柳田知雪『たい焼き屋のベテランバイト』最終話 ベテランバイトは神様です 後編
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最終話 ベテランバイトは神様です 後編
「さぁ、開演だ」
宇迦さんの声に、真昼くんがテント内の音響設備から曲を流し始める。曲が流れ始めてからは、舞台周りの観客が声を潜める雰囲気が伝わってきた。
羽鳥くんの操る龍に、宇迦さんの語り部。やがて、自分の番がやってくる。
「行ってらっしゃい」
真昼くんの激励を含んだ声が私の背中を押す。舞台へ続く階段を上っていき、セットの中へと飛び込んだ。
みすずさんは龍に怯えて転んだ語り部の元へと駆け寄っていく。駆け寄って、最初の台詞だ。私の台詞は……
その時、観客の中から頭ひとつ飛び出た和泉さんの顔が見えた。いや、見えてしまった。
向こうも驚いているが、冷静になれば私だって今の状況は信じられないだろう。和泉さんなら、宇迦さんのことだって見れば分かるはず。というか、自分の伝説を元にした舞台って最初に聞いた時は興味なさそうだったのに、ひとりで見に来てることにも驚いた。
そうして、一瞬にして様々な思考が駆け抜けていった。その言葉の濁流に、言うべきはずの台詞が埋もれてしまう。こちらに向けられるたくさんの目に頭が、真っ白になる……──
「覚悟を決めたんだよね? “みすずさま”」
「!」
私に身体を支えられていた語り部である宇迦さんが、ふわりと手で弧を描く。その動きに合わせるように霧が現れ、それはあっという間に舞台上に広がり、やがて周りの観客までも包んでいった。立ち込めた霧は色を持ち、演じている当時の時代の背景へと周囲の光景を変えていく。
「狐は、化かすのが得意なんだ」
私にだけ聞こえるように、宇迦さんは囁いた。
「なにこれ、すごい!」
「演出凝ってんじゃん! プロジェクションなんとかってやつ!?」
観客は演出として受け取っているようで、私が言葉に詰まったことなど気にも留めていない。観客の興奮が冷めやらぬうちに、私はようやく掘り起こした言葉を口にした。
「『私の巫女としての力を使えば、あの龍を退治することも可能でしょう』」
私の周りを漂ってきた霧が、ふわりと形を変え狐の姿を象る。その緋色の毛並みと、普通の狐にはない紋章は、おそらく式神である宇迦さんの本来の姿だった。そっと霧の狐を撫でると、狐は応えるように尻尾を揺らす。
せっかく宇迦さんが用意してくれた最高の舞台装置。無駄にするわけにはいかない。
「『私が生贄のふりをして、龍の懐に潜り込みます』」
「『待ちなさい、みすず!』」
「『今こそ、故郷への恩を返す時なのです』」
そこからは、本当にみすずさんの人生を追体験しているような心地だった。宇迦さんの術でただの張りぼてだった龍は瑞々しい鱗を持った龍へと変わり、襲ってくる猪川さん演じる雷神からは本物の稲妻のような閃光がバチバチと辺りに走った。
雷光を纏った矛は龍神を切り裂き、龍神から流れた血は川を作る。霧にできた川が観客の上をさらさらと流れていき、夢見心地で観客たちは小さな歓声を上げた。
「『裂けた身体は巨大な石となり、その石をご神体として、龍神の怒りを鎮めようと三つの社が建てられました。そのひとつが……』」
語り部による締めの台詞。しかし、言葉はふいに途切れる。
「どうしたの……」
「牛尾もまさか、無理してたんじゃ……」
舞台袖で一緒に見守っていた真昼くんがぼそりと呟き、改めて宇迦さんを見遣った。
舞台袖から見る宇迦さんの顔からは血の気が失せ、真っ青だ。胸を抑える手は青白く、立っていることさえ苦しそうに見える。
その時、時間がないと言っていた宇迦さんの言葉が蘇った。
──……僕も元はただの式神なんだよ。今はまだ、みすずさまが残してくれた霊力と、みすずさまの家族が作ってくれた祠への信仰で身体を保てているけど。それもぎりぎりなんだよ。
