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大切な人と「死」について話しておいて良かった
彼との永遠の別れは、突然訪れた。
難病を患う彼は、定期的に病院で検査を受けていた。
1ヶ月半ぶりに会った彼は、「主治医が驚くほど、検査の結果が良かったんだよ!」と誇らしげに語っていた。
それなのに・・・
会った翌日、彼は帰らぬ人になった。
検死した医師によれば、死因と持病とは直接的な関係はなく、ほぼ即死だっただろうとのこと。
「そうか…願いが叶ったんだ。苦しい時間が短くて、良かったね。」
第一発見者であり、検死に立ち会ったご両親の話をぼんやり聞きながら、そんなことを考えていた。
私たちは、よく『理想の死に方』や『死後の世界』について話をした。
彼が病気を患っていたから…というよりも、それだけ私たちの身近に死が存在していたからだ。
彼のご両親にその話をしたら、「縁起でもないことを」と眉を顰めたけれど。
私も彼も、コロッと逝くことを望んだ。
長生きはしなくてもいいから、苦しまないのがいい。
入院することもなく、延命治療を受けることもなく、命を終えたいと。
彼が亡くなる数ヶ月前にも、そんな話をした。
その時、私は大切な家族との別れが近づいている状況だったこともあり、
「見送る立場としては、覚悟する時間や感謝やお別れを伝える時間が欲しい。
だから、“ぴんぴんころり”ではなく、“ぴんぴんじわり”くらいがいいな。」と話した。
彼は、「そうか。」とだけ言った。
きっと、心の中で「俺が先に逝く前提か?!」と思っていたに違いない。
私は、そういうつもりで言ったわけではないのだけど…(苦笑)
しかし、私たちは『死後の世界』に関しては考え方が違った。
彼は「死後の世界」も「生まれ変わり」もあると信じていた。
「テレビで前世の記憶を持っている人の特集を見たんだ。あれは本物だよ。生まれ変わりってあるんだよ!」と興奮気味に話してくれた。
彼は仕事で「イタコ」に会ったこともあり、死者の魂の存在も信じていた。
一方、非科学的なことを信じることができない私は、「死後の世界」も「生まれ変わり」も「魂の存在」あり得ないと思っていた。
信じるか・信じないかは個人の問題なので、私は反論することもなく、いつも彼の話を「関心があるふり」をして聞いていた。
だから、きっと彼は私も同じ考えだと思っていたはずだ。
でも…
彼が亡くなった今は、少し違う。
たまに、彼の気配を感じることがある。彼に守られている感覚がある。
「生まれ変わるとしたら、何年後くらいなのかな?」とか、
「猫に生まれ変わって、会いに来てくれるかな?」とか、
「死後の世界は、空のどのあたりにあるのかな?」とか、考えるようにもなった。
彼の気配を感じるようになったのは、私の脳が“私を救うために起こした錯覚”という考えは捨てきれないけれど。(苦笑)
この世の中には科学で説明がつかない出来事がたくさん存在している。
悲しみを乗り越えるためには、都合よく考えていくしかない。
彼は、願った通りの最後を迎えることができた。そして、彼は違う世界で生きている…
そう思えることで、今の私は少し救われている。