刑事ジョー「ハンサム刑事吉田正樹」の巻
前回までのあらすじ
( 屁理屈王の刑事ジョーは、脱糞しかけるほどの便意に溜まりかねて、コンビニの女子トイレに入るが、それを絞ったばかりの雑巾のようなババアに咎められたのが、トサカにきて、屁理屈でやり込め卒倒させた。ついでに刑事ジョーは歌舞伎の助六のメイクをしている。)
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雑巾を卒倒させた刑事ジョーはコンビニエンスストアを出て、吉田正樹と歩く。
刑事ジョーは歌舞伎の助六の隈取りをし、吉田正樹は息が止まるほどのハンサムで背が高い。
道行くひとは皆、ふたりに振り返る。
「まあ、丁度よかったではないか吉田正樹、貴様もこれから番田錦之介方に出向くのであろう?」
「ああ、はい、ジョー刑事のお供をしろと課長から」
「うむ、今回は任意の聴取である。あまり相手に不快な思いをらさせてらならぬ」
「え?」
吉田正樹は刑事ジョーの顔をマジマジとみた。
「ジョー刑事、番田錦之介がどんなひとか知ってます?」
「馬鹿もん、それくらい知っておるわ、番田錦之介は屋号は羽田屋、歌舞伎界における荒事役者の大家、その番田家の歴史の中でも当代錦之介が随一と言われるほどだ」
「ならばジョー刑事」
と言って刑事ジョーの額にらひらひらする触り心地の良さそうな紫の布を触った。
その手を退ける刑事ジョー
「何をする、吉田正樹!」
「いや、その歌舞伎界の大御所に会いに行こうってのにコレは何ですか?」
「これか?この布は歌舞伎で殿様が病気のときに頭に巻いたりする布でな、これを左に巻くと病気の印なんだが、助六と言う演目の主人公はこれを逆巻きにすることで、放蕩無頼で粋なかぶき者を演じるのだ。因みに番田のお箱だ」
吉田正樹は少し上目使いで溜息をついたあと、刑事ジョーの顔を覗き込んだ。
「思いきって聞こうと思う事があるんですが」
「ああ、何でも聞け、吉田正樹、この顔の事ならいくらでも話してやる」
「いや、ジョー刑事は何で、僕のことをいつもフルネームで呼ぶんですか?」
「何?そんな事か?そんなものは下の名前が(まさき)は全員フルネームでは呼ばれるというのが貴様ら(まさき界)の宿命だろう
「まさき界?」
「そうだ吉田正樹、例をあげたら枚挙が無い」
「例えば?」
「松田聖子の最初の旦那は?」
「神田正輝」
「ほらみろ、めっちや好きやねんは?」
「上田正樹、因みにやっぱ好きやねんとおもいます。」
「香取じゃない方の慎吾ちゃんの親友は」
「京本政樹」
「ほらほらどんどん出て来るぞ、小松菜奈の旦那は?」
「菅田将暉」
「そうだ。貴様は、この間の映画の菅田の演技がうまいとか、将暉のラジオが面白かったとかいうのか?」
「そう言われればそうですが」
「ほうら、ドンドン出るぞ、元嵐の〜」
「相葉雅紀、いや相葉雅紀は相葉君で通用するでしょう」
「あ、ごめん、銀行寄っていい?」
「その顔て普通のテンションで話すのやめてくれます?いいですけど、時間大丈夫ですか?」
「いや、すぐだから、水道止められてて、銀行でしか振り込め無いの」
「うわ、最後のライフラインじゃ無いですか、電気とガスは?」
「もちろん止まっとる」
「もちろんじゃないですよ。まあ、僕も丁度よかった。うんこしたい」
「また、糞すんのかーい」
銀行は入るとすぐ整理券をもたさせれる。
「 今日はどのような御用で?」
受付の女性は刑事ジョーには眼を合わさず、吉田正樹の顔を見て話しかけた。
45番の整理券を持たされる刑事ジョー
「うむ、やはり貴様は格段のハンサムだな。誰もが貴様の顔に釘付けだ」