これだけの人に幻覚を見せ続けるために、どれだけの力を要したのだろう。ぎりぎりだと言っていた状態で、それは彼にどれだけの負荷をかけたのか。
「……っ!」
アドリブでも何でもいい。とにかく、ここまでもたせた宇迦さんの舞台をどうにか終わらせなければ。それはきっと、和泉さんの信仰へと繋がる、と信じているのだから。
舞台へと駆けあがり、彼の横へと並び立つ。後ろから支えるように身体を掴めば、はっとしたように残り火のような心許ない宇迦さんの瞳が私を見上げた。
観客の上で揺蕩う川はぐにゃりとひしゃげ、今にも消えかけている。しかし、死んだはずのみすずさんが出てきて、観客は川よりも私へと視線を向けていた。
「『彼は、私との約束なんて関係ないのかもしれない』」
これは舞台だ。死んだ人が喋ったって、それは演出として魅せられるはず。
「『でも、まだ彼はここにいる。ずっとずっと、川が埋められてどれだけ姿が変わろうと、このたちばなの街で彼は好きに生きている。気まぐれにこの街と人を愛してる』」
金のため、と言いながら和泉さんは一度たい焼きを買いにきてくれたお客さんのことは忘れない。そんな彼が、これからも好きに生きていけるように……
「『どうか、見えなくなっても忘れないでほしい。この街で生きた私たちを』」
「君……」
宇迦さんは、ひどく尊いものを見るように私を見つめた。見開いた瞳いっぱいに私を映しだし、じわりとその輪郭が霞んでいく。
その瞬間、風が渦のようになって辺りに吹き荒れた。宇迦さんの霧は吹き飛ばされ、集まった観客からは小さな悲鳴が漏れる。宇迦さんとその場にしがみつく間もなく、風によって宙へと舞い上げられた。
次に目を開いた時には自分が一瞬どこにいるのか分からず、必死に辺りへと視線を彷徨わせる。
手が届きそうな距離にある雲。はるか眼下に見えるたちばな商店街の街並み。そして自分が乗っているそれは、黒い鱗が連なるまさに龍だった。蛇のように身体をうねらせながら優雅に空を飛んでいく姿は、まさに宇迦さんの幻覚で見た龍の姿だった。
「え、えぇぇーーっ!!??」
「騒ぐな! 鬱陶しい」
「い、和泉さん、なんですか……?」
少しだけ声は低く感じるものの、その口調は確かに和泉さんのものだ。
「この姿、何年ぶりかな。久しぶりに見たよ」
隣にいた宇迦さんは、いつの間にか本来の姿に戻っている。そして、懐かしそうに鱗を撫でた。
「宇迦さん!? あれ、じゃあ牛尾くんの身体は……?」
「さっきの風で引き剥がされちゃってね。多分、舞台の上で寝てるんじゃないかな」
「おい、お前ら……人の上で好き勝手くっちゃべってるんじゃねーぞ」
不機嫌そうな和泉さんの声が響く。彼の身体に乗っているせいか、その声は身体全体に響いてくるようだった。
「言いたいことは山ほどあるが、お前ら本当に分かってねー!」
「え?」
予想外の第一声にぽかんと口を開け、うねる身体の先にある角の生えた頭を見遣る。わずかに首を捻って振り返った彼は、黄金に輝く瞳でギロリとこちらを睨んだ。巨大な瞳に、蛇に睨まれた蛙よろしく竦み上がってしまう。
「宇迦も孫もみすずも、俺のこと見くびってんだろ! 俺はそんなにやわじゃねーんだよ!」
和泉さんの言い方が拗ねた子供のように聞こえたからかもしれない。睨んでくる視線に少し可愛げを感じて、固まった肩から力が抜ける。
「雷神にだってな、ちょっと斬られたくらいで俺は死なねーってのにみすずは庇うし、わざわざ宇迦が出しゃばらなくても、伝承は所詮伝承なんだよ。あってよーが間違ってよーが俺としてはどーでもいいんだ。それに孫! 『忘れないで』、だ? この! 俺を! 忘れさせるわけねーだろうが!」
「えぇ……」
実際、社は路地裏で小さく佇み人々の目に入らないものへとなっているのに、その自信はどこから来るのだろう。しかし、そう言われるだろうとも予想していたから、つい同じことを考えていたらしい宇迦さんと目があってくすくすと笑い合ってしまう。
