小野寺 ひかり『言えない肝心なこと』
小野寺ひかりの文芸誌Sugomoriへの寄稿作品はこちら。『眠いけど食べたい』★月間PV1位『言えない肝心なこと』【全編無料】課題図書レビュー②『小野寺ひかり スケッチー』 2020年8月号編集長★
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仕事には向き不向きがある。だがそれを乗り越えるのが経験だ。
経験——、
ハルは深夜のファミレスでため息をついた。深夜1:00を回ったところで、客席はまばらだ。始発を待つ若者や、スマホを無言で操作し続けるカップル、つっぷしたサラリーマンが思い思いに時間を過ごしている。
ハルもまたドリンクバーのカルピスソーダ片手に、ノートパソコンを開く。
――案件の進捗は……
明朝8時の送信設定をしながらメールを返す。ひと通りのメールボックスを片づけたところで同棲相手のシュンの言葉が頭に浮かんできた。
「ハルさん、大丈夫? 今からシャワー浴びて、4時間睡眠だよ」
「いいよ、大丈夫。明日っていうか今日か」
「寝るの? でも俺は起きられないかも」
シュンは言葉の裏で「前、遅刻したじゃん。俺のせいにしたじゃん」と訴えかける。再び同じことが起きたら、ハルはシュンに「どうして起こしてくれなかったの」と、責任を押し付けることが容易に想像できた。
「……そうだよね。まだたまってる仕事もあるし。寝ないで、そうだ。駅前のファミレスで、なんか食べるよ」
ああそう、シュンは安堵したような表情に変わる。そのわずかな変化を気取られたくなかったのかシュンは続けた。
「一緒いく?」
「えっ」
思わず、驚きの声がでた。
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