「いや、助六の隈取メイクにスーツ姿の人となんか職場が一緒じゃなかったらぼくも眼を合わせません」
「言うじゃないか」
「45番の方」
「ほら呼ばれてますよ」
刑事ジョーは女子行員が並ぶカウンターの前に立った。
都会の支店のカウンターには、受付が10席程あり、時勢柄その全てかアクリル版で仕切られている。
刑事ジョーは水道料金の払込用紙を差し出し、手続きが終わるのを待つ。
ふと、奥を見ると、正面の金庫室のランプが、ふっと消えていく途中だった。
それを見逃すまいとジッと観ているとランプは2度とつかなかった。
何かのサインか。
銀行強盗
刑事ジョーは心で呟いた。カウンター内を見ると、ほとんどの行員の顔が引きつっていた。
間違いないか。
目の前の女子行員は刑事ジョーの振り込み用紙に何やらハンコを押しているが複写を捲る手が震えていた。
うん
と背中を回して待合ソファを見る。平日の昼間なので老人が多い。後は、会社員風の男がひとり、誰も気付いていないようだ、そして吉田正樹が居ない。
便所か。
刑事ジョーは右、左と顔を動かし、カウンターを見る。右の3つ、向こうでメガネを掛け、マスク姿の若い客が、女子行員にボソボソと何か言っている。
あれか。
時勢だな、あんな姿でも不自然じゃない。
さてと言わんばかりに溜息をついて刑事ジョーは目の前の女子行員にそっと警察手帳を見せる。
驚いたように顔を上げる女子行員。
振込用紙を渡すように手招きし、受け取ると、それを警察手帳の上に乗せ、銀行強盗らしき若者のとなりのカウンターに入る。
「お願いします」
そう言って振込用紙を出し、隣には見えないように、警察手帳を見せ、また振込用紙を乗せた。
隣の銀行強盗らしき若者は、刑事ジョーが隣に来た時に、横目で覗き観た後、もう一度マジマジと刑事ジョーの顔を見た。
刑事ジョーは振り向かない。
「わたしの顔に何かついているか?」
話しかけられた銀行強盗は返事もせず刑事ジョーから顔を背ける。
アクリル板のおかげか、銀行強盗は隣に助六顔のスーツ姿が並んでも、あまり慌てる様子はなかった。
銀行強盗は手元を両手ともカウンターにおいている。
両手の間には不自然にハンドタオルが広げられている。
ハンドタオルはこれまた不自然にこんもりと盛り上がり、何かを隠しているのは一目瞭然だった。
銃か。
そう思ったが、見るからに幼そうな若者の銀行強盗が本物の拳銃なんかを手に入れれるはずもない。
我々警察なら本物か本物でないかは一目瞭然だが、若い女子行員ならまず無理だろう。
しかし軽率な行動は命取りになりかねない。
女子行員は銀行強盗から手渡されたであろう、リュックサックを手元に置いたまま固まっていた。
「すいません、お願いします」
銀行強盗は、慇懃な物言いだが、明らかに苛ついていた。
すると銀行強盗は、ポケットから出したものをカウンターに置いた。
赤い実包、散弾銃の弾だ。
なるほど、ハンドタオルの下の正体はソードオフした散弾銃か。
散弾銃ならこの国でも手に入る。
猟銃は資格さえあれば所持出来る。
弾を見せたと言う事は、銃は本物だという無言の圧力だろう。
と刑事ジョーは思った。
銃身とグリップを限界までカットすれば30センチくらいにはなる。
威力はおちるが、この距離で撃たれれば女子行員の命はない。
さて。
刑事ジョーはどうするかと思った。
女子行員は固まったまま動かない。
銀行強盗がハンドタオルに手をかけようとしたその時、刑事ジョーが動いた。
フォ…フォ…フォォオ
屁理屈スイッチの尺八の音色も静かに鳴る。
「若者よ」
銀行強盗の手が止まる。
