machia.9【MATIere(LIEr)3】
子供を産む性でもない、結婚もしていない、ましてや相手すらいない俺が不妊治療について調べる日が来るなんて思いもしなかった。
けれど、調べずにはいられなかった。
マチのレプリカを作り出す方法を。マチのレプリカを作ってくれるところを。
以前からあった方法ではマチのクローンはおろか、俺とマチの子供を生み出すことなんて不可能だったけれど、今ではどんなかたちであれ双方の遺伝子情報があれば子供を生み出すことが可能となっている。らしい。
それならば、マチの遺伝子情報のみで、マチと全く同じ姿の子供が作れるのではないか。
そう考えてのことだった。
けれど、当然クローン人間は禁止されており、必ず父親と母親双方の遺伝子情報が必要という病院しか存在しなかった。
まともな倫理観からすれば当然のことだけれど、俺はそんなこと知ったことではない。マチとの子供が欲しいのではなく、マチのレプリカが欲しいのだから。
不妊治療をしている病院では俺の希望を叶えてくれるところはないので、様々なアングラサイトを巡り、漸く話の分かりそうなところにたどり着いた。
メールでの問い合わせでは詳細な話はせず、「一度事務所にお越しください」という回答だった。
メールで指示された日時で研究所と思しき施設に行った。
こういった怪しげな施設は東京都内かもしくはその近郊の目立たないところだと思っていたが、圧倒的に近い場所だった。
案外こういう地方都市のほうがバレないのだろう。
俺は深呼吸をし、ドアを開ける。
受付は誰もおらず、ファミレスの店員呼び出しボタンが置いてあるだけだった。
そのボタンを押す前に、奥から人が現れた。
「14時にお約束のカイトウ様ですね。お待ちしておりました。」
声をかけたのは、白衣を着た、俺より少し年上の優しそうな男だった。
その隣にはアンドロイドのような冷めた表情の女。おそらく助手だろう。
応接室に通された俺は、それから白衣の男の質問攻めにあった。
どこでこの研究所を知ったのか、作りたい子供の母親の遺伝子はあるのか、どういったサンプルを出してくれるのか、髪か、皮膚か、卵子か。
そして――。
「そもそも、作りたいのは子供ですか?その女性とカイトウ様との。」
もしかしてこれは、何かを試されているのだろうか。
ストレートにイエスと答えてしまうと通報されてしまうとか、そういうことだろうか。
考えあぐねていたら、白衣の男が言った。
「ふたりの子供が欲しいという質問で、『はい』と答えないと何かまずいことがあるとお考えですか?」
見透かされていた。
「ここは一応病院と研究所のような体ですが、実際のところは違法なクローン業者です。ここに来る人に『二人の愛の結晶が欲しい』なんて人はほどんどいません。もしいた場合は、適切な病院をご紹介しています。」
「それに、助手もクローンですから。」
俺は思わず助手を見てしまった。
「この子は、私の妻の遺伝子情報で作られたクローンです。ただ、育った環境のせいでこんな冷たい表情になってしまった。」
それから白衣の男の身の上話が続いた。
奥様は事故で結婚して間もなく亡くなったこと、その際、おなかに赤ちゃんがいたこと、妻も子も亡くしたことに耐えられず、その時まだ新しい技術だったクローン技術の応用での不妊治療に、自分の遺伝子を加えずに新しい命を生み出したこと。
母親はすでに鬼籍に入っていて子供の出生届は出せず、必然的に無戸籍となっていること、そのため普通の学校生活は送れなかったこと、人目につかぬようひっそりと育てたこと。
「ここまでお話しして改めてお聞きします。カイトウ様と女性の子供がほしいのですか?」
「いえ、女性のクローンが欲しいです。」
「かしこまりました。それではその女性のことをもっと詳しく教えてください。」
白衣の男はにっこりと笑った。
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