ふくだりょうこ 『ご注文は承っておりません~あなただけのお食事作ります』3
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『ご注文は承っておりません~あなただけのお食事作ります』
『ご注文は承っておりません~あなただけのお食事作ります』2
『ご注文は承っておりません~あなただけのお食事作ります』3
「あーいい匂いしてきたー……おなかが空くなあ」
ポツリともらすと花さんは穏やかに笑みを浮かべた。
「味見してみますか?」
「いいの?」
声を弾ませた私に、花さんは返事の代わりに里いもの煮物を皿にのせて差し出してくれた。
「熱いから気をつけてくださいね」
「はーい」
里いもをお箸で割ると、ホワッと新しい湯気が上がった。味がよく染みているのが分かる断面。そうっと一口かじる。醤油のいい香り。舌に触れる熱と里いもの甘み。
「おいしー……」
「よかったです」
私の言葉に相槌を打ちながらも、てきぱきと手を動かす割烹着姿の花さん。彼女は出張料理サービス『てるてるごはん』の料理人、盛山花さんだ。夫婦で経営しており、うちには定期的に作り置き料理を作ってもらいに来ている。
「花さんのごはん、本当においしくって。もう花さんなしじゃ生きられないよぉ!」
「そう言っていただけると作り甲斐もあります」
花さんが来るときは冷蔵庫を食材でパンパンにしておく。その中から、栄養バランスを考えて料理を7品ほど作ってくれる。それで毎回、15,000円ほど。材料費をプラスしたらもう少しかかっていることになる。それが相場として安いのか高いのかわからないけど、私がその金額を出すのが無駄ではないと思っているので構わない。花さんの作り置きがあればその期間は充実した期間が過ごせるのだから。
「そうだ。この前、外山さんから話を聞いて依頼してくださったという方がいたんです。宣伝、ありがとうございます」
「へへへ。だって花さんのごはん、もっとたくさんの人に食べてほしいから。あっ、でも忙しくなったら、予約取りにくくなる? それは困るな……」
「外山さんは昔からのお客様ですから。どうにかして時間を作ってお伺いさせていただきますよ」
「やーん、もう花さん大好き!」
笑顔がかわいくて、人当たりが良くて、料理ができて。こんな人と結婚できるなんて羨ましい。うちの夫だってきっとそういうだろう。
……いや、言わないかな。あまりおいしくない私の料理も、夫は文句も言わずに食べてくれるし。でも、花さんの料理のほうがいつもより白米は進んでいた気がする。わかる。花さんの料理は白米が食べたくなる。あと日本酒も進む。
それでも、花さんの料理のほうがおいしい、って言わないでいてくれたのは夫の優しさかもしれない。
「今回は、こんなものでしょうか」
ズラリと並んだ料理の数々。
「じゃあ順に説明していきますね」
そう言って、花さんが今日作った料理と、保存方法を話し始める。
里いもとイカの煮物。大根の漬物。下味をつけた冷凍保存用の鶏肉。豚の角煮。土鍋の中には五目炊き込みごはん。お味噌汁用に出汁もとっておいてくれている。
「炊き込みごはんは、今日食べたら残りはラップで包んで冷凍しておけば、数日もちます。あとポテトサラダですね。……里いももあるのに、よかったんですか?」
「うん、ポテトサラダは夫が好きだから。リクエストしちゃってごめんね」
「いえ。……今回だけは」
『てるてるごはん』は客からのリクエストを受け付けない。でも、こちらが食べたい、必要としている料理を作ってくれるから不思議だ。
でも、今回はどうしてもポテトサラダだけは作ってほしかった。
「なんでだろ、見様見真似で作ってみたけど、花さんの味と同じ味には作れないんだよねぇ。何か裏技でもあるの?」
「もしかしたら、砂糖ですかね?」
「砂糖!? ポテサラに!?」
「砂糖を入れることで、味に深みを出してくれるんですよ」
「へえ、知らなかったな」
「よかったら、ポテトサラダはレシピをお送りしましょうか?」
「えっ、いいの? そんな、『てるてるごはん』の秘伝のレシピを……」
「……門外不出なんですが……今回ばかりは特別です」
花さんは大真面目に言ったあと、ふふっ、と頬音で割烹着を脱いだ。
「では、いつもどおり、冷めたら冷蔵庫、もしくは冷凍庫に入れてくださいね」
「ありがとう」
穏やかな物腰と比べて、花さんの動きはいつもてきぱきしている。料理の支度も早いけれど、帰る支度も早い。でも、今日の花さんはいつもより少しだけのんびりしている気がした。玄関まで行くと、私のほうを見て、何か言いたげに口を動かした。
「どうしたの?」
「いえ、その……」
花さんは迷ったように視線を動かしたあと、一度、きゅっと口を閉じた。それから……。
「もしよかったら、今度一緒に夕飯を食べませんか?」
予想外の提案に、私は目を瞬かせる。
「私と? 花さんが?」
「……はい」
ただ食事に誘ってくれただけなのに、妙に思い詰めたような表情。この言葉を発するのに勇気が必要だったのかもしれない。
そして、彼女がどうしてこんな提案をしてくれたのか。その理由もすぐに思い当たり、嬉しいような申し訳ないような、複雑な気持ちになる。
「じゃあ、そのときは一緒に夕飯作らない? 鍋とかも良いよね」
「そうですね。じゃあ、少し寒くなり始めたころにでも」
「うん、約束ね」
私が笑顔で頷くと、花さんはどこかホッとしたように微笑んだ。
「ではまた。次のご予約もお待ちしております」
「うん。気をつけて帰ってね」
「ありがとうございます」
花さんを見送ったあと、ホッと息をつく。
ぐう、とおなかが鳴った。ポテサラが食べたい。そう思った私は、お皿を取り出し、2人分のポテサラを盛り付けた。ついでに冷蔵庫からビールも出す。
ゆっくりとリビングのテーブルにつく。いつも2人で囲んだ食卓。最近はずっとひとりだ。
グラスにビールを注いで、「乾杯」と目の前に置いたグラスと触れ合わせた。少しだけ、グラスの中でビールが揺れた。
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