◇今月の隊員さん◇ 第102回:はただ隊員(瀬田隊 上田隊 隊員)さん
【プロフィール】-----------------------
男性、46歳、職業:介護士、福岡県在住
X (旧ツイッター) ●https://twitter.com/FuiboYB38cprXus
隊員歴:2021年3月から
主なアイドル遍歴:テンテン、男闘呼組、桐原美月
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はただ隊員 (瀬田隊 上田隊 隊員)さんは、福岡県在住の46歳の男性隊員。新型コロナウイルスにかかってしまい、ホテルで療養期間を過ごしていたときに観た「OiSa」のMVをきっかけに、ばってん少女隊に興味を持つようになったそうだ。
とても気さくな人柄で、ばってん少女隊について話す語り口は誰よりも優しい彼に、推しの瀬田さくらさん、上田理子さんへの想いなど、様々に語ってもらった。
■隔離療養中に観た「OiSa」
ばってん少女隊に興味を持ったのは、2021年の春頃だったかな、私が新型コロナウイルスにかかってしまい、ホテル療養をしていたときでした。
外の世界から隔離されていた間に観た「OiSa」のMVにどハマりしたんです。
博多祇園山笠祭りの掛け声『おいさ』を題材としながら、人のいないシャッター商店街で出会ったモノノケたちとばってん少女隊が歌い踊る、独特な世界観で、ラストシーンでは目を覚ました瀬田さくらさんが、まるで全てが夢であったかのように、モノノケの仮面を顔に当てニコリと笑って終わる。
神隠し的な雰囲気もあって、現実とは違う ”あちら側” の世界の映像を観ているような感覚で、すごく惹かれたんですね。
それからばってん少女隊を追いかけるようになり、オンライン特典会に何度か参加しました。
リアルのイベントに初めて参加したのが「わたし、恋始めたってよ!」のリリースイベント (2021年 11.14@かしいかえん) です。
瀬田さんとのツーショットチェキ撮影と、ポスターにサインを書いてもらう列に並びました。
ポスターにサインを書いてもらうとき、自分の名前をメンバーに分かるように渡すんですけど、渡した瞬間に瀬田さんが名前を見て「あ、はたださん!」と言ってくれたんですよ。
オンライン特典会にまだ数回しか参加してないのに、名前を覚えてくれてたんです。
画面越しに、ずっと “あちら側" にいた瀬田さんの人生に、私の名前がちゃんと存在してたんだ。。。そんな感動がありました。
■ばってん少女隊が描く夢
隊員としてのハマり具合がさらに深まったのが結成7周年記念ライブ (2022年7.3@福岡国際会議場) です。
最後の挨拶のとき (ライブ映像の16:45〜) の、上田理子ちゃんの言葉に心を打たれました。
もともと、私がばってん少女隊を知ったのは、実は結構古くて、グループが結成されて初めてのライブだった、TNC夏祭り (2015年8.1@TNC放送会館) を観ています。
人気ローカル番組「ゴリパラ見聞録」が好きで、関連イベントを観に行ったときに、ばってん少女隊のステージに偶然居合わせた感じです。
それからですね。福岡のお祭りの季節になると、TNC夏祭りや博多どんたくでばってん少女隊を見かけるようになり、「あ、今年もやってるな」という感じで、彼女たちを “福岡のお祭りの風物詩” のような存在として認識するようになりました。ステージを観るために足を止めたこともあります。
コロナ療養期間中に「OiSa」のMVを観たのも、お祭りなど人々が集まるイベントが開催されない世の中になってしまって、あの子たちは一体どうしているんだろう? と思ったからでした。
そういう断片的な思い出がガチっとハマって、隊員としてギアが入り「大きな夢を描こうとしている、この6人を応援しよう」と想いを強くしたのが、7周年記念ライブの理子ちゃんの挨拶を聞いた瞬間です。
あれ以来、私の推しは瀬田さくらさん、そして上田理子ちゃんの2人になりました。
■キョンシー世代、満身創痍で見る夢
そんな風に、ばってん少女隊が描く夢を応援したいと思うようになって、私自身、叶った夢があります。台湾へ行くという夢です。
昨年の春に行われた「想定の遥かナナメ上ツアー」の台湾公演 (2023年 4.22@CORNER HOUSE) を観に行きました。
もともと、私は子どもの頃にキョンシー映画「幽玄道士」を観て育った世代で、人生最初のアイドルはヒロインのテンテンでした。「テンテンが住んでる台湾へ行きたい」と、母によくねだっていましたから、ばってん少女隊のおかげで約40年越しの夢が叶ったことになります。
台湾へ行くまでは。。。大変でしたよ (笑) 。
何が大変って、”まとまった休みを取ること” が、もう本当に大変でした。
現在、私は介護士として働いていて、この業界は、夢のない話ですみませんが、休みが少ない。おまけに給与も少ない (苦笑) 。
台湾遠征には4連休が必要だったんですが、介護現場は慢性的な人手不足で、4日も続けて休みを取るなんて、普通なら、まずありえません。
でも。。。あのときは「何がなんでも台湾へ行くんだ!」という気持ちになれたので、気合いで4連休を勝ち取り、台湾へ行きました。
ライブは良かったし、ばってん少女隊と台湾観光をする時間もあって最高でしたね。
介護士になったのは10年前です。いわゆる “就職氷河期世代” で、福岡の大学を卒業した後、30代半ばまで東京で派遣社員として色んな仕事を転々とする日々を送っていました。