「何笑ってんだよ! ……まぁでも、久々にこの姿になれたのはお前たちのおかげかもな」
ぼそりと呟くような声は、風の音で掻き消されそうになりながらも確かに耳に届いた。そして、私たちから視線を外した和泉さんは、身体をうねらせながら高度を下げていき、やがて緑に囲まれ、細い渓流が流れるその場所へと降りていく。
上から見ている時には分からなかったが、宇迦さんと共にその場所に降ろされてようやく気付く。その場所には見覚えがあった。幼い頃に祖父と釣りに来た、あの渓流。つまり祖父母が住んでいた家の近くの森だった。
「どうしてここに……」
「ここはお前たちの言うすずかり川の上流。俺の社のひとつがあった場所で、宇迦の祠がこれだ」
いつの間にか人の姿に戻った和泉さんの視線を追うと、川のほとりに小さな屋根のついた祠があった。その中に、手の平サイズの狐の石像がちょこんと佇んでいる。その狐の額にある紋章は、劇の最中に見た宇迦さんと思われる狐のそれと似ていた。
「じゃあ、牛尾くんが龍神を見た場所って……」
視線を上げれば、『すずかりゴルフ場』の看板が立っている。祖母がまだ生きていた頃にこんな看板はなかったことを思うと、ここ十数年の間にできたのかもしれない。牛尾くんの話や伝承から考えると、和泉さんの社はゴルフ場の建設の際に取り壊されてしまったのだろうか。
「あ……」
まだこの近くに社があった頃、祖父との釣り対決に夢中で迷子になってしまったことがあった。同じ場所に来てみて、ようやくうやむやだった記憶が鮮明に思い出されてくる。
渓流をずっと登っていった先で、私は森の中で佇むその人と出会ったのだ。迷子になって不安に泣く私を慰めてくれたのは……
「宇迦さん……」
祠の前で蹲る宇迦さんを見て、はっとする。その身体は、火の粉が空に昇っていくかのように宇迦さんの身体を構成する粒子のようなものが、ふわりふわりと宙に溶けていた。
「宇迦さん!? 身体が消えて……」
「今日、あれだけ派手に姿を見せたんだから、これでしばらくは和泉も安泰だね」
ふっと儚げに笑う宇迦さんは、透けていくその姿にも満足そうだった。
「お前まで俺を置いていく気かよ。ってか、お前がいないと高級たい焼きに使う小豆の仕入れが面倒になんだろ。勝手に消えようとするんじゃねー」
「ふふっ、すっかりたい焼き屋の一員だね。でも、全てはいつか消えてしまうものなんだよ。ずっと分かっていただろう?」
気付けば、どんどん薄れていく宇迦さんの肩を掴んでいた。どこか投げやりなその言葉が、自分を軽んじるような発言が、胸を搔き乱したから。
「人には消えるな、って言っておきながら自分は消えるなんて……そんなの勝手です、ずるいですよ……」
「勝手、か……和泉ほどではないと思うんだけどなぁ」
口から零れる声に力はない。タイムリミットが近付いていることが分かって、どうにか彼の存在をそこに押し留められないかと、肩を掴む手に力を込めた。
「牛尾くんが和泉さんの社を見る瞬間を確認しなくていいんですか? きっと今頃、本物の龍神さまが現れたって商店街は大騒ぎですよ? これから和泉さんへの信仰が戻ってくるかもしれないのに、それをみすずさんの代わりに見届けなくていいんですか?」
「まったく君は……ただの式神に求めすぎだよ」
ふっと笑って私の頭に手を乗せる。やんわりと髪の毛を滑っていく手は、やはり優しかった。その手の感触をずっと昔から知っていたのだと、やっと思い出したというのに。
「宇迦さん、消えないでください……また、たい焼きの試食してほしいんです。それでいつか、和泉さんが作るたい焼きも一緒に食べましょうよ」
優しい手に撫でられると、息を引き取る直前に見た祖母の笑みを思い出してしまう。そんな私の思考を掻き消すように、和泉さんは強い口調で言い放つ。
「方法が残ってるのに、簡単に諦めようとするのが気に食わねー!」
