電車で
寝るのは構わない。
電車での寝方は人それぞれ、
こちらの方は、椅子から少し腰をズラし、首をもたげ、目を瞑っている
あちらの方は、つむじを糸で引かれる様に背筋を伸ばして目を瞑る。
朝なら、忙しい今日一日を迎える前の一眠り、
夕方なら、今日一日を終えた後の一眠り、
日本人は兎角、忙しい。
電車は第二のベットだ。
今日も、あちらでうつらうつら、こちらでコクリコクリ
その時、ポトリと左肩に感じる重み、
隣りの女子が疲れて、わたしの肩に、頭を乗せてきた。
あらあら、お嬢さんお疲れね。
こんなおじさんの肩でよければ、お貸しします。
姫、今、ひと時の惰眠を貪りなさい。
とその時、
今度はサワサワと、右肩に触れる髪の毛の感触、
貧相なメガネ面の男子が自分の頭の重みにクビが耐えれないのか、頭をガクガクと揺らし、わたしの右肩に寄りかかろうとしていた。
ふざけるな。
野郎に貸す肩は無い。
自分の頭も支えれない様な脆弱な首で電車の睡眠タイムを貪ろうとは10年早い。
わたしは左肩の眠り姫を起こさない様に、右肘で、ガクガク男の二の腕あたりにプレッシャーを掛ける。
ガクガク男は無意識のまま、わたしの右肩に頭を振るのをやめ、反対側へと頭をシフトした。
やれやれだぜ。
姫を起こしちゃうじゃねえか。
とその時、反対側のおっさんが、ガクガク男の頭が自分にもたれるやいなや、わたしの方へと押し戻した。
ガクガク男は振り子のようにまた、わたしに戻ってきた。
ちっ、おっさんやるな。
ガクガク男の頭は丁度わたしの脇腹あたりまで垂れ下がり、はしゃぐ仔犬のようにわたしの小脇に頭をつこんでくる。
ちっ、
舌打ちが止まらない。
わたしは左肩の姫を起こさぬ様に、右脇腹をたくみにズラし、ガクガク男をかわす、
ガクガク男は意識も無い癖に、アグレッシブに自分の頭をわたしの脇腹に押し付けてくる。
こいつ起きてんじゃねえのか?
その時、
んん、
眠り姫が吐息を吐いた。
いかん、起こしてしまう。
ちっ、しょうがねえ、
わたしは右肩をグッと張り、二の腕あたりでガクガク頭を脇腹から押し返した。
すると、ガクガク頭は何故か、わたしの腕を滑り上がり、右肩にストンと乗った。
ふざけるな!
わたしの肩は、か弱い乙女達のためにある。
貴様の様な軟弱な首の輩に貸すためにあるんじゃない!
わたしは左肩に細心の注意を払い、男のあたまを右肩から落とす為に、ビートたけしのように肩を上下させる。
落ちろ!落ちろ!落ちろ!
しかし男の頭は、関東軍に斬新された満州馬賊の首の様に陽気にはねる。
トントントントントントントン
首は陽気に跳ねる。
はははははははは!チムチム!踊れ!踊れ!
トントントントントントン
ちっとも起きない。
トントントントントントントン、はい、
ずいずいずっころばし胡麻味噌ずい、
トン。
茶壷に追われてとっぴんしゃん、ぬーけたーらどんどこしょ、
トントン、はい。
こいつ、絶対起きているだろ。
そうこうしているうちに電車は駅に到着した。電車が完全停車し、2枚のドアが開いた瞬間、今まで寝ていた姫が、頭をあげる。
姫は開眼起立、脱兎の如くホームへと消えた。
わたしは姫の後姿に微笑みを送る。
さあ、左肩の斬首首をどうしてくれようか?
向かいの乗客は、皆スマホを手に平静を装っているが、明らかに、事の行末が気になってしょうがない様子、
だって肩で人の頭、ドリブルしているですよ。
さあ、わたしには、即席の観客達を前に、惰眠劇場の幕引きを見せなければならない。
ガクガク首を避けるために動かしていた脇腹が、いい腸内活動になった。
ふーと下腹に力を入れる。
プッスー
所謂すかしっ屁
の後、素早く姫のいた場所へ尻をスライドさせる。
ガクガク首は支えを失い、わたしの尻があった場所へと頭をもたげる。
刹那、
ガクガク首は自力で頭を上げ、鼻を抑える。
そして小さく呟いた。
「くっさ…」
事を察した観客のひとりは堪えきれず、スマホを額に当て、肩を震わせ、寝たふりをした。
ガクガクはまた、呟いた。
「え、何で?くっさ」
徐々に観客達は気付き出し、欠伸を堪える様な振りをしたり、吊り広告を見たりして、笑いを誤魔化していた。
さあ、惰眠劇場の閉幕です。
わたしは次の駅で降りる。
一度も降りた事の無いその駅に降りなければならない。
何故なら、
ふふ、ウンコ漏れちゃった。
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