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藤崎彩織『ざくろちゃん、はじめまして』刊行記念インタビュー|みんなで一緒に頑張っている中で、誰も悪者がいないんだけれど、たくさん大変なことがある。その現実が書けたらな、と。

昨年末に日本レコード大賞を初受賞したことでも話題となった4人組バンド・SEKAI NO OWARIのSaoriこと藤崎彩織さんが、4月27日に水鈴社より最新エッセイ集『ざくろちゃん、はじめまして』を刊行する。自身の妊娠・出産および育児体験をふんだんに盛り込んだ22編+αには、仕事と家事育児を両立する難しさや、この6年の間に起きたバンドを取り巻く環境の変化やクリエイターとしての意識の変化、人間関係を築くうえでの心構えなど、さまざまなアイデアや切実な願いが、軽やかな筆致で綴られている。(取材・文 吉田大助)

仕事が忙しい時期と子育てが忙しい時期
両方を味わえた今だったら

——本書は「妊娠・出産編」「育児編」の二部構成で、2017年末に誕生した息子さんや旦那さんの存在がフィーチャーされています。3冊目のエッセイ集で、母となったここ6年のことをギュッと凝縮したものを書こう、と決めた理由とは?

藤崎 一番大きなきっかけは、コロナ禍で子育ての時間が一気に増えたことでした。産後は仕事の割合が多かったんですが、仕事が相次いでキャンセルになって、家にいて子どもと長い時間向き合うようになりました。その時間のおかげで、一人で息子と一緒に過ごしていた夫の気持ちってこうだったのかなとか、子育てってこういうことなのかも、仕事に向き合うってこういうことなのかも……と考えることができた。仕事が忙しい時期と子育てが忙しい時期、両方を味わえた今だったら、いろいろなことを冷静に俯瞰(ふかん)して書くことができると思ったんです。

——「一 出産宣言」「二 妊娠発覚」に始まり、「三 妊娠六週・君はざくろの種」以降は細かく時間を区切りながら、この6年の出来事が綴られていきます。「一 出産宣言」では何が書かれているかというと……結婚を決めた彩織さんが、バンドメンバーたちに「結婚するということは、妊娠したら出産するということだからっ」と、威勢よく啖呵を切っている姿です。その発言の裏には、複雑な心情があったんですよね。〈私のバンドの他のメンバーは三人とも男性で、彼らのパートナーが急に妊娠したとしても仕事が出来なくなることはない。私だけが、妊娠でバンドを止めてしまう可能性がある……というプレッシャーは、いつも頭の片隅にあった〉と。

藤崎 今もしもメンバーの誰かに子どもができたら、一言目に「おめでとう!」と、「一緒に頑張っていこうね」と言うと思います。
 私だけでなく、なかじんやLOVEさんにも子どもができたし、家族ぐるみで潮干狩りやスキー旅行にも行っているので、子どもが産まれることの素晴らしさを分かち合えているからです。でも、私が妊娠した時はまだ誰も子どもがいなかった。あまりにも分からないことだったから、当時は理解して貰えるのか、不安が募ってしまいました。実際に私の妊娠がわかった時は、メンバーやスタッフは「おめでとう」というより、「どうしたらいいんだろう」と戸惑っている感じでした。

——以前と変わらない活動をしなければという考えから、彩織さん自身は弱音を吐けない時期も長かったんですよね。プロモーション活動でタイへ渡航した際に、体調を壊したもののなんとか頑張ろうとしていたら、男性メンバー三人が「休んで」とLINEを送ってきてくれたエピソードにはグッときました。

藤崎 今考えたら「辛いので休ませて下さい」って、ひとこと言えばいいだけだったんです。でも、それを言うと「甘えている」と思われるかもしれない、と考えてしまっていた。私の状況を察して先にメンバーが言ってくれたのはすごく救われたし、妊娠出産する自分のことをメンバーは受け入れてくれていたんだなって、信頼が生まれた瞬間でした。そっか、じゃあ私から言ってもきっと大丈夫なんだって思えるようになったんです。

——「変わらない」自分でいることを、いい意味で諦めることができた。キラキラしたインフルエンサーのインスタなどでは、出産した後も以前と体重や体型が「変わらない」、というメッセージが発信されているわけですが、本書はまるで違いますね。

藤崎 そうですね。そうは言っても妊娠中や出産後もしばらくは、「変わらずに頑張ろう」というテーマは自分の中にありました。今は「そんなの変わって当たり前だよ」って、堂々と言っていきたい気持ちが強いです。子どもが生まれる、生まれたんだから、今までと同じわけがない。「変わっても大丈夫」という安心感は、今後働きながら子どもを出産される方にメッセージとして伝わったらいいなと思っています。

