24年10月11日(金曜)突如、狂い咲きしたSAKURA記念日。『ラジオビバリー昼ズ』の感想、新宿フェイス『サクパラダイスへようこそ〜人生いろいろありまして〜』アレクと再会。夜の歌舞伎町で次々と人に会う。野田草履。青汁王子。虎人舎深夜の緊急会議。
9時起床。
noteに日記を書く。
さすがに昨日、
10月10日の東洋館のライブの写真は
枚数が多くて時間がかかった。
利根川さんの奥さんの写真は秀逸で、
思わず別ページを作った。
『ラジオビバリー昼ズ』生視聴。
高田文夫先生の昨日のライブの感想。
「大喧嘩になるって言うから行ったら、
なんだ、あの二人、仲いいじゃねぇか!」とのこと。
しかし、最後までは見てなかった様子。
「後から聞いたけど、3年後、再結成って、
65と60ってヨボヨボだろ」などなど。
ありがたいことだ。
昨日、先生が早退したものだから、
三又又三のライブのDVDが手渡し出来なかった。
ミチコさんともLINE。
同じくDVDが渡せず、ふたりとも郵送に。
ランチ。
この『山岡家』のカップ麺、よく出来ている。
読書。
10月22日に、砂鉄さんとのトークイベントが迫っている。
一話、一話話せる。
立川談慶師匠にも連絡を取る。
オーケンのマネージャーさんとも連絡。
談慶師匠との、過去の対談で
どうしても読み返したいものがあったのだが、
テキストで送っていただく。
談慶師匠とのイベントは18日だ。
立川流の本書く派の師匠が今までに書いてきた本。
れいわの櫛渕万里議員から突然、お電話。
第一声で
「博士、ご体調はいかがですか?」
と労ってくれる。
参院選の時、
櫛渕さんの選挙チームほど
ボランティアとの一体感を
感じたところはないのだが、
今回は選挙区を変えたらしい。
それはちょっと驚く。
ここ数日、腰がヤバい。
腰痛なのか、
坐骨神経痛なのか、
とにかく、今までとは痛みの種類が変わった。
人間ドックへいかねば。
歩くのも座っているのも、
辛いのが連日続いている。
今日もマッサージへ。
偶然、院長先生もいらしていて、しばし、お話。
(22歳で「古本興業」を立ち上げた放送作家)
若林凌駕が来宅。
今、そこにある危機、
つまりはお仕事を片付けてから、
新宿フェイスを向かう。
『1976年のアントニオ猪木』
などなど、ボクの大好きな
ノンフィクション作家の柳澤建さん、
文春・目崎さんにお誘いを受けた。
シン・広田さくら自主興行。
お二人は、
広田さくらさんのファンクラブを作っており、
長年、積極的に活動を続けているのは、
よくよく知っているのだが、
今までボクが会場に行ったことはなかった。
軽自動車のSAKURAちゃんか
自転車か電車か、迷いに迷って、
西武新宿線で向かう。
(結果としてはSAKURAで行って韻を踏むべきだった)
歌舞伎町の会場のフェイスの横で、
『つけ麺日本一決定戦』が開催中。
数日前、細君とこの道を通った時は、
『ご当地ラーメン日本一』だったので、
同じ会場でも企画を変えているのだ。
ブース前に並んでいたら、
隣のお客さんが突然倒れた。
「足が滑っただけで……」と言いながらも、
みるみると顔から血の気が失せていった。
椅子に座らせて、隣で経過観察をしていたが、
専門家が駆けつけて
救急に運ばれるところまで
心配でその場を離れられなかった。
隣のブースに並ぶ凌駕は
人だかりの騒ぎになっているので、
てっきりボクが倒れたと思ったらしい。
そんなこんなで、急いで食べて
19時の約束ながら、
20分遅れて会場前へ。
目崎さんがチケットを持って
待ってくれていた。
若林凌駕は、そもそもプロレスを
会場で見ることが初めてだ。
会場は満員。
2試合目から観戦。
なんと一試合目には、
黒潮TOKYOジャパンが出ていたのか!!!
