見出し画像

『はじめての』著者は語るVol.1-島本理生|自分が子供の頃に読みたかったと思える小説ができました。

2018年に『ファーストラヴ』で第159回直木賞を受賞した島本理生さんは、恋愛小説の名手として知られている。「はじめて人を好きになったときに読む物語『私だけの所有者』」は、著者初挑戦となるSFだ。そして、恋愛小説かどうかは読み手に委ねられている。島本さんの小説を元に制作されたYOASOBIの楽曲『ミスター』も、「ラブソング」と断言することはできない特別な魅力を放つこととなった。(取材・文 吉田大助)

児童文学は容赦ない
子供に忖度していない

──今回の短編「はじめて人を好きになったときに読む物語『私だけの所有者』」は、島本さんにとって、はじめてのSF作品です。今「はじめて」と言ってしまいましたが、合っていますか?

島本 世に出るものとしては、これがはじめてです。少し前から、近未来や海洋を舞台にした小説を書きたいなと思っていたんです。ただ、いきなり長編だと難しいかなぁと思っていたところに今回の企画のお話をいただいて、短編だったら挑戦しやすいし完成まで持っていきやすいな、と。「YOASOBIとSFと恋愛」というイメージも、私の中ではぴったりきました。

──もともと科学やSFに興味をお持ちだった?

島本 SF小説や科学系の新書を一読者として読むのは好きだったんですが、書くのは難しいなとずっと思っていました。子供の頃、理系教科の成績は悪かったですし(笑)。科学やSFって人類全体を俯瞰して見るところがあるので、視点の位置が高くなるんですね。私がこれまで書いてきたものは、人と人が一対一で向かい合う個人的なお話が多かったので、俯瞰で書くことはあまりなかった。ジャンルを変えてみたら、自分にとって何か発見があるかもしれない。挑戦してみたいな、と思いました。

──島本さんは恋愛小説の書き手として知られていますが、ストレートど真ん中な恋愛模様ばかりを書いてきたわけではありません。「恋愛+宗教」「恋愛+心理学」「恋愛+文学」「恋愛+コロナ禍」というふうに、恋愛にもう一つのジャンルを掛け合わせることで、化学反応を引き起こしてきた。そして今回が、「恋愛+SF」。挑戦を続けてきた理由とは?

島本 2018年に直木賞を頂いてから、次は何を書こうかなとしばらく迷っていた時期がありました。これまで書いてきたものの繰り返しになってしまうのはイヤだったんです。そこで、書けるか分からないジャンルにこそ挑戦していこう、と。恋愛という軸が一本あれば、自分の作品としてはブレないとも思ったので。

──アンソロジーの共通テーマは、「はじめての」。物語の直接的なテーマであると共に、小説を「はじめて」読む人のために、という意図も込められています。このテーマに関しては、どんなアプローチをされましたか。

島本 編集者さんと打ち合わせさせていただく中で、YOASOBIのファンの層は幅広くて、小学生や若い方も多いという話を伺ったんです。その時に、自分がはじめて本に触れた頃の思い出や、思春期の頃に読んでいた児童文学の記憶がブワッと出てきました。実は児童文学って全然、子供に忖度してないというか、結構容赦ないんですよね。貧困の問題だったり性の問題だったり、孤独という問題に子供たちもさらされているという前提がある中で、それでも希望を持って生きられるような物語に、私自身もたくさん影響を受けた。だから普段よりも若い読者層を想定したときに、内容を柔らかくしすぎてしまったりすることはやめようと思いました。

──小説を読み慣れていない人はもちろん、島本さんの小説をずっと追いかけてきた人も違和感なく楽しめる作品になっていると思います。

島本 ありがとうございます。ただ、今作では恋に近い感情を描くときに、間違っている人を、間違っていないように書くことは避けたいと思いました。大人向けの恋愛ものって、第三者から客観的に見て「その男、どうなの?」という人も、「まぁ、悪い人を好きになっちゃうこともあるよね」ということはある。ただ、今回はいつもより若い方も読む想定をしていたので、「正しく守る」とはどういうことかを考えながら書きました。