——バンドという運命共同体に起きた共有体験として、バンドメンバーたちが自分ごととして、彩織さんの妊娠出産に向き合っている。それが可能となったのは、彩織さんが企てた「みんなの子ども化計画」も大きかったのではないでしょうか。

藤崎 そうなんです、大成功です! 出産したら、みんなの子どもとして一緒に育ててもらわないと、バンドと母親の両方をやるのは無理だと思っていました。
 乳幼児の頃はスタジオへ連れて行って、「今から私ピアノの録音してくるから、LOVEさん寝かしつけお願いできない?」と頼んだり、つい先日も「歌詞の締切が間に合わない〜!」と言っていたら、深瀬くんが息子をボウリングへ連れて行ってくれたり。
 たくさん時間を共有してきたので、例えば子どもが熱を出しちゃったという時はすんなりと予定をずらせるし、「何かやれることはある?」と声をかけてもらえるようになった。家で子どもと一緒に過ごしている時間や、目に見えないところでの状況をお互いに想像し合える、いい環境ができました。

男女逆転のバランスから
五分と五分のバランスへ

——妊娠出産による心身の変化について詳細に書かれていますが……大変でしたね。

藤崎 妊娠初期から悪阻(つわり)のことだったり周りの理解のことだったりで驚いたエピソードがたくさんあったので、自分の体験を文章でちゃんと残しておきたいという思いはずっと前からあったんです。普段から付けている日記も「#baby」というタグを付けて、のちのち整理しやすいように文章を書いたりしていました。不思議なことに、妊娠している時のことを今の時点からぼんやり思い出すと、すごい幸せだったような気がしてくるんですよ。妊婦さんを見ると「え〜今が一番楽しい時期だね」とか言いそうになる。いやいや待って待って、絶対大変だったはず、と(笑)。当時の日記を元に、過去の体験を美化せずに書いていくことは意識しました。

——家族が一人増えたことにより、夫婦の関係も変化せずにはいられなくなる。「十六 生後四週・ひよこのメスとオス」に出てくるデータですが、ひとり親の約四割は産後二年以内に離婚しているんですよね。

藤崎 その数字はなんとなく知っていたんですが、昔は「なんでそんな小っちゃい時に離婚するの? 一番幸せな楽しい時じゃないの?」と思っていました。生まれた瞬間に理由が分かりました。女性ホルモンの影響で、夫に対してどうしても言葉がきつくなっちゃったり、ふとしたことで悲しみやイライラが募ってしまったんです。子育てしながら夫婦でいることって本当に難しい。そんな話をママ友に相談したら、「私は仕事から帰ってきてすぐに夫が赤ちゃんをかわいい〜って抱っこしたら、“手ぇ洗ってから抱っこしろよ!”ってアルコールスプレーを投げつけたことあるよ」と(笑)。今はすごくラブラブなご夫婦であると知っていたので、「そんなの普通だよ」と言ってもらったことで安心したんです。

——「自分だけが」という思いは、自分を追い込みますよね。

藤崎 自分だけがおかしい、自分だけがクレイジーでヒステリックなママになっちゃったわけではなくて、みんな同じような経験を辿りながら頑張っている。産後のメンタルの話は辛いから振り返りたくないなぁと思いながらも、私がママ友に言ってもらえたように、「普通だよ。私もそうだったよ」と誰かに伝えるつもりで書いていきました。

——旦那さんとの関係を見つめる視線の強さも、本書の大きな魅力だと思います。自分の側からの一方的な見解ではなく、旦那さんの側、男性の心情も想像しながら書かれていますよね。

藤崎 私自身が置かれていた出産後の環境は、多くの男性と似通っているんじゃないかなと思います。仕事が大きな割合を占めていて、子育てはパートナーに任せる時間が長かった。一般的な家庭とは、男女のバランスが逆転していたんです。だから出産直後は私の方が、多くの男性が悩むようなことに悩んでいました。「子どもを丸一日見てみてほしい」と言われて、こっちだって仕事が大変なのになんでそんなこと言うの、みたいな。私は出産もしているし育児にすごく近いところにいるんですが、世の男性の気持ちと通ずる部分があった気がします。男女差ではなく、環境なんだなと思いました。

——ところが、旦那さんは、SEKAI NO OWARIのミュージックビデオの監督を手掛けるようになりました。6作目となる監督作『Habit』は、MTVの「Video of the Year」を受賞。仕事で多忙な日々が始まるんですよね。

藤崎 エッセイの中にも書いたんですが、夫がバンドの仕事をやることが決まった時は、「最悪離婚覚悟やな」と思いました(苦笑)。疲れて帰ってきても逃げ場がなくなるんじゃないかと思ったんです。でも、やってみたら今までよりも生活が楽しくなりました。
 家庭の中に、家事も育児も仕事も全部一人でできる人が二人いるって、すごく強いんですよね。今は映像監督としてSEKAI NO OWARI以外の仕事も受けているので、夫もかなり忙しくなっていますが、以前よりもお互いへの感謝とリスペクトをしやすい環境になったので、喧嘩も少なくなった気がします(笑)。

