Sui彩の景色 #11 -魅惑-
始まりは真っ白だ。
何の色も線もない。
そして、孤独で不安で寂しい。
新しい環境に飛び込んで、新しい何かに挑戦しようとする度に、人は結局たった一人なのだと思い知らされる。
でも、心のどこかで。
自分だけではないのだと信じていたりもする。
自分と同じ様に。独りなのだと気付いて歩き始めた者がいること。
そして、いつかは並び立つことができるということ。
仮に支え合わなくとも。
1人ではないのだと思わせてくれる誰かが、自分と同じように存在するのだと。
軽音楽部に入部した新入部員がまずやらなければならないのはバンドメンバーを見つけることだった。
元々中学の仲良し四人組で入ってきたようなグループはそのまま、そのメンバーでバンドを組むのだろうが、僕の場合は同じ中学の人間はいるにせよ仲が良かった訳でもなかったし、何より最初から各パート最強のメンバーを揃えてバンドを組みたいと考えていた。
なので、とにかく演奏を観てみないことにはバンドを組むことは出来ない。
最初の2週間、部室の小部屋は1年生にフリーで開放してくれるという事なのでこの2週間でバンドメンバーを見つけるしかない。
なので、出来る限り1年生部員全員の演奏を観て決めたいし、勿論自分もアピールしなければいけない立場なのでこの2週間は1日たりとも無駄には出来ないと考えていた。
恐らく他の新入部員の多くが同じ考えで、説明会が終わるとすぐに何人かの1年生が積極的に他の部員に話しかけていた。
僕も片っ端から話しかけてみようかと悩んでいると、榊原が
「Sui君。一緒に帰ろうよ。」
と声をかけてくれた。
なんとなく僕は片っ端から新入部員全員に声をかけるよりも榊原と一緒に帰る事にした。
校門を出て早々に榊原が
「Sui君バンド組まない?」
と言ってくれた。
「返事は明日で良いよ。とりあえず明日機材一式持ってくるから放課後部室で会おう。」
そう言って目的を果たすとそそくさと僕置いて自転車に乗って走り去ってしまった。
榊原は変わり者というか、どこまでもマイペースな奴なのかなと思った。
翌日の放課後、教室に榊原が迎えに来てくれた。
背中にエレキギターの入ったギグバッグを背負って、左手にはアタッシュケースを持っていた。
部室の小部屋に行くと10人程の1年生が集まっていた。
今ここにいるのは昨日の半分以下の人数だ。
それでも、座る場所は殆どなく、ドラム椅子やアンプに座るか、窓を開けてその窓枠に腰掛けるように座る者が何人かいてあとは基本立つしかない状態だった。
この狭い空間に各々自分の楽器を持ち込んでいるので尚更だ。
僕らの後にもう2〜3人程やってきたが、彼らは残念ながら窓の外から顔だけ覗き込んで参加するような状況だった。
「意外と少ないね」
僕がそう言うと
部屋の奥にあるドラムセットの向こう側から
「昨日の説明会でやる気無くした奴と、もうメンバー決まっている奴と、昨日声かけあってどっか別の場所で合ってる奴とかがいるみたいだぞ。」
とこの状況を土田が説明してくれた。
しっかり早めに来てドラム椅子に座り陣取っていた訳だ。
「そうなんだ。じゃあ、ここにいるのがこれからメンバーを決めたい組なんだね。」
と僕が言うと、
「余り組じゃないと良いけどな。」
と土田が笑って返した。
なんとなくその場にいた全員が少し笑って場が和んだ。
「なんか自己紹介とかする?自分のパートとか。」
他の生徒がそう言って自己紹介が始まるかと思いきや、
榊原はそんな土田や他の生徒に目もくれずに、アタッシュケースを広げ始めた。
中には昨日教えてくれたエフェクター5~6個敷き詰められていて、発泡スチロールで型取ってエフェクター同士が中でぶつかったりしない様に綺麗に固定されていた。
昨日部室の大部屋に置いてあったエフェクターよりもかなり整理整頓されている印象で、配線も美しく整えられていてかなり几帳面なのだろうと思った。
ギターケースから真紅で木目調のギターを取り出すと、
「ギブソンのレスポールカスタムじゃん!かっけぇ....。」
と誰かが言った。
榊原はエフェクターボードとギターを繋ぎ、エフェクターのOUT側の配線をギターアンプのジャックに刺した。
アンプの電源を入れると
一瞬音が出たがすぐにエフェクターボードの一番ギター側の配線上にある白い機材を踏み、音が消えた。
ギターのヘッドについているペグを回して弦を一本一本弾いている。どうやらチューニングをしている様だった。
白い機材はチューナーということか。
チューニングしている間は音が消えるようになっているのか。