「ラップタトゥーというものを知ってるか?」
銀行強盗は答えない。
「タトゥーは日本語で入れ墨、その名の通り皮膚の中に墨を入れるのだ。そしてその墨は死ぬまで消えない。考え方はそれぞれあろうが、まだまだ社会に広く受け入れられているとは言い難い。
そこで考えられたのが、そのラップタトゥーだ。機械を使って皮膚の上から直接インクを染み込ませるのだ。このラップタトゥーのすごいところは使える色素が入れ墨より格段に多い事だ。ワンポイントもいけるが、醍醐味は身体に張り付くように色素を入れれるから、見た目は入れ墨と変わらない。それにただ体に絵を描くだけではない。色を貼り付けるから全身切れ目なくどこにでも思い通りの色を入れれる。ほれ、わたしのように」
と、ここで初めて刑事ジョーは銀行強盗の方を見た。
銀行強盗は動かない。
「わたしは歌舞伎の演目の助六という男が大好きでな、あまりに好き過ぎてラップタトゥーで顔に助六の隈取りをしたのだ」
銀行強盗は助六、もとい刑事ジョーに振り向いた。
「ところがだな、若者、このラップタトゥーは入れ墨の代わりという代物で、中々の金額がするから、あまり剥がれないようになっている。その間、10年」
「あんたはその顔で10年過ごすのか?」
銀行強盗が助六の話に乗って来た。
「そうだ、その覚悟はある」
助六の言葉が気に食わなかったのか、メガネの奥が暗く落ち窪んだ。
「僕には覚悟が無いって言うのか?」
「何の話だ。若者、わたしは君を知らん。わたしはわたしの話をしているだけだ。そして若者よ。覚悟っていうものは自分自身にかける魔法だ。そして自分自身に向ける刃だ。誰かを傷付ける為に振りかぶる刃とは違う。それは自暴自棄というんだ」
「あんたなんかに…」
言葉を詰まらせ、若い銀行強盗は右手でハンカチを、捲ろうとする。
「その覚悟も10年!」
突然大声を出す助六
その大声にその場にいた全員が助六を見る。
「いくら助六が好きでも、一生この顔というのは、さすがに腰が引ける。しかし10年って区切りがあれば、おっと、一丁やってみるかってなるもんだ」
刑事ジョーは見栄を切るようにカクンと肩を落とし、顔を若い銀行強盗に向ける。
若い銀行強盗は馬鹿にしたように口を歪める。
「江戸?」
刑事ジョーはおどけたように右肩をグイッと上げる。
「そうだ。江戸っ子てのは元々は軽はずみで後悔先に立たずってのが関の山だが、巡り巡って見れば、あんなもんやってもやんなくてよかったなって、後では思う言もある。確かにやってみてもよかったーて事もあるが、まあ、そいつはひとそれぞれで、一生なんて思って何かを始めたり、そのために全てを台無しにする必要は無いって事よ!」
まんまるに目ん玉をひん剥いて、右肩を凄ませる刑事ジョーの姿を見て、若い銀行強盗は鼻で笑う。
「あんたの覚悟なんかそんなもんだっただろ?一緒にしないでくれ」
そう言ってハンドタオルを捲る若い銀行強盗
そこにはシッカリとソードオフされた散弾銃が置かれていた。
アアクリル板越しに、刺激しない様に優しく手のひらを見せ、刑事ジョーは大きく息を吸って吐き出すように言った。
「銃を、握るな」
若い銀行強盗はハッと笑った後、瞼をさげながら散弾銃に手を出した。
ああ、間に合わない
刑事ジョーはそう思いながらもアクリル板を押しながら若い銀行強盗が散弾銃を握らないように邪魔をしたが、
若い銀行強盗は散弾銃のグリップを握り、目の前の女子行員に銃口を向けた。
直後
若い銀行強盗も散弾銃も刑事ジョーの視界から消え失せた。
ふーと溜息を吐く刑事ジョー
若い銀行強盗が、散弾銃を持った瞬間、吉田正樹が襟首を掴み、逆背負い投げで地面に叩きつけていた。