そういう生活に疲れて、九州に帰って来たのが10年ちょっと前。熊本の祖父母の家で暮らしていた期間もありながら、やっぱり故郷に戻りたいと思って、福岡で介護士の仕事を見つけたのが10年前です。
休みが少ないので、仕事→ばってん少女隊イベント参戦→そのまま夜勤の仕事へ直行、みたいな、そういうの多いです。正直、満身創痍ですね (笑) 。
私は仕事中以外、ほとんどの時間ばってん少女隊のことを考えていて、休憩時間に仮眠をとると、夢の中にばってん少女隊メンバーが出てくることもあります (笑) 。
■せたせいたん!〜コロナ禍中での母への報告〜
私が生まれ育った家は、しつけが厳しい方だったと思います。高校生まで門限17時でしたから (笑) 。
古い価値観かもしれませんが、私は “本家の長男” として生まれました。歳の離れた姉がいて、やっと生まれた男の子が私だったんです。いとこなどの親戚も年上が多く、父は、”本家の跡取りとして負けられない” みたいな感じで、ときに私は殴られながら、勉強を強制させられていました。今だったらアウトなやり方です (笑) 。
父が厳しかった一方で、母は優しかったです。私が好きなことをできるように接してくれました。
アイドルロックバンド:男闘呼組に憧れ、中学生になって「バンドをやりたい」と母に打ち明けたときも、父に見つからないよう上手くやりなさいという感じで、楽器を買うお金を援助してくれたりしました。
そんな母の協力もあり、「部活をしている」という設定で、門限17時をかいくぐりながら、友達の家に楽器を置いてバンドをやっていた、そんな10代を過ごしました。
母は、一昨年亡くなりました。亡くなる直前まで、私のことを心配していたそうです。
この年齢で独り身だし、大丈夫なのか? と。
実は付き合って5年になる彼女がいまして、最近、やっと父に紹介したんですけど、母には紹介できませんでした。
コロナ禍で、人と人が会うことを避けなければならない時代でしたし、母は闘病中ということもあり、万が一のことがあるといけないので、ほとんど会えてなかったですね。
そして、初七日法要が終わった翌日が、瀬田さん二十歳のソロライブ「せたせいたん!〜2022.2.2 20祭〜」 (2022年 3.26@UNITEDLAB) でした。
ライブ終盤、瀬田さんがご両親へ向けて用意した手紙を読むシーン (ライブ動画の31:49〜) があって、グッとくるものがありました。
私自身が母を亡くした直後で気持ちが沈んでいましたが、「私のことを育ててくれて本当にありがとうございます」と、ご両親への感謝の言葉を述べる瀬田さんの姿から、生きていく希望をもらったというか、やっぱりアイドルって、本当にすごい存在なんだと実感しました。
後日、母のお墓参りをしたとき「台湾、ばってん少女隊のおかげで、ついに行くことができたよ。今、生きてて楽しいよ」そんな報告ができました。
■安心してください、並んでますよ
現場には1人で行っていましたが、現場仲間が増えていったのが「虹ノ湊」のリリースイベント (2022年 7.16@道の駅むなかた) からです。
あの日、私はかなり早く会場に着いたんです。どのくらい早く行けば、特典券が手に入るのか分からなくて。
すでに2人ほど隊員さんが並んでて「もう並ぶんですか?」みたいな感じで声を掛けられ、その方たちがベテランの隊員さんだったので、色んな隊員さんを紹介してもらい、輪が広がっていった感じです。
それ以来、早く現場へ行くのが習慣になり、福岡現場の隊員さんからは「現場早乗りキャラ」で認知され、SNSで「安心してください、並んでますよ」とコメントするようになりました (笑) 。
あと、現場では、左右で色が違う紫と赤の靴を履いてます。その靴で自分だと分かって声を掛けてくれる隊員さんもいるので。
ライブが終わった後、隊員さん同士で飲み会があったりしますが、私はあまり行けないですね。
休みの次の日が早番になることが多く、朝4時30分に起きる必要があり、お酒飲んでいたら寝過ごしちゃう可能性があるんで「朝早いんで失礼します」と、帰ってます。
ライブ後より、始まる前に隊員さんと色々話す感じですね。
改めて振り返ると、私の隊員ライフにとって、やはり理子ちゃんの7周年記念ライブの最後の挨拶が大きかったです。
それまでは1年に1回か2回ライブに行けて、特典会もそのくらいの回数でいいかな、という感覚でした。
あの年、ばってん少女隊は東京の中野サンプラザでのライブ (2022年11.26) を満員にすることを目標に活動していましたが、正直、私は福岡県民で、東京までは遠くて行けないと思ってたんです。
でも、理子ちゃんの挨拶を聞いて、大切なライブのときは東京へ行こうと気持ちが切り替わりました。
そして、気が付いたら台湾にも遠征するようになっていました。
きっと、ばってん少女隊はまだまだ新しい景色を魅せてくれると思います。
まだ現場へ来たことのない方は、是非とも足を運んでみてください。ライブが楽しいのはもちろんですし、隊員さん同士で話すのも楽しいので。
知り合いがいないと入りづらい場合もあるかもしれませんが、マナーの範囲内で早乗りすると、人が少なくて意外と話しやすかったりします。安心してください、私はもう並んでいますよ (笑) 。
【隊員さん募集】
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接触厨も楽曲派もOK。楽しみ方は人それぞれ。(でも周りの迷惑には気をつけてね)
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