小説を読んで「面白い!」と感じてきたことを
一編の中にできるだけ盛り込みました

──アンドロイドの「僕」は、「この国」の島の保護施設に幽閉されています。そして、「この国」の若手女性研究者である「先生」に向けて、かつて暮らしていた母国で起きた出来事を手紙で詳細に報告せよと要請されている。本作は「僕」の手紙だけで構成された、いわゆる書簡体小説です。

島本 冒頭で主人公が目の前に海が広がる建物の中にいるのは、私が以前たまたま旅行していた海辺のホテルが、まさにそういう造りだったんです。ものすごく開放感があるんだけれども、「ここから出られない」という感覚も抱いたんですよね。ここから物語を始めようかな……と考えた時に、主人公が外の誰かに、かつて自分の身に起きたことを手紙で説明していくというイメージができていきました。子供の頃に大好きで本がボロボロになるまで読んだ、児童文学の『あしながおじさん』(ジーン・ウェブスター著)の印象も大きかったと思います。あの小説は、孤児院で育った文才のある女の子が、自分を援助してくれる「あしながおじさん」に宛てて書いた手紙によって構成されているんですよね。

──言われてみれば『あしながおじさん』のテイスト、物語にも感じます。「僕」は仕様上、14歳に設定されたアンドロイド。「僕」を購入し、家事手伝いの役を与えたのが、「所有者」であるMr.ナルセです。エンジニアとして自宅で働くMr.ナルセは、2年前に妻を亡くしており子供もいません。厳格なナルセの態度により、二人の関係は一定の距離感が保たれていました。ところが……と、物語は進んでいきます。

島本 小説の中で、この関係は恋愛である、と明確に書いてはいません。これは昔からなんですが、保護者と庇護される側の関係に近い師弟愛が、私はたぶん一番好きなんです。ただ、「僕」とMr.ナルセは年齢的に子供と大人ですから、リアルな人間同士だとどうしても一方的な言動などは、暴力的になってしまう。「僕」をアンドロイドにすることによって成立させられた部分は大きいと思います。

──「僕」はMr.ナルセとの生活を通して、人間らしい感情を芽生えさせていく。日々の具体的なエピソードによって語られていくそのプロセスは、説得力がありました。

島本 科学的に厳密に人工知能モノをやろうとすると、難解になってしまうので、自分はあくまで生活という枠の中で成長を描きたいと思いました。「アンドロイドは所有者の意向に従う」というルールだけはブレさせないことにして、書かれていない部分は読者の想像にゆだねてもいいかな、と。この小説は冒頭とラストと、中盤の出来事だけを先に決めて、あとは書きながら設定を作っていったのですが、「僕」の人間的な感情の目覚めって、やっぱり誰かを「好き」になることかなあと最初は漠然と思っていたんです。でも、ラスト近くになって「僕」がはじめて、「怖い」と感じる場面があるんですよね。これこそが究極的に人間的な感情なんだろうなと、その場面を書いてみて私自身、はじめて気付きました。

──アンドロイドには死の概念がない。それゆえ、死を源泉とする恐怖の感情もない、はずだった。にもかかわらず……と。

島本 この設定で書くことによって、「人間とは何か?」「人間らしさとは何か?」ということを、自分の中で模索する感覚がありました。それはSFの面白さだなと感じます。アンドロイドの感情以外の、設定の理詰めの部分を考えるのは苦労しましたが(笑)。

──個人的にグッときたのは、「憐れみ」という感情の描かれ方なんです。愛に近い、ですよね?

島本 そうですね。憐れみという言葉って、一般的にいい意味で使われることは少ないと思うんですが、恋愛感情と近いと私は思っています。実は、この秋(2022年)に出る恋愛小説の新刊は、『憐憫』というタイトルなんです。相手の弱さが、あたかも自分のもののように感じる男性と運命的に出会う話です。そこにあるものは、愛でも恋でもなく憐憫である。そちらはSFではありませんが、今回の短編と繋がる部分はあると思います。

──本作はSFであり恋愛小説であり、児童文学的な要素もあり、読み心地はあくまで軽やかなものの密度は濃ゆい。ミステリーとしてのサプライズも効いていますね。

島本 短編なので、わかりやすくハッとできる仕掛けを一つ入れたかったんです。手紙文体のいいところは、文章の中に仕掛けを隠し込めるところ。自分が今まで小説を読んで「面白い!やってみたい!」と感じてきたことを、この一編の中にできるだけ盛り込みたいなと思いました。この枚数を書くのに、一年間もかけたのははじめてだったと思います。どうりでなかなか書き上がらないな、と(笑)。

聴くたびに違うシチュエーションが浮かぶ
受け手との信頼関係によって生まれた歌詞

──YOASOBIとのコラボレーションも、まさに「挑戦」です。今回のプロジェクトを最初に聞いた時の反応は?