チューニングを終えると一度アンプの音量つまみを0にして、白い機材をもう一度踏んだ。
そして、軽くギターを弾きながらつまみを上げていき徐々に音量が上がっていく。
適音かなという音量までいくと、今度は他のつまみも慣れた手つきでいじり始めた。
いつのまにか全員が黙って榊原の一挙手一投足を眺めていた。
いくつかの機材を踏んでギターの音が歪んだり音量がブーストされたりそれぞれの音色を確認すると。
徐に何かの曲のギターソロを弾き始める。
上手い。それもかなり。
素人の僕にも分かる。
ワンフレーズ弾き終わると。
「とりあえずセッションしない?ベース弾ける人とドラム叩ける人いる?」
と榊原は言った。
「弾く!」
と一人の生徒が手をあげて自分ギグバッグのからベースを取り出し始めた。
そして、ドラム椅子には土田が座ったまま無言で手をあげて榊原を睨んでいた。
榊原は土田に対して特に反応せず。
ベースの子に
「セッティングしたらすぐ始めよう。」
と言う。
ベースの子のセッティングが終わると何やら軽くコードとか小節数の打ち合わせをする。
土田はそれを聴いているだけで話に入ってこようとはしない。
話終わると徐に榊原が弾き始める。
普通はドラムがカウントをとって始めるのではないのか?と思ってみていると、
はぁ…
と土田が溜息をついて榊原に合わせてドラムを叩き始める。
背筋がピンとしていてフォームがとても綺麗で、力強く正確にリズムを刻む。
そして、ベースの子も入ってくる。
恐る恐る。探り探りという感じだ。
ヨレヨレの音で自信のなさが伝わってくる。
ひとしきりセッションすると榊原が手を止める
それに続いて2人も演奏やめた。
「ありがとう。他の人ともやってみたいな。ベース弾ける人他にいる?ドラムも。」
と言う。
「なんでお前が仕切ってんだよ。」
土田がそう言うと
「別に仕切ってない。ただ、全員とセッションしてみたいだけ。あと、いちいちセッティングをバラすの面倒だし。ベースでエフェクターボード持ちこんでる人いないみたいだし、ドラムもこのセットしか無いでしょ?だから、セッティングがややこしいのはギターだけ。であればギターは一旦僕がこのままでドラムとベースが交代していくのが効率良くないかい?」
完全に榊原のペースだ。
誰も何も言い返せない。
素人の僕には細かいことは分からないが恐らくセッティングの効率の話は正論である事と、他のギター志望の生徒達からみても圧倒的に上手いのだと思う。
結局榊原は他のパート志望の新入生全員と一通りセッションし、僕とあと2人程いたVo志望の生徒はただ観ているだけという時間が続いた。
セッションの途中大部屋にいる2年生の先輩達が榊原のギターの音を聴いて覗きに来る程だった。
「皆さんありがとうございました。そしたら他のギター志望の方どうぞ。」
と言って片付け始めた。
その後、他のギター志望の子達も順々にセッションしていき、楽器組の殆ど全員がそれぞれの組み合わせでセッションし終わった。
そして、2年生がやってきて
「そろそろ部活の終了時間だから音止めろよー。あと10分で部室閉めるぞー。」
と言って今日は解散という事になった。
ついに僕は何もしないままこの日を終えてしまった。
ただ、この日全員の演奏を見て明らかになったことがある。
それは榊原の演奏力がずば抜けていて完全に異次元だという事だ。
そして、僕が思うに土田も凄く上手かった。
もう1人中学校時代吹奏楽部でドラムを叩いていたという経験者の奴も上手かったがそれよりも土田は一枚上手だったように思えた。
帰り際に榊原が僕に
「どうだった?」
と聴いてきた。
「上手すぎ。ちょっと引いた。多分皆引いてる。」
と答えると、
「Sui君も引かれるかもよ?お歌上手じゃない。」
と笑っていた。
褒めてるような、少し上からな物言いにも感じられた。
しかし、飄々としていてミステリアスな雰囲気があって容姿端麗。
そして、狂気じみている。
控えめに言ってバンドメンバーとしては魅力的だった。
「良いよ。やろう。とりあえずやってみよう。バンド。」
僕がそう言うと
「よし。決まりだね。」
と言って榊原は他の新入生に達に
「僕はSui君とバンドを組みます。彼はボーカルです。ベースとドラムを募集しています。とは言えSui君の歌を聴いてみないと皆さんなんとも言えないと思うので、明後日の昼休み年の校舎の東側の階段の踊り場でSui君と1〜2曲ライブするから観に来て下さい。今日来てなかった人にも伝えておいて。」
と宣言した。
「Sui君。明日はアコギ持ってくるからカラオケ一緒に行って練習しよう。
それで明後日が本番ね。」
こいつは気が狂っているのか?
