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【小説】わぱし

とある星のできごと。星の人々は音楽をこよなく愛していた。しかしその愛が故に,その星では音楽思想による戦争が止まなかった。具体的にはシューゲイザー派とノンシューゲイザー派による血も涙もない戦争が起こっていた。彼らにとって音楽とはシューゲイザーであるか否かでしかなく,そうなると当然,争いが起こる。この星1番の歴史家であるA氏は「この星では有史以来,人々が戦争を止めた記録はない,その戦争のすべてがシューゲイザー派とノンシューゲイザー派の間の軋轢によるものである」と話した。また,この星1番の心理学家であるB氏は「シューゲイザー派とノンシューゲイザー派は脳の作りが異なり,もはや別の生物といっても過言ではない,両者が歩み寄ることは不可能なのである。」と話した。人々はこの結果に絶望したが,戦争を止めることはできなかった。脳の作りが違うのだから争いは避けられない。みんなそう考えていた。

しかし,その戦争はとある音楽家の登場によってある転換を見せた。

男のアーティスト名は「World Pacifist」通称「ワパシ」。これは男の自称であった。その男はある日どこからともなく音楽シーンに現れてあっという間に世界中に名が知れ渡った。
知れ渡った名は名でも悪名であった。

彼の音楽は「醜悪」の一言であり,聴くものすべてを腹ただしくさせた。シューゲイザーとかノンシューゲイザーとかそれ以前の問題,不協和音にカスみたいな歌詞。彼の音楽を10人に聴かせると10人が顔を顰めた。

ここまで男として紹介したが,そもそも彼は本当に人間なのかも怪しかった。彼の講演は世界中各地で予告なしに行われるのだ。ライブハウスから競技場,学校,公園,路上,アパートの屋根の上。至る所で突然に始まるのであった。いつでもどこでもいきなり現れて,強制的にカスみたいな音楽を聴かされるのだ。もはや妖怪やUMAの類である。最初はみんな彼を怖がった。

しかし,彼がカスみたいな音楽を鳴らす以外,特に害をなさないことに人々が気付いた後は,彼への恐れはそのまま嫌悪に変わった。

彼への嫌悪はどんどん膨らみ,やがてシューゲイザー派とノンシューゲイザー派は彼に音楽を止めさせるために一時休戦し,彼を倒すための協定,「アンチワパシ協定」を結んだ。

人々はみな協力してワパシこと彼を捕まえようとした。しかし人々が何人束になって捕まえようとしても,彼はのらりくらりと交わしながらセットリストすべてを歌い切るまで演奏をやめない。彼の音楽への苛立ちと彼を捕まえられない苛立ちに人々はますます怒り狂うのだ。

彼がライブを始めるとすぐさま警報器が鳴る。
テレビニュースにも流れる。
「○丁目〇〇公園にて,ワパシが演奏中,近くにお住まいの方は直ちに彼を捕まえてください。」
人々は彼のライブに押し寄せて,彼を捕まえようとする。しかし,彼は人の波をのらりくらりと交わしながら
「今日は俺のライブに来てくれてありがとう!
こんなにたくさんの人に来てもろて,嬉しい限りです。」
と嘲笑した後,歌い出す。
やめさせろ!!!!
つかまえろ!!!!

2時間後。

「みんな今日は来てくれてありがとう!ほんまに。感謝してます。」

そう言ってしめると彼は誰も望んでいないアンコールを2曲演奏した後,人の波の中に消えて,いなくなった。

もはや人々の苛立ちは限界。どうすれば彼を捕まえられるかが国民の第一課題となり,それまで義務教育であった基礎科目の「シューゲイザー史」はなくなり,「ワパ史」に変わった。また,警察や役所には「ワパシ課」が設けられ,新たな雇用も生まれた。

そんなある日,この星1番の評論家であるC氏がとある書籍を出版した。
書籍のタイトルは「戦争を止めた音楽」
C氏は「彼の音楽によってシューゲイザー派とノンシューゲイザー派による戦争がなくなった。彼と彼の音楽は2つの派閥の共通敵になることで人々の戦争を止めたのだ」としてこの星で初めて彼を好意的に評した。

ほとんどの人はこの評論を受け入れられず,C氏の評論に唾を吐きかけた。しかしながら,悔しいことであるが,彼のおかげで戦争が止まったということは事実であった。C氏の評論がきっかけとなり,彼の音楽を好意的に捉える人が現れだした。

警報がなった。
ニュースに速報が入る。
「○丁目〇〇番地〇〇アパートの屋根にて,ワパシが演奏中,近くにお住まいの方は直ちに彼を捕まえてください。」

✖️✖️✖️

「今日も俺のライブに来てくれてありがとう!」
彼はいつもの調子でライブを始める。相変わらずカスみたいな音楽である。人々はそんな彼を捕まえようとする。やめさせろ!!!!

いつもの光景である。

しかし,いつもと違うところがあった。

彼が救世主だとわからないのか!!!!

彼を捕まえようとする大多数の人の中,少数であるが,彼を守ろうとする人々が現れたのだ。

人々はワパシ派とノンワパシ派に分かれて,言い争い,ついには殴り合いを始めた。

その時,彼の音楽が止まった。
でかした!!ついにやったか!!!!
大多数のノンワパシ派がいう。

「あー。」
人々の中からマイクに越しの彼の声が響く。
おちゃらけた彼の声色からは想像もつかないような,酷く悲しく,重い声であった。

「誠に勝手ですが,ワパシは今日この場にて解散します。最後の曲も歌えません。皆さまお元気で。」

一言,そう言い残すと彼は人の海の中に消えて,いなくなった。




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