——出産直後は逆転状態にあった男女のバランスが、五分と五分のバランスになった。そうした経験があったからこそ、出産や育児に関するさまざまな視点が持てたんですね。

藤崎 いろんな視点に立って書きたい、という意識は強くありました。例えば、夫と私が喧嘩するシーンも出てくるんですけど、どっちが悪いわけではないんですよね。どっちもすごく頑張っているんだけれども、問題が起きてしまう。そこで自分視点だけに立つと「でも自分は……」と書きたくなるんですけど、その時夫はどういう気持ちだったんだろうなって想像力をなるべく働かせるよう心がけました。みんなが仕事を頑張ろうとしている、子どもを一生懸命育てようとしている。メンバーを支えようとしている、夫も妻を支えようとしている。一緒に頑張っている中で、誰も悪者がいないんだけれど、たくさん大変なことがある。その現実が書けたらいいなと思ったんです。

子どもがいる世界といない世界の分断は
個人ではなくシステムの問題

——自分も結婚前は、仕事よりも子どもを優先するスタッフに対して、ネガティブな感情を抱いてしまったことがあった。その事実を隠さずに書いているところが、フェアだなと感じました。

藤崎 子どもがいない時は、子どもがいる世界ってすごく遠いものじゃないですか。朝7時に起きて夜10時には眠る、だから夜7時以降は飲み会に行けないって言われても、全く想像ができなかったんですね。本の中にも書きましたが、子どもが熱を出したからと言って帰っていったスタッフに対して、「どうして仕事を放り出すの?」と黙って怒っていたんです。今だったら、同じシチュエーションで「すぐ帰りなよ。仕事なんか別に明日でもいいんだからさ」って、メンバー全員が言うと思うんですね。子どもがいる世界のルールだったり大変さは、その中へ実際に入ってみないと分からないようになってしまっている。誰が悪いんじゃなくて、繋がっていない世界がある。そこで齟齬(そご)が生まれてしまうのは、個人の問題ではなくて、システムの問題なんじゃないかと思っています。

——たとえ自分に子どもがいなくても、友達であれ仕事仲間であれご近所さんであれ、周囲には子どもがいるし子どもを持った親たちがいる。「子どもがいない世界」と「子どもがいる世界」は分断されているのではなく、なめらかに繋がっているんですよね。独身の男性にもぜひ読んでもらいたいなと思いました。

藤崎 うちのメンバーの深瀬くんは子どもがいないんですが、深瀬くんとお酒を飲むたびに「彩織ちゃんには感謝している。俺に子どもがいる面白さや素晴らしさを教えてくれた」って、言ってくれるんです。休日に子どもと遊んでくれて、可愛がってくれた上にそんなことまで言って貰えるとは思っていなかったですが(笑)、子どもがいると、大人だけの世界にはない視点でものごとを考えられる面白さは本当にあると思います。

——これは前著『ねじねじ録』のインタビューでお伝えしたことの繰り返しになってしまうんですが、今の時代、自分に対してもそうですし他人に対しても、優しくなれる言葉や考え方をみんな探していると思うんです。それが、今回の本の中にもたくさんありました。例えば、家族との関係について〈傷つけあわないことは難しいので、せめてその後に癒しあい、労いあえるところを目指したい〉と記されている。家族との関係に限らず、あらゆる人間関係に適用すべき優しさの想像力だなと思うんです。

藤崎 妊娠出産はデリケートな話なので、私の書いたことで、誰かを傷つけてしまわないか、と思うことはあります。でも、書いてあることは事実なので、これが正解とか、これが間違いというのではなく、「こういう人もいるんだ」という一つとして、見てもらえたらいいなと思います。
 子どもは3歳くらいの時に、性格が見え始めてくるんですよね。私のこの本も、3年くらい経った時に「そうか、私はこういう本を書いたんだ」ときっと分かるのかなぁと、その日を楽しみにしています。


藤崎彩織(ふじさき・さおり)
1986年大阪府生まれ。2010年、突如音楽シーンに現れ、圧倒的なポップセンスとキャッチーな存在感で「セカオワ現象」と呼ばれるほどの認知を得た4人組バンド「SEKAI NO OWARI」では“Saori”としてピアノ演奏とライブ演出、作詞、作曲などを担当。研ぎ澄まされた感性を最大限に生かした演奏はデビュー以来絶大な支持を得ている。文筆活動でも注目を集め、2017年に発売された初小説『ふたご』は直木賞の候補となるなど、大きな話題となった。他の著書に『読書間奏文』『ねじねじ録』がある。

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