彼が引退直前の長州力との絡みで、
会場人気が図抜けていて、
ボクが度肝を抜かれたのだが、
その後、渡米、
アメリカマットから帰って、
今は自由参戦しているのだろうか?
これは見たかった!!
まったくカードを知らないままだったのだが、
まさか、今日、アレキサンダー大塚=男盛に会えるとは!!
男盛の入場と共に、長年の感慨が押し寄せる。
あの奇跡の番狂わせを東京ドームで目撃したのは、
26年前の、今日!!10月11日ではないか!!
【週刊プロレス昔話】 | BBMスポーツ |https://www.bbm-japan.com/article/detail/50305
あの日、奇跡を見届けて、
ボクがどれほどプロレス少年のように
アレクのファンになったか。
ボクの付き人は「ハゲ鈴木」から、
『アレキサンダー鈴木』と改名されたほど。
そして、あの頃、言葉を尽くして称賛し、
数々の対談もしていた。
プロレス・タイム・スリッパー。
涙がこぼれ落ちる。
あれから、ボクもアレクも
順風満帆とはいかなかった。
人生すったもんだがあったもんだ。
休憩時間、広田さくらさんの双子のお子さんのVTRで蕩ける。
そして、メインには日本のSAKURAが咲き乱れる。
初めて見たのだが、
こちらのサクラにも射抜かれた。
若林くんは女子プロレスラーで、
唯一知っているアジャコングに大声援。
最後の写真撮影タイムには
目一杯のサービスが施される。
リングの上のロープすら外してしまったのには
感心した。
隣で目崎さんが、「『ダラシ内閣』組閣の写真みたいですね。」と。
そう思うと、アジャコングが石破茂に見えてきた。
石破内閣より断然、華やかに歌舞いていてかっこいい。
しかし、興行全体が、
想定外に素晴らしすぎた!!!!
正直、没頭した。
しかし、62歳のジジイが
初めて見て、ここまでハマるとは。
俺は「令和の堺屋太一」なのか!!!
ボクの席のお隣には、
個人的にも古くから交流のある、
ミュージシャンの宮崎圭さん。
一時、我が家の長男のギターの家庭教師だった。
なんと、今回から広田さくらさんの入場曲の
作成に関わっていた。
そして、作曲はなんと柳澤建さんだ。
人生の時々に顔を合わせる、中川カ〜ル画伯。
この缶バッチも作ったのも、中川画伯。
元週刊プロレスのプレッシャーの常連で、
ボクの昔のラジオの元ハガキ職人、
井田健吾と再会。
何年ぶりだろう。
なんという偶然か。
あの頃、ボクらのラジオのハガキ職人を
『PRIDE』に招待して、
アレキサンダー大塚 vs マルコ・ファスを共に観戦したのが、
26年前の今日なのだ。
お互い、歳を取ったものだ。
プロレス関連で
ずっと素敵な記事を書いている、
尾崎ムギ子さん。
初めてお会いした。
ちょうど、
柳澤建さんの『1985年のクラッシュギャルズ』
の文庫の解説を読んだばかりだった。
Xの書き込みに何時も感心している、
雑誌読みのアーバンシーさんともご挨拶。
広田さくらさんは、
最後の試合で本当に肩を脱臼されたらしい。
会場でお医者さん、整骨医を探していた。
プロレスは手抜きのない
肩が抜けるほどの
真剣勝負なのだ。
柳澤建さん、目崎さん一向に誘われたが、
配信があったので、
凌駕とふたりで歌舞伎町を歩く。
横に並ぶ客引きのギャルの多さに驚くばかりだ。
YouTubeの「ハカセ会」のYou Tubeの生配信を始めたら、
ニコ生主の野田草履と偶然、出会う。
彼とは『ニコニコ超会議2017』で、
ちょとしたトラブルになったことがあった。
殿が会場に初出演することになり、
事前に生主が汚い言葉遣いで
様々な挑発をしていたのを
ボクが治安上、問題視して、
オフィス北野の森社長、
当時、ドワンゴの吉川圭三さんに報告した。
その後、企画が変更になり、
生主との共演はとにやめになった。
当日、ボクが志願して現場の殿の私設警備にあたりつつも、
