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短編小説『坂道の途中で』小野寺ひかり

『坂道の途中で』

夕暮れの坂道をゆっくりと登っていく。伸びた影は今にもどこかへ飛んで行ってしまいそうだ。隣で共に歩く母の存在。それだけが実態である私へ確かなる重さとなって、間違いなく、そこにいなければならないことを理解する。


大勢の家族連れとすれ違う。七五三、と書かれた看板に妙な納得をしてしまった。遠い昔、自分にもそんな日があったように思い越す。
晴れ着身を包んだ少女は、黄色い落ち葉を拾い、また家族のもとに駆け戻っていく。少女に視線を注ぐのは、見知らぬ家族たち。おそらく父と母と、それぞれの祖父と祖母と。大所帯だ。
「見て、ママ~!」
「あぶないでしょ」
若い母親の小言が、自身の記憶をよみがえらせるようだ。いつか言われたような気もしたし、言ったような気もした。隣を歩く母は、穏やかな表情でただ少女を見つめている。
「誰に似たんだか」
見知らぬ祖父のボヤキにどっと笑いが起きていた。こんな日が私たちにもあった。
でしょ、お母さん。そう、微笑み合いたい気持ちだった。しかし実際のところ、母の興味は露天商の陶器に移っていたようだった。小走りで、さささと、平台に並べられたネックレスや、皿、手作りのマスコットを手にする。いらないんじゃないかなあ、と声をかけたくなってくる。母の丸みを帯びた背中を見ていた。
「あ、北城さーん? こんにちは」
若い男性の声がした。知った顔だった。白いポロシャツ、ネックストラップ。母の通うデイサービスの若手職員。
「……ああ、こんにちは」

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