和泉さんは祠の中で佇む狐の石像を手に取った。何をするのかと思えば、それをごくりと吞み込んでしまう。
「えっ……」
呆然としていると、目の前の宇迦さんにゆっくりと実体が戻ってくる。宇迦さんも目をぱちくりとさせながら、和泉さんを見上げていた。
「和泉、まさか……」
「あぁ、これでお前は俺の所有物だ。霊力は俺から補充されるから、俺が生きてる限り、お前も死なねーってことだな」
ニヤリと微笑む和泉さんに、宇迦さんは開きっぱなしだった口を手で抑えると、くつくつと喉で笑いだす。やがて堪えきれなくなったのか、吹き出すように笑い始めた。
「あははっ! 馬鹿じゃないの! そんなの、和泉の負荷が増えるだけなのに!」
「だから、俺を侮るなよ? お前の分くらい、俺が背負ってやるっての」
目の前で何が起こったのか、ついていけてないのは私だけのようだった。首を傾げ続けていると、和泉さんは自慢げに胸を張る。
「要するに、今から宇迦は俺の召使いってわけだ!」
「式神から神使に格上げってところかな。まぁ、和泉が一方的に結んだ契約だから、そう簡単に言うことは聞かないけど」
『シンシ』……という言葉の脳内で復唱して、ようやく神の使い。として変換される。
「えっと、とりあえず安心していいってことですか?」
「だな。ついでに朗報だ、孫」
「朗報?」
トン、と和泉さんが私の額を指差す。
「え? な、何してるんですか?」
和泉さんの指が押し付けられたそこが、お灸でも置かれたようにじわりと熱を増していく。逃げようにも身体が動かない。指を静かに離しながら、和泉さんは尊大に言い放つ。
「お前を、土地神代理に任命する!」
「は、……はぁ!?」
店長代理なんて、めじゃないほどの肩書きを突然言い渡される。驚きすぎて腹の底から声を出してしまうが、目の前の和泉さんはケラケラと笑うだけだった。
「あの劇からずっと身体が軽くてな! 今ならどんな術でも使えそうだし、菓子探しの旅に出るなら今しかねーと思ってさ。だから、俺がいない間の土地神代理をお前に任せる! 大丈夫、宇迦に聞けば大抵分かるし」
「いや、そういう問題ではないです……! っていうか、どうして宇迦さんの名前がここで出るんですか?」
すっかり元気を取り戻したらしい宇迦さんに視線を移すと、彼はくすくすと笑みを浮かべる。
「君が土地神代理になるなら、僕が仕える相手は君になってしまうからね。つまりは、君が僕のご主人様ってわけだ」
「ごしゅ、じん……?」
何もかもが突然すぎて、何からつっこめばいいものか分からない。ただ、とんでもない無茶ぶりをされていることだけは分かる。
土地神って結局何をすればいいのやらだし、急に今日旅に出ると言われても、こちらは何の心構えもできていない。確かに、こちょうという帰る場所であろうとは決めていたけれど……
「……何を言っても、和泉さんは行っちゃうんですよね」
「まぁな」
そうだ。それでこそ、和泉さんだ。
「分かりました。帰ってきた時、どんなたい焼きを作ってくれるのか楽しみにしてます」
「おう!」
私の返事を聞いて満足したのか、和泉さんの周りをまた竜巻のように風が吹き付けてくる。薄い色のサングラスを外した彼は、ひょいとそれを私に投げて寄越した。
「ありがとな、結貴」
「……!」
風で木の葉を巻き上げて、黒い龍が空へと駆けのぼっていく。どんどん遠くなっていったその影は、やがて夜空に溶け込んで見えなくなってしまった。
「本当に、行っちゃった……」
祖父以上に、代理としての引継ぎなんてほとんどないまま。
「和泉は、昔からそう。みすずさまとの結婚も半ば押し切る感じだったし、最初はそういうところが嫌いだったんだけどね」
「今も嫌いですか?」
「うーん……ちょっとだけ」
「同感です」
そして私たちはまたくすくすと笑った。
「さて、これからどうしようか? 土地神代理」
私よりも和泉さんの勝手に慣れているらしい宇迦さんの切り替えは早かった。髪の毛の先を篝火のように揺らして、綺麗に微笑む。