島本 YOASOBIの「小説を音楽にする」というコンセプトがすごく好きで、個人的にもずっと聴いていたんです。お話をいただき、すぐに「やります」とお返事したんですけど、後から事の大きさに気付いてじわじわプレッシャーが来ました(笑)。

──できあがった楽曲『ミスター』は、「原作者」としてどんなふうに楽しまれましたか。

島本 最初に聴いた時、「懐かしい!」ってびっくりしました。どこか80年代の日本のシティ・ポップを彷彿とさせるサウンドだったんですよね。その中に、自分の小説を反映させた歌詞が入っている。それは小説と同じ世界観でありつつ、まったく別の物語のようでもある。いろんな個性や時間の流れが混ざり合った、ものすごく不思議だし、ものすごく魅力的な楽曲だと思いました。

──『ミスター』の歌詞は、SFではないんですよね。けれど、『私だけの所有者』の物語の中身とがっつりシンクロしている。

島本 小説を読んでから曲を聴いた方は、びっくりすると思います。曲を聴いてから小説を読んだ方は、もっとびっくりするかもしれない(笑)。その驚きを、楽しんでもらえたらなと思います。この曲が素晴らしいのは、歌詞の主人公と「ミスター」はどういう関係なのか、明言していないんですよね。謎が多い歌詞になっていて、聴くたびに違うシチュエーションが浮かぶ。それは受け取る側と作る側の信頼関係がないと、なかなかできないことだと思うんです。

──曲の仕上がりを、聴き手の想像力に委ねていますよね。言い換えると、聴き手の想像力を信じている。

島本 そうなんですよ。他の歌詞も、「えっ、これってどういう状況なんだろう?」と思わせるものが多いんです。そうか、これがYOASOBIの魅力なんだなと、今回、自分の小説が曲になるという体験を通して再発見できました。

──もしも島本さんが子供の頃に『私だけの所有者』を読んでいたら、「小説って面白い!」となっていた自信がある?

島本 そうですね(笑)。私以外のみなさん(辻村深月、宮部みゆき、森絵都)も、それぞれの作風と大事なテーマをこの枚数に込めていて、それでいて、意外な驚きも盛り込まれている。読み返して、「こんなに豪華なアンソロジーって、ある!?」とあらためて思いました。4名の著作にも興味を持っていただけたら、どんどん本の世界を広げていくことができるし、さらに音楽の楽しみまで加わってくる。自分が子供の頃に読みたかったなと思える、本当に贅沢な一冊になりましたね。


島本理生(しまもと・りお)
一九八三年東京都生まれ。中学生時代に執筆を開始し、一九九八年「鳩よ!」掌編小説コンクールに作品「ヨル」を応募し当選、年間MVPを獲得する。二〇〇一年「シルエット」で群像新人文学賞優秀作を受賞しデビュー。二〇〇三年『リトル・バイ・リトル』で野間文芸新人賞、二〇一五年『Red』で島清恋愛文学賞、二〇一八年『ファーストラヴ』で直木三十五賞を受賞。他の著書に『ナラタージュ』『よだかの片想い』『星のように離れて雨のように散った』など。思春期の繊細な感情を鮮やかに表現し、若い読者からの支持も高い。

日本を代表する4人の直木賞作家と、“小説を音楽にするユニット”YOASOBIによる奇跡のプロジェクト「はじめての」。
その第一弾となるYOASOBIの楽曲「ミスター」の原作となった、島本理生氏の小説「私だけの所有者 はじめて人を好きになったときに読む物語」を電子書籍で単独配信スタート!
詳しくは こちら