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fetishismⅤ 匂い

まだ、誰にも言っていない話をする。

匂い、ていうのは割と重要だと思う。
本能的に好き嫌いが決まるものだと思うし、どれだけ色々な条件が当てはまっていたとして、受け付けない匂いをこよなく愛する人だったら相容れないだろう。もっと言うと、「肌の匂い」のようなものがあると思う。汗の匂いとも違う。柔軟剤の匂いも混ざるかもしれないがそれだけじゃない。お風呂上がりの匂いや香水の匂いというわけでもない。
首筋に鼻先を埋めて深く呼吸した時の匂い、というと伝わるだろうか。

君にそんな話をする機会がなかったので、密やかにここでお話ししておこうと思う。

* * *

君が、寝るときにくっついてくるのがちょっと意外で、わたしは何だかくすぐったい気分になった。ひんやりした肌を「あっためて」と絡めてくる。ぬくもりが行き来するのと同時に、ふわりとわたしの周りを包む空気。
わたしは正直自分のフェチのことを忘れていて、君とくっついて眠るのが心地いいんだなと納得していたのだけれど。

わたしのフェチにはいくつかあって、まあ人に話すときはぱっと見でわかるようなわかりやすいものから説明する。で、唯一わかりにくいというか、一瞬で判別しにくいのが「匂い」だ。
匂いフェチって、ストライクの判別が難しくない?まぁ、香水の匂いとか、特定のシチュエーションの匂いとか、含むだろうけど。だから忘れてた。ちなみにフェチの中に含めてたのは、香水全般受け付けないのにある香水の匂いがすごく好きなことと、焼ける焦げ臭い匂いが好きだから。
そういうわかりやすい匂いの話じゃなくフェチらしい匂いの話をすると。不快まではいかなくても、生きてる人間が近づけば多少なり鼻が匂いを感知すると思う。自分と違うものを識別するとでも言うような、何となく違和感のような。そう、自分とは違うな、という程度の。
その人の空気、と言ってもいい。
空気に含まれる、固有の匂い。服の匂い、髪の匂い、部屋の匂い。もちろん、柔軟剤やシャンプーの匂いなんかが混ざるんだけど、そういうその人が使ってるものの匂いが全部混ざってその人固有の匂いになると思う。
馴染みすぎて気付くのが遅れたけど、わたしはその君の固有の匂い、空気が、たまらなく好きだったらしい。
君の首元に鼻先を埋めて深く呼吸した時の匂い。眠る君を抱きしめて頭を撫でる時の髪の匂い。君の手が頬を撫でる時にふわりと掠める空気の匂い。そういうものが全部心地よくて。

ふと、幸せな匂いとともに思い出すことがある。
「…朝あなたがいると起きるのがちょっとだけ、嫌になる」
と無表情に君が呟いたのは、あの時君に言えた目一杯の言葉だったのかもしれない。朝の微睡と、君の匂いと、くっついたぬくもり。幸せしかないあの空間を思い出しながら、もったいないことをしたな、と思う。
軽やかなおしゃべりに紛れて拾いにくい君の気持ちをいくつも零していたんじゃないだろうか。

* * *

煙草。瞳。声。手。匂い。
わたしのフェチを君がコンプリートしたよ、と言ったらどんな顔をするんだろう。たまたまじゃん、て言うんだろうか。
フェチって性的に惹かれるって話なんだと思うんだけど、恋ってものがそもそも人として好きになるところから始まるわたしにとって、「人として好き」と「性的に惹かれる」が重なるのってまず、ない。
そもそも君だから好き。きっと、君がどういう瞳や声や手をしてても好きだったと思う。でも、だからこそ。

(そのたまたまが君に全部揃ってるのってすごいことだと思わない?)

―――これが、まだ誰にも言ってない、君にもし損ねたお話。
今後君以上に好きになるなんてもうないんだろうなって思う、理由。





#全部フェチ #君に内緒の

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