「とりあえず、どうにかたちばな商店街に帰らないと、ですね……」
舞台衣装のまま、こんな辺鄙な森の奥へと飛ばされてきてしまった。私も龍の姿になって飛んでいければいいのだが、さすがにそれは叶わないのだった。
それから数日して、ようやく祖父が退院した。ヤムヤミーを正式に退社し、こちょうを継ぐことを許してもらえるよう説得の言葉をいろいろと考えていたのだが……
「おー! 和泉の代わりに結貴が来てくれるなら、儂もデートの時間が増えて助かる!」
「元気だねぇ……」
「ま、店長代理ではなくなるから、しばらくはバイトじゃな」
「え、正社員じゃなく?」
「バイトはバイトでもベテランバイトじゃ。響きがカッコイイじゃろ? それにうち、バイトも正社員も待遇に差はないからの」
そういうわけで、私は代理店長の任を解かれ、土地神代理兼ベテランバイトという新たな肩書きを得たのだった。
とは言っても、やることはそれほど変わらない。土地神としての仕事は、社や賽銭箱の掃除くらいだ。今はそれくらいで大丈夫、と宇迦さんは言ってくれる。
ただ、思った以上に祖父がデートへと日夜繰り出していくので、和泉さんがいないお店での私の忙しさは増した。
「結貴さん、またたい焼き四つ注文入ったよー」
「分かりました!」
祖父がいない間は、宇迦さんが手伝ってくれるようになった。たい焼きを私が焼き、宇迦さんが会計やら受け渡し役をやってくれている。宇迦さんの物腰柔らかな雰囲気と儚げな美貌が女性に受け、今ではすっかり看板店員となっていた。
そして本人曰く、
「今までは実体化すると余計な力が必要だからやらなかったけど、和泉があれだけ豪語してたんだし、好きに霊力使わせてもらってもいいよね」
と、何やら吹っ切れたようだった。勝手な和泉さんに、自身も好きに生きようと決めたのかもしれない。そしてそれが、宇迦さんなりの和泉さんへの信頼の形のように思えた。
店先の鳥居と共にある賽銭箱や店の裏にある社には、和泉さんが祭りで姿を見せたからか、商店街の内外から参拝者が増えた。
見つけにくすぎる神社、としても一部の界隈で話題になっているらしい。牛尾くんなんて、しょっちゅう大学帰りに寄っているようだ。時折、地域伝承研究部のみんなでやってくることもあって、練習の時からあの演劇には不思議な経験をたくさんさせてもらった、とより研究に力を入れているらしい。
「そっちの旅はどうですか、和泉さん」
社の前での会話は和泉さんに届くと言っていた。土地神代理の力を授かってからは、私にも参拝に来る人の声が聞こえるようになってしまった。最初に聞こえた時はホラー現象か何かかと思ったが、宇迦さんに説明されて少しずつ慣れてきた。
喋りかけてはみるものの、社はただの送信機であるらしく、和泉さんからの声が返ってくることはない。分かっているけれど、社の掃除をしながら声をかけるのが癖のようになっていた。
「お菓子の食べ過ぎでお腹壊さないでくださいよ。慌てなくても、ちゃんと待ってますから。いっぱい研究してきてください」
ぶわりと路地裏に風が吹き込んでくる。
最初、随分と寂し気に見えた小さな社。しかし今では、壁に埋め込まれても存在し続ける様子が、自分らしく強く生き続ける和泉さんを象徴しているようで、どこか誇らしい。
「よし!」
綺麗に拭き終えた社はピカピカと輝き、自慢げな和泉さんの顔が脳裏を過る。それを確認して、私は今日も和泉さん仕込みのたい焼きを焼くのだった。
了
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こちらにて、アルファポリスさまの第5回キャラ文芸賞に新たな書き下ろしを加えて参加しておりますので、引き続き応援のほど、よろしくお願いいたします!
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