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Sui彩の景色 -近景- #06 -半吉-

バス停の前に立ち、大通りのカーブの向こう側から帰省する為に予約した高速バスが見えるのを、今か今かと震えながら待っていた。
予定の時刻から数分遅れてバスが到着すると、僕はすぐさまスマートフォンの画面に映る乗車券を見せバスに乗り込んだ。
暖かな車内とエンジンの振動が心地よく感じられ、ウトウトしているうちにバスは首都高を駆け抜け、最初の休憩地点となるサービスエリアに止まった。
トイレを済ませ、軽食と水と缶コーヒーを買って車内に戻ると程なくしてバスは動き出した。
辺りは見渡す限りの山々が連なり、バスは山の隙間を縫うようにトンネルを出たり入ったりしながら走っていた。
車窓から見える景色の移り変わりが、目的地に近付いている事を教えてくれていた。
 

もう一眠りしようかと目を瞑っていると、突然車内のあちこちからアラート音が鳴り響いた。
最初は何が何だか分からなかったが、自分のスマートフォンからもアラート音が鳴り響いている事に気がついた。
画面には「緊急地震速報」の文字が表示されていた。
 
当たり前があっという間に当たり前ではなくなってしまう瞬間。
そもそも日頃享受している当たり前というものが、むしろ奇跡であって、当たり前というのはもっと残酷な何かなのかもしれないとさえ思えてくる。
「あけましておめでとうございます」
この言葉を言えなくなってしまったのは、多分僕だけじゃないはずだ。
 
無事バスが地元の最寄駅まで辿り着くと、父親が車で迎えに来てくれた。
車内には当たり前のようにSUIRENの曲が流れていて、なんだか照れ臭かった。
見慣れた街を通って、実家の駐車場に車を止め、玄関をくぐると、幼い子供の声が聞こえ、兄の家族が先に到着しているのが分かった。
コロナであったり、自分が東京にいる事もあって、実に何年ぶりかの家族全員揃って食卓を囲んだ。
甥や姪が怖がるからと、TVは付けなかった。
そこにはとても穏やかで温かい時間が流れていた。
 
当たり前じゃない、奇跡の様な本当に存在する空間に自分が場違いなような気がした。
その日の夜、甥にせがまれ不本意ながら、一緒にお風呂に入ることになった。
思えば親戚中で末っ子だった僕は、自分より下の子の面倒を見るということがなかった。
無邪気に笑う甥に、僕はぎこちない顔をしていなかっただろうか。
ちゃんと笑えていたのだろうか。
甥の目に僕はどう映るのだろうか。
いつか、自分も子を持つ親になるのだろうか。
 
一夜明けて、朝食を食べて程なくして兄の家族は帰って行った。
「今度は僕の家にも遊びに来てね。」
と甥に言われて
「うん。」
と応えた。
 
こんな、自分に何が出来るだろうか。
社会に、身近な人に、家族に、甥や姪に。
何も語らないという選択肢もあるし、思考を停止する事も出来る。
情報をシャットアウトして極力見ないようにする事も出来る。
無力な自分に胸が苦しくなる。
こんな時に幸せな時間を過ごしている自分に後ろめたくなったりもする。
でも、それが立ち止まる理由になるのだろうか。
果たして何かを諦める理由になるのだろうか。
 
叶わなくても
敵わなくても
変わらなくても

P.S
1/24リリース
Major 1st Digital EP『Reverse』より
「Eye Shadow」先行配信開始されました。
合わせてMVも公開されております。
皆さんご視聴頂けてますでしょうか?
 
2/25には『Reverse』のリリースを記念して3マンライブも開催予定です。
久しぶりのフルバンド編成なので、表現したいこと全てをこの日ステージで出し切りたいと思います。
 
チケット二次先行受付中です。
▶︎1/12(金) 12:00〜1/17(水)23:59
eplus.jp/suiren/240225/
 
よろしくお願いします。
おまけの写真は今年の俺のおみくじです。
半吉ってなに?初めて見たんだけど。
腑に落ちないので今年は自分で大吉な一年にしてみせます。
諦める理由にならないだろ?

(2024.01.15)


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