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【小説】 現状打破 〜即効!人生軌道修正力!〜
「軌道修正」が必要だ。
人生という軌道を、修正しないといけない。
軌道修正,軌道修正をしなければ。
✖︎
私を取り巻く世界はぐるぐると回っている。
第一に,日々弱っていく父のこと。
第二に,ブラックな職場のこと。
これでは目が回っても仕方がないのだ。
私には限界が来ていた。
私の上司はパワハラ上司。1(のミス)を100(の過失)にする天才である。
元来気の弱かった私は上司に怒られるたびに萎縮してしまい,自信をなくした。それがまた,ミスを引き起こして,また怒られるのだ。
怒られる,自信をなくす,ミスをする。
怒られる,自信をなくす,ミスをする。
この輪廻は私の自尊心が底に達して,修正不可能になるまで終わらないのだ。
「軌道修正」だ。
そうなってしまう前に,
軌道修正しなければならない。
どうやって?
今,仕事を辞めるわけにはいかない。父はどうなる?父が病気になってからは,ずっと専業主婦をしていた母も働いてくれている。父の面倒を見ながら働く母は私以上に限界である。
私は戦わなければならないのだ。
✖︎✖︎
依存していたのは,栄養ドリンク。
1番安いやつを出勤前と休憩中,1日2本飲む。
こんなものに依存している自分が情けなかったが辞めることはできなかった。
タバコや酒よりはマシだと思っていた。
めぐる毎日。
いつも通りの朝。
いつものコンビニエンスストアにそれはあった。
現状打破 〜即効!人生軌道修正力!〜
なんだこれは?「眠○打破」の新作か?
手にとって調べてみると,株式会社「アンチナウ」という眠○打破とは全く異なる会社の商品であった。
胡散臭いが,私は気になってしまった。
特に「軌道修正」というところ。
私が日々願っているものだ。
いつもの栄養ドリンクと一緒にレジに出した。
「は?」
私とレジ打ちのバイトらしき若い男が揃って声を出した。表示された30,000という数字に対しての反応だった。
普通であれば,その栄養ドリンクは棚に返されていたことだろう。しかし,そのふざけた価格がむしろ謎の信頼を呼び込んだ。
少し賭けてみたくなった。
第一に「軌道修正」と書いてある。
私には軌道修正が必要なのだ。
軌道修正される可能性があるのならばと。
30,000円の藁を掴んだ。
✖︎✖︎✖︎
結果から言うと,何も変わらなかった。
現状打破を飲んだところでいつも通り,
現在進行形で上司に怒られている。
私は怒りからか,上司の声が聴こえなくなった。
騙された。
何が「現状打破」だ。
今思えば30,000円という価格設定もうまいところをついている。「嘘をつくなら堂々としていたほうが良い」というのはよく言ったものだ。
私のような追い詰められた馬鹿が,30,000円なら本当に効き目があるのかもしれないと騙されるのだ。
「おい!聴いているのか!!」
「はい」
私の空返事が鳴った。
✖︎✖︎✖︎✖︎
1カ月程度で考えは改まった。
あの栄養ドリンクはすごい。
ここ1ヶ月で私は憑き物が取れたように元気になった。
第一に,上司に怒られることが減ってきたのだ。メンタルケアや自己肯定感を高める効用があるのか,上司に怒られているとき,以前のように萎縮しなくなった。いくら怒声を浴びせられても響かない私に,上司は観念したのだろう。
上司に怒られていたからミスをするのか?
ミスをするから上司に怒られていたのか?
どちらも真実ではあるが,私の場合,前者の方が大きかったらしく,私はミスが減り以前より成果をあげるようになった。
きっとあの栄養ドリンクのおかげだ。
すごい。
ついに軌道修正がなされたのだ。
素晴らしい。
色めく世界。
ははは、ははは
ははは!ははは!
ぷるる!ぷるる!
.......。...母からだった。
✖︎✖︎✖︎✖︎✖︎
「あんた何やってんの!!!最近お見舞いにも来ないで!!父さんが,今大変なんだから!!!!」
そう言って母は父の病気の状況について語った。父の容態が急激に悪化して,危ない状況らしい。私は母に詫びをいれて,明日,お見舞いに行くと伝えた。何やら怒っていたが,そのうち,電話は切れた。
✖︎✖︎✖︎✖︎✖︎✖︎
父が危険な状態らしい。
そうなのか。
.....。
そうなのか?
青褪める私。
「そうなのか。」じゃないだろ!!!!
職場を飛び出し,病院へ駆ける私。
思い返すと,私はこの1か月。父の病気のことをほとんど意識していなかった。つまりは興味を失っていた。上司の説教と同じように。
あの栄養ドリンク,「現状打破」の効用がわかった。あれは私の悩み,目を背けたい現状に対して抱いた「想い」を薄めるものであったのだ。つまりは現実逃避を助長するものである。なんて恐ろしい商品,「現状打破」から「現状逃避」に改名すべきだ。
しかし,こうなってしまった要因は私自身にもある。私はずっと心の中で,父の病気から目を背けることを望んでいたのだ。
最低な話。 取れたと思っていた「憑き物」とは 父のことであった。
自ら,進むべき軌道を避けていた。
そのことに気づかぬ以上は何をしても
ズレた軌道へと移るだけだ。
修正などできるわけがなかったのだ。
今ならば,
「軌道修正」ができる。
間に合え!間に合え!!
✖️
私は間に合った。
間に合ったというより,大丈夫だった。
父の容態は一時急激に悪化したものの,幸運にも,凄腕ドクターによって一命を取り留めた。 しかし,病気が治ったわけではないし,今後もゆるやかに進行し続けるらしく,凄腕ドクターからも,長くはないと言われた。
でも,今。
父が生きていることが心から嬉しいのだ。
✖️✖️
私を取り巻く世界はくるくると回っている。
目が回ることも当然ある。
例えば今日の話。
現在進行形な話。
私はとあるミスをして,上司に怒られている。
だいたいは元通りの日々だが,
もう「軌道修正」の必要はないだろう。