文学フリマ特別号・ふくだりょうこ『うずくまる隣人』
11月23日開催予定の文学フリマに再び
Sugomori文芸誌として出店いたします!
そこで今月号も、文フリにて刊行する小説を無料公開でチラ見せ!
各作家が【隣人】をテーマに執筆いたします。
文芸誌には他にも、作家たちによる企画ものなど掲載予定です。
詳細はまた後日お知らせいたしますので、ぜひお楽しみに!
集合住宅の3階。階段を上って一番奥の部屋が私の住まいだ。内見をしたときに、母が「この場所だと泥棒に襲われたときにエレベーターが遠くて逃げきれないかもしれない」と深刻そうに言っていた。母はその前日にコナンを見ていた。「逃げるときはエレベーターじゃなくて階段を使いなさい」とアドバイスしてくれたけれど、幸いそのアドバイスを活かす機会は、いまのところない。今日までは。
帰宅すると、隣の部屋の前に人が座っていた。顔は見たことがある。隣人だろう。
時間は二十三時を少し回ったところ。なぜ自分の家の前で座っているのか。それも膝を抱えて。問題は、隣人の前を通らないと自分の部屋に入れないということだ。
気づかないフリをして通り過ぎるか。いやいや、気づかないフリをするには廊下が狭い。絶対に膝を抱えた隣人を避けなければならない。避けておきながら「気が付きませんでした」とは言いづらい。
何食わぬ顔して「こんばんは~」と言ってみるか。普通に「こんばんは」と返されれば問題はない。しかし、膝を抱えている理由を話し出されたら面倒だ。なにせ疲れている。話を聞く気力がない。いや、あの状況で「こんばんは」と返されても怖い。なぜ自分の部屋の前で膝を抱えているのか気になって眠れなくなりそうだ。
仕方がない。
意を決して、自分の部屋に向かって歩き出す。「こんばんは。どうかしたんですか