machia.7【MATIere(LIEr)】
マチの代わりを見つけるべく、とりあえずマッチングアプリに登録した。
お互いいいねを押さないとメッセージのやりとりすらできないというこの仕組みは美男美女と写真加工が上手な人が圧倒的有利だよなぁと思いながら、むなしく自撮り写真を気持ちだけ加工し、登録した。
住んでいるところが都会であればもう少しマッチする人もいるだろうが、ここは郊外なので期待するほどの出会いがなかった。
とりあえず種は撒いて、目先の性欲はそれ専門のお姉さんに満たしてもらうことにした。
マチと違って若いけれど、マチと違ってそこまで魅力的な体じゃなかったり、マチのようなしっとりと熟れた肌ではなかったり、抱きしめたときのあの独特な花のような果実のような香りがしなかったり、反応するときの声が違ったりで、色んな風俗嬢を求めれば求めるほどマチとの違いに自分の反応が悪くなっていくことに気づかされた。
種撒きをしたマッチングアプリも散々で、数人と食事に行ったけれど、マチと同じ歳の子でもマチより肌の状態が悪かったり、マチより太っていたり、マチより顔が良くなかったり、マチみたいにご飯をおいしそうに食べなかったり、奢ってもらうのが当然と思っていたり、そんな子が多かった。
食事のあとにホテルに行くなんてことも当然なく、お礼のメールすら返ってこず、発展することもなかった。
マチはご飯を食べるときはどんなお店でも必ず「いただきます」を言う。
最中も美味しそうに楽しそうに食べる。苦手な食べ物はしれっと俺の皿に移して、俺の嫌いな食べ物をひょいっと奪って食べてくれる。
食べ終わったら「ごちそうさまでした」と言うし、お店の人にも必ず「ごちそうさまでした」「美味しかったです」と伝える。
俺がお金を出そうとしたらとりあえず財布は出してお金を出す意思は見せるし、俺が全額出したら「お兄さんありがとう。ご馳走になります。次回は私に払わせてね。」と笑顔で言ってくれる。
そんなマチが、好きだった。
今更気づいても遅いけれど。
風俗もはずれが多く、マッチングアプリも散々なので、しばらくそういった出会いは望まないように、とりあえず散らかった部屋でも片付けようと、数日それに集中した。
散らかった部屋を片付けると、自分の気持ちにも整理がつくだろうと思ってのことだったが、部屋イコール自分の心を重ねるのは聊か安直すぎた。
片付けても片付けても部屋だけは綺麗になって、気持ちは反対にモヤがどんどん濃くなっていった。
そんな中、マチの忘れ物を見つけた。
マチは持ってきた茶葉こそ家の生ごみに捨てるけれど、服を置いていくことも、マーキングのように歯ブラシを置いていくことも、スキンケアグッズも、それこそセックスのあとに飲むお茶すらも置いていくことはなく、いつでもほぼ完全に自分の気配を消して帰っていたマチの忘れ物はまるで神様がくれた復縁のチャンスのように思えた。
目の覚めるような美しいロイヤルブルーのニットのカーディガン。
マチの色白の肌によく映えていたし、本人も気に入っていたのか、よく着ていたのを覚えている。
このカーディガンの処遇を聞くためにマチに連絡ができる、そう思っていたが、この前の一件でマチの連絡先をすべて消してしまっていたのだった。
電話番号も、メールアドレスも、メッセージアプリのIDも、何もかもすべて。
残っているのは、覗き見しているマチのSNSのアドレスだけ。
しかも相互フォローの関係ではなく、「覗き見」なので、マチは俺のアカウントも、もちろん覗き見されていることすら知らない。
そんなアカウントから「カーディガンどうすればいい?」なんて連絡が来たらマチはどう思うだろうか。
俺ですら気持ち悪く感じるのだから、きっとマチも同様だと思う。
本当にマチとやり直す手段はないのだな、と愕然とした。
その事実が余計にマチへの好意を自覚させた。
俺は悲しくなって、マチの花のような果実のような残り香のついたカーディガンを抱きしめた。
ただ、マチの香りを嗅いだだけなのに、自分でもドン引きするほど勃起していた。