がいないから静かだ」と言っているのに音はうるさいぞ!
 「ゆくてはほのかに明るい」ので、メロディ(メロディというか、音自体)は明るめにして、その分ノイズが目立つように。特に最後ラジオ音声ぽくなるところは、シンセのメロディは明るめです。

天屍節

 最初37分の川野さんの朗読に合わせてガーっと曲をつけて、それをゆうさんのディレクションで分割、ループな感じにして聴きやすくしていきました。これも以前「月面文字翻刻一例」のファンアートとしてつくらせていただいた音楽の「天屍節」パートを使用しています。

 フルオーケストラに近い楽器にピアノとシンセをプラスした編成になっています。
 最初の高めのピアノと木管楽器のパートは曲全体の通奏となり、特に「花の香りが強くなった」シーンで流れます。これは記憶のキーのイメージです。
 とにかく全体を通して、蟲の羽音、天使の生態、切迫した空気、強くなる花の香り、竈の火、そんな異様さを表現した極彩色の悪夢のような音楽をつくりました。時折記憶の底の切なさを表すようなメロディも入れつつ……。混沌としているのは夢か現かはたまた記憶か。
 一番最後のパートはサイレンの音で始まります。金管楽器のファンファーレ、ピアノの高速なパッセージを経てどんどん音は増え膨れ上がり、そうして最後は記憶が遠くにゆくようにピアノと木管楽器のみで終わります。

終わりに

 以上です。配信を聴きながらこれを読むもよし、読まないもよし。

 すでにお聴きになった方々は、音楽についてどのような印象を持たれたでしょうか? 朗読と合わさって、どのような効果を生むことができたでしょうか?
 こっそりでも、大々的にでも、教えていただければ大変ありがたいです!(既に教えてくださった方は本当にありがとうございます!)

 川野さん作品の音楽をつくるのは、本当に楽しく、また充実した作曲時間でした。


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