本番でも彼ら、礼儀知らずをОKとする行為に
注意を促していたのだ。
しかし、まさか、
実際に会うことになるとは。
お互いにあの日のことを思い出す。
歌舞伎町を歩いていると、
あの青汁王子が風林会館でホストの
臨時店長をしているとのこと。
このところ、Xで、
彼が「破産」や「死を予感」させるようなことを
呟いていて、密かに心配していた。
「青汁のところ、行ってみる?」
「え、会えるんですか?」
「会えるよ。顔見知りだもの」
「ホストクラブですよ」
「関係ないよ。出会いに照れたら駄目だよ」
と風林会館の「キャンディ」に向かう。
これはボクが第何次かの鬱の頃、
日記を書いていない時期なので
誰も知らない話だが、
ボクは仕事ゼロの日々だった。
そんな折、
彼からイベントに声をかけてもらった。
民間から政策コンテストを募り、
それを中央省庁の官僚が、
政策ベスト1を選ぶというような
実にクソ真面目な企画だが、
そういう仕事をする
お笑い芸人はボクくらいだろう。
しかし、そのイベントの前日に、
週刊新潮の『ロビー』欄に
青汁王子のマネースキャンダルを書かれた。
ボクは仕事のドタキャンを通知したのだが、
青汁王子が食い下がり、
「本番前に、ふたりだけで説明させて欲しい」
と要望された。
港区の超高級タワーマンションの一室で、
彼が小一時間、ふたりきりで、ボクに説明をした。
そして、
「ボクの目を見てください。
もし博士に何か迷惑がかかることがあったら、
全責任を取るから、今回は出演をして欲しい!!」
と、土下座をしようとしたので、
「そこまで言われるなら貴方を信用して出ます」
ということになった。
番組?イベント?
は上出来で、発展性のある、
社会的な政治バラエティ企画だった。
選考の際に、
各省庁の役人の頭の良さに唸った。
この番組が、どういう風に流され、
配信されたのかは、覚えていない。
(カメラには収録されていた)
そして、マネースキャンダルは
数週間で消えた。
当時のボクのランクを考えれば、
ギャラは破格だったので、
とても恩義に感じた。
風林会館の青汁王子の店へ行くと、
本当に金ピカのエルドラド。
現代の桃源郷だった。
着飾ったホストと女性客が行き交う。
ボクの知らない人気YouTuberが、
跋扈していた。
お店に着いた瞬間、
ちょうどエレベーター前に
本人がいたので、
「あれ?博士?どうしてここへ?」
「いや、このへん歩いてて
トイレを借りに来ただけなんで」とボケると、
「どうぞ」と中へ入れられた。
しかし、用心棒役のホストが
ずっと警戒の目線を外さない。
一触即発の不穏な雰囲気に。
その後、しばらく待ってから歓談。
彼がすっかり元気そうに見えたので安心した。
青汁王子と一緒に。
この店のオーナーの「#きらお」さんが、
丁寧な言葉遣いで、応対してくださり、
わざわざ見送ってくださった。
トラブルシューターなのかしら?
トラブルはなにもないけど。
しかし、「挨拶は身を守る鎧」であることを
若くして知っている。
そしてLINE交換を済ませた。
「うちには、20代のイケメンが
二人いるので是非お願いします」
と一応、
凌駕と金剛さんを売り込んでおいた。
夜、散歩はつづいたが、
靖国通りで、カエルにも遭遇。
これは「帰れ!」のサインと受け取った。
配信があるので、急いで西武新宿線で帰宅。
家からYouTubeで「弁軽虎はかく語りき」を配信。
「10月10日キッドリターン・アフタートーク」
がテーマで。視聴者と質疑応答。
https://www.youtube.com/watch?v=zmTqtAT49A4&t=301s
その後、虎人舎の深夜の緊急会議。
金剛さんも今日から眠り病からの復帰。
今までで一番、真摯な会議だった。
最後はみんなニッコリと笑顔で。
4時頃就寝。
明日は筋肉少女帯を見に行きたいのだが……。