若い銀行強盗はうつ伏せに叩きつけられ、吉田正樹に逆手を取られている。
叩きつけられた衝撃で肺が苦しいのか
声をつまらせながら
「俺は終わった。俺の人生は終わった」
と呟いていた。
押さえつけられ、地面に張り付いた若い銀行強盗の顔の横に、刑事ジョーは膝をつき、口元を寄せる。
「終わってなどおらぬ。それに始まってもおらぬ。今この瞬間が君のスタートだ、良いな」
と言って、立ち上がると、突然、見栄を切りだした。
「あっ、これにていっけんらく…」
と言いかけた時、3人組の警察官に同時にタックルされ、そのまま、殴る蹴るの暴行をうける。
「お前が銀行強盗か、このやろ!」
「とんでもねえ野郎だ、このやろ!」
「やっつけやる、このやろ!」
と容赦のない暴行を受ける。
それを若い銀行強盗を押さえつけたまま、吉田正樹は呆然と見ている。
暫く。
若い銀行強盗は連行された。
早速、親が弁護士を連れて来たそうだ。
刑事ジョーは銀行のソファーで、ネクタイを緩め、特殊メイクアーティストの響j5yの前に座り、助六の隈取を直していた。
その傍らには刑事ジョーをボコボコにした三バカ警警察官が直立不動で立っている。
「それ、ラップタトゥーじゃないんですか?」
吉田正樹は女子行員からもらった紙コップのコーヒーを啜る。
「そんなものあるか、あっても知るか」
「流石、でまかせ大名、まあ、でも特殊メイクもすごいですけど」
「ドーランは汚れるからな」
「常識があるのか、非常識なのか、大体どこで出会ったんですか、彼女」
と、吉田正樹は、刑事ジョーの顔に、せかせかと筆を動かすメイクアップアーティストの響j5y
に微笑みかける。
響j5yは刑事ジョーの顔から手を離し、手品の様に名刺を出し、吉田正樹に差し出す。
そこには、
特殊メイクアーティスト 響j5y
と書かれていた。
「響…」
読み方に戸惑っていると
「好きに読んでいいのよ」
響j5yはそう言って、また刑事ジョーの顔の手入れに戻った。
「あのー」
棒立ちの三バカ警察官のひとりが何やら言いかけたが、助六が睨んだら黙った。
「これでいいわ、じゃあ」
響j5yはテキパキと道具を片付け、未練もなく外に出た。
「さて」
緩めていたネクタイを締め直し、刑事ジョーは三バカ警察官に向き直る。
「殿馬潤一郎」
「は!」
「茅野守」
「は!」
「神林紀夫」
「は!」
「見事なトンチンカンぶりだったな」
「は!」
「は!」
「は!」
三人の返事が揃う
「事情を知らずに、あの瞬間に駆けつけたら、僕でも、とうとう、日本にもジョーカーが現れたのか思いますよ」
「黙れ!」
含み笑いの吉田正樹を一喝する刑事ジョーカー
「貴様らは今日から、トンチンカントリオとしてわたしの手脚となってもらう。署長にもその旨伝えてある。常番だろうが非番だろうが呼ばれたら来い」
刑事ジョーはそう言って、自分のスマホをトンチンカントリオに差し出す。
「連絡先を入れろ」
は!
と返事をして、3人で奪い合うように刑事ジョーのスマホの画面を触る。
それには特に触れず、吉田正樹に向き直る刑事ジョー
「番田さんとのアポイントの時間、もう過ぎましたね」
「番田の家には今夜行く」
「アポイント取り直すんですか?厳しいんじゃないかなあ」
「いや、ノーアポで行く」
「無理でしょ、令状も無いのに」
「吉田正樹」
「なんですか?」
スパーンと膝を手の甲で叩き、刑事ジョーは立ち上がる。
「番田は、今夜落とす」
刑事ジョーは理屈ぽかった。
つづく
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