そう思った。
どこまでもマイペース。
榊原の魅力でもあり欠点でもあった。
次の日の放課後カラオケに行って
とりあえず僕が歌いたい流行りの曲を何曲か選んできた。
その中から2曲に絞ってコードを榊原がさらって2時間程合わせてみた。
練習はかなりあっさり終わったが榊原は
「余裕だね。明日楽しみだ。」
と言った。
「でも、なんで昼休みに階段の踊り場なんだよ。」
と僕が聴くと
「昼休みにSui君の歌を聴いたら一緒にバンドやりたいって思うかもしれないじゃん?そしたらそのまま放課後部室で合わせられるでしょ?」
と榊原は当たり前だという口振りで答えた。
「なるほど。でもなんで階段の踊り場なんだよ。部室で良いだろ。それかどっかの教室とか。」
と僕がまた聴くと
「部室にボーカル用のアンプないから伝わらないと思うんだよね。階段なら天然のリバーブがかかるし気持ちよさそう。あと目立つじゃない?」
翌日の昼休み
僕とアコースティックギターを持った榊原が宣言通りの階段の踊り場に腰掛けていた。
軽音楽部の1年生の殆ど全員が観に来ていて
更に野次馬も。
というよりも榊原を観に来ている女子も沢山いた。
榊原がアコースティックギターのチューニングをしながら
「Sui君何か言って。」
と言う。
「えっと、始めます。」
と僕が言う。
チューニングを終えた榊原がジャラーンと最初のコードを鳴らす。
榊原が小さい声でカウントを出す
「ワンツー…」
僕は歌った。
階段の高い天井にアコースティックギターと僕の歌声が響く。
一瞬時間が止まる。
その後、上の階や下の階から、なんだなんだ?
とどんどん人が集まってくる。
目を見開いてい口をあんぐり開けてたり、手を合わせて榊原にうっとりしていたり、隣の人と目を合わせてヒソヒソ耳打ちしていたり、それぞれ様々な反応を見せるその中で、
1人だけ。腕を組んで真剣な眼差しでこちらを見ている小柄な男子生徒がいた。
1曲演奏し終えると自然と拍手が起こった。
2曲目に入ろうとするとサッカー部の顧問の先生がやってきて。
「お前らこんなとこで何やってるんだ!邪魔だろ!」
と怒られた。
ごもっとも。
あえなくそこで終了となった。
「一昨日部室に来てなかった部員も観に来てたね。放課後楽しみだね。」
ギターケースにアコースティックギターをしまいながら、なんともない顔で榊原がそう言った。
すると、真剣な顔をして見ていた小柄な男子生徒が声をかけてきた。
「軽音楽部…だよね?めちゃくちゃギターが上手い1年がいるとは聞いてたけど…歌も相当だね…」
「ありがとう。えっと軽音楽部…ですか?てか、1年生…ですよね?」
と僕が念の為確認すると。
「そう。1年。でも、軽音楽部に入部届けはまだ出してないし説明会にも顔出してない。外でバンド組もうと思ってたから。」
「外で?」
と僕が聞くと
「他校のメンバーとってこと。」
と彼は答えた。
「あーなるほど。じゃあ、楽器弾けるの?」
と僕が聴くと
「うん。ベース弾ける…」
と彼が答えると間髪入れず榊原が
「上手いですか?」
と横から入ってきた。
「どうかな?明日ベース持って来ようか?それか、もし誰か貸してくれるなら今日の放課後でも…。」
と小柄な彼が答えると
「是非。」
と榊原が答えた。
「いや、お前が答えんなよ。まず先にベース貸してくれる人探さないと。」
と僕が咎めると
「大丈夫でしょ。探しておくから放課後部室に来て。」
と榊原。
「部員じゃなくても大丈夫なのかな?」
と小堀が言うと
「少なくとも1年は誰も気にしないと思うよ。先輩達は1年の顔も名前もまだ覚えてないと思うし気付かないでしょ。」
かくして僕達は放課後。
ベーシスト小堀と部室に集まる約束をしたのだった。
P.S
高校時代から時は過ぎ2022年。
皆さんいかがお過ごしでしょうか?
TVアニメ「キングダム」第4シリーズ。
とうとう終わってしまいましたね。
改めて大好きな作品に携わる事が出来た事。
本当に嬉しく思います。
ありがとうございました。
とはいえ2024年に第5シリーズが放映されるとのことで、キングダムは今後も続いていきますし。
第4シリーズも各種配信サービスでもう一度観ることが出来ます。
そして、勿論第1クールのOPは我々SUIRENの「黎-ray-」がこれからも流れ続けるのです。
なんと幸せな事でしょうか。
どうかこの曲がキングダムと共に末永く愛される一曲でありすよう願うばかりです。
そんなこんなで終わりがあれば始まりもあるという事で、
気になるアニメが沢山始まりましたね。
SPY×FAMILYにチェーンソーマンに機動戦士ガンダム水星の魔女に大忙しで…
じゃなくて、目下SUIRENは絶賛制作期間中でございます。
凄い曲が沢山産まれております。
早く聴かせたいですね。
そして、ありがたい事にYouTubeも5000人登録突破いたしました。
何か記念になる事をしたいなと考えておりますので皆さん楽しみにしていて下さいね。
写真は日比谷野外音楽堂で出番後にBLUE ENCOUNTさんのライブを
観ながらクールダウンしてる俺です。
(2022.10.15)
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