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【小説】誠樹ナオ「第一王女は婚活で真実の愛を見つけたい」第6話(前編)

自分の担当のことだけに話が終始し、疎外感を感じて部屋を退出しようとした時──
「ああ、レティ」
お父様に声をかけられて、立ち止まる。
「はい?」
「初等教育の意義については、内外に重要性を見せる必要があると思う」
「おっしゃる通りだと思いますわ」
「近く、トゥワイルから視察団が来る」
トゥワイルはお母様の母国であり、お父様との政略結婚によって平和を取り戻したかつての敵国だ。表向きの関係性は保たれているけれど、特にお母様が亡くなってからの両国は微妙な緊張関係の上にいる。
「トゥワイルから……」
外交関係を確認し、悪化させないための大切な視察なのだということは私にも分かった。

「視察のコースに初等学校を入れておいた」
「本当ですか!」
外交のコースに入るということは、それだけ国が初等教育を大切だと考えているアピールになるはずだ。
「案内はレティに任せる」
「お父様、ありがとう……!」
お父様が私に花を持たせようとしてくれているのは、仏頂面からでも分かる。
「その代わり……」

「はいはい、分かってます。婚活も頑張ります」
「いや、そうなんだが、それだけじゃなくて……」
「こうしちゃいられないわ!案内のコースを決めなくちゃ。それに、案内役の教師や生徒も人選して……」
「だから、レティ……」
「お父様、またね〜」
「おおーい……」
背後で何か言いかけているお父様を置いて、私はウキウキと準備のために私室に戻った。

──

視察団来訪の半月余りは婚活もストップとなるはずだ。準備期間も入れると、ひと月ほどになるかしら。しばらくアスランの顔を見ることもなくさっぱりしたような、寂しいような気持ちでいたのに──

「なんでここにいるのよ……」

歓迎の儀式を様々に執り行い、私の出番が来てみれば、見慣れた初等学校の門扉にはなぜか黒ずくめのアスランがいた。
「なんでとはご挨拶ですね」
「だって外交団の視察の場よ?」
「王命により、レティシア様をサポートするようにと」
「えええ」
アスランは顔色ひとつ変えずに、私に向かって口元だけで微笑んだ。
「なにせ視察が終わるまで暇ですから」
「……」
しばらく婚活がお休みになって、私が喜んでいるのを察しているわね。

ボソボソと口元だけで会話をしながら先導していると──

「ここでのクラス分けは、本当に身分関係なく行われているのだね」

突然、甘さを含んだ声が耳をくすぐった。

妙に色っぽい声音にどきりとしながら顔を上げれば、思いのほか間近にトゥワイル視察団代表の顔があった。ゆるく巻いて肩から胸元へとこぼれ落ちてくる赤褐色の髪は、陽に透けてとても艶やかだ。私の黒髪も、艶では彼に及ばないかもしれない。氷のように整ったアスランとは異なる柔和な表情が彼の中で溶け合っている。
「……おっしゃる通りですわ」
彼は第三王子カイストゥル・ゼヴィア・トゥワイル殿下。これが実質的には外交デビューになるらしい。もの慣れてはいないけれど、好奇心旺盛にいろいろ質問をしてくる姿勢には好感が持てた。

「従来、身分によって異なる教育施設を設けていましたが、初等教育を義務化して、どの身分の子女でも等しく教育を受けられるようにしました」
「素晴らしい」
カイストゥル王子は廊下から、室内を覗き込んでいる。
「クラス分けは年齢を基に?」
「いえ、そうはいっても家庭環境で素地にだいぶ差がありますので。基礎課程は一緒ですが、彼らの実力に合わせたクラス分けというのが本当のところですわ」
「では上級レベルになると、貴族ばかりということも?」
「あり得ますが、彼らの興味に合わせた課程別のクラスを用意することで……」
思いのほか話が弾む。

次に私が彼を案内したのは、地下の農業場だった。
「あー、レティ王女様!」
折に触れて足を運んで仲良くなった子どもたちが、すぐに私たちに駆け寄ってくる。
「レティ様、こんにちは」
「こんにちは」
光源で照らした空間は明るく、生徒たちが日々清掃に努めていて、広々とした気持ちの良い空間にたくさんの作物の葉が揺れている。
「マイア、ティム、お客さまに新しい農場を見せてさしあげてね」
「「はーい!」」
「素敵な農場だね」
カイストゥル王子は、目を輝かせて場内を見回している。

「地下から水を引いて、人工の光で作物ができるんです」
マイアは爵位をお金で買った豪農の娘だ。下級貴族には連なるけれど、今でも家の生業である農業を真剣に学んでいる。ティムは貧農の長男坊で、学ぶ姿勢は他に比べるべくもない。
「天候に左右されずに栽培ができるんだね。丁寧に育てているのがわかるよ」
身なりですぐにそれと分かるだろうが、カイストゥル王子は彼らに目線を合わせてニコニコと話を聞いてくれる。
「ありがとうございます!」
「これは食べ頃かな?」
「そのまま食べられます」
「どれどれ……うん、美味い」
トマトを摘んでそのまま口に運ぶ。身分だけにこだわりすぎない、開明的な人物だというアスランの情報通りで良かった。人によっては、庶民に案内をさせることに眉をひそめるだろうから。

そんな私とカイストゥル王子を、背後から観察するような視線が見つめている。
「……」
満足そうに無言で私たちを見ているのは、アスランだった。
もしかして、この視察の主旨って……

──

その夜。
予定を終えて視察団と一緒に食事をとり、自室に引き上げた私はアスランを呼びつけた。
「これって、私とカイストゥル王子のお見合いなの?」
「ご存じなかったのですか?」
やっぱり……!
「そうならそうと言ってよ」
「カルロ王に伝えてくださるようにお願いしたはずですが」
「お父様に?」
そう言えばお父様……視察団が来るって話をしていた時に、何か最後の方で言いかけていたような。

「そ、そうね、確かに聞いたような……そんな気もするわ」
咳払いをして誤魔化すと、アスランは意味ありげな視線で私の言葉を受け流した。
「方法を変えたのですよ。レティシア様は、あまり堅苦しいお見合いの場が得意ではないようなので」
「得意な人なんているの?」
「お互いの人となりが分かる場の方がよかったでしょう?」
「なるほどねー」

それで宮内担当のアスランが、外交に加わっていたのね。カイストゥル王子を有力な候補者と見て、視察の担当を私にするように進言したのも彼かもしれない。
「ご不満でしたか」
「いいえ」
初等教育の位置付けを引き上げようというのも、私に対する方便なのかな。私の政策にそれなりの価値があると評価されたんだと思っていたから、するっと気分が落ち込んでいく。

「言っておきますが、初等教育の位置づけを高めるという意図も、レティシア様が貢献しているということも、口実などではありませんよ」

「え」

私の気持ちを見透かしたかのように、アスランが淡々と言い放つ。
「心配なさったのでしょう?」
「別に……そういうわけじゃないけど」
口の中だけでモゴモゴと言い訳めいたことを呟く。評価してもらえないことを拗ねているようで、恥ずかしいじゃない。
「レティシア様は……存外、自己評価が低いのですね」
アスランがふっと目を細める。はっきり笑ったとわかることはあまりないんだけど、最近はちょくちょく見る気がする。

この表情の彼は嫌いじゃない。

「ただの方便で、重要な視察団に紹介するはずがないでしょう」
「それもそうね」
落ち込んでいた気持ちはたちまち浮上する。ああ、私ってなんて単純なのかしら。「今日はなかなかお互いに好感触だったのではないですか」

それは事実だったので頷いた。
夕食の時には、トゥワイルでの教育政策について意見交換もできたし、話が弾んだおかげで家族や趣味の話まで和やかに会食を進めることができた。
「視察日程には観劇や舞踏会も予定されていますので、どうぞ楽しんでいらしてください」

この口ぶりだと、アスランはもう同行しないのかしら。

「明日以降は来ないの?」
「私が、ですか?」
思ってもみなかったことのように、アスランが立ち止まって目を瞬かせた。
「カイストゥル王子との出会いはセッティングしましたし、好感触のようでしたから。むしろいない方がいいのではないかと思ったのですが」
「そう、ね」
「不安ですか?」

そう聞かれると、すっごくアスランにいてほしいみたいで恥ずかしくなる。でも──

「今までが今までだったから」

アスランの『甘え方がわからない』という言葉を思い出して、私は素直に今の気持ちを伝えることができた。
「また失敗するんじゃないかって不安だわ。今回はトゥワイルとの関係性も絡んでいるし、少なくとも人間関係を悪くはしたくないの」
「分かりました」
アスランは驚きつつも、すぐに頷いてくれる。
「できる限り同行させていただきます」
「ありがとう」
「それが私の仕事ですから」

仕事かあ……

後編に続く

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