8月30日(金曜)台風接近。雨の中、池袋新文芸座へ。〜『ソナチネ』を観た日〜。「凶暴な男、ここに眠る」
8時頃起床。
ルンバの如く遅々とした歩みの
台風10号が接近中。
1日中、雨模様で引き籠もりを覚悟する。
冷蔵庫の残り物でモーニングを作る。
noteに日記を書いてアップする。
ナイツの塙くんの自由時間で紹介されていた
ラーメン屋に行きたくなるが断念して、
家でカップ麺。
味変MAXで。
金曜『ラジオビバリー昼ズ』。
ゲストは一之輔師匠。
師匠の毎回のスタッフ、共演者イジりには感心する。
神田伯山先生と双璧。
兵庫の百条委員会の生中継をYouTubeで。
とにかく何があっても
一日の運動時間(散歩か水泳)は課している。
(22歳で「古本興業」を立ち上げた放送作家)
若林凌駕が来宅。
傘を持たないまま外出。散歩。
案の定、中村橋の二股温泉が定休日。
毎回、確かめないふたり。
帰途、阿部整骨院へ。
隣から激痛の絶叫が聞こえてくる。
若林凌駕の腰痛は若いのに本格的にヤバいレベルだ。
今日は、Koji Channel(コージチャンネル)
の小路谷監督に誘われて、
『ソナチネ』映画館鑑賞へ。
SAKURAに乗って、池袋の新文芸座へ。
若林凌駕は断片的なイメージや、
引用される有名なシーンは知っているが、
通してみるのは初めてとのこと。
道中、難病天才多重人格イケメン芸術家の金剛さん
と10月10日のライブのキービジュアルを巡って、
LINE交換を頻繁に。
なかなか、ボクがОKを出さないので難航。
池袋、文芸座は新装してから初めてなのかも。
この映画館には数々の想い出がある。
14ヶ月連続上映!!
という記録を更新中の「ソナチネ」。
師匠が誇らしい。
ボクは劇場で見るのは3度目だと思う。
93年の初上映以来、
ソナチネはDVDを持っているので、
延べ数十回は視聴しているはず。
数年前にWOWOWで「北野映画研究」企画の司会を
努めているので、映研レベルで見ている。
全カット頭に入っている(と思っていた)
『ソナチネ』を見ると、必ず百瀬博教さんを思い出す。
この百瀬さんの文章を週刊文春の連載時に読んでから、
それまで正体不明で詳しく知らなかった、
百瀬博教さんを大好きになり、
人生をかけて傾倒していくことになる。
20時からの上映で8割が埋まっている!!
М−4番にふたりと離れて席を取る。
予告編で流れた『時計じかけのオレンジ』風のイタリア映画。
今まで見たことも聞いたこともないが惹かれる。
上映終了後、椅子から立てないほど、打ちのめされる。
映画の前半、
車中でカーステレオから流れた、
浅草キッドがテレビ演芸で披露した、
漫才「本音寿司」に胸を突かれ、
涙が止まらなくなった。
映画館には外国人も多く訪れていて、
海外の映画祭のような気分。
師匠は偉大だ。
小路谷監督と記念の2ショット。
ポスターのナポレオンフィッシュを突いた銛が、
一瞬で38マイクに見えた。
10月10日のサムネのデザインはこれだ。
「凶暴な男、ここに眠る」
ポスターのコピーも話題になったものだ。
「ソナチネ」の制作裏話に関しては、
春日太一著『黙示録』が凄まじく面白いのを思い出していた。
映画で描かれる世界が
走馬灯のように自分の実人生を
光と闇のなかで脳内に映し出されていく。
あのときは……。
あの頃は……。
年を経ると、
公開時より明らかに異なる映画体験になる。
圧倒的な劇場体験で、
池袋まで足を運んだのは大正解だった。
劇場からエレベーターで降りると
映画のように銃撃されると思って、
階段で入口まで降りた。
近くの沖縄料理に行こうとしたが、
閉店時間のため、
飛び込みで魚吉酒場の2階の半個室へ。
GoProを回しながら、監督の一問一答に答える。
沖縄出身の22歳で、
初めて「ソナチネを観た日」、
つまり「ソナチネ記念日」を味わった、
若林凌駕はどれほどひとりで
その余韻に浸りたいだろうか?
と思いつつ、帰途、凌駕を銭湯へ誘うと、
2つ返事で「行きましょう!」と。
12時台のの小杉湯へ。
この時間でも満員。
入浴後、今日も高円寺『UNKO』を踏みに行く。
ボクの日々の自覚は、ウンコにタカる蝿なのだ。
常連さんの仲良し御夫婦とサブカル会話。
バーテンのあっちゃんが、
コンボイショーの今村ねずみさんににていることを発見。
外は雨。
ボクの自転車を借りて、
若林凌駕は帰っていった。
神田伯山のラジオをタイムシフトで聴きながら、
2時頃に就寝したと思う。
不眠症の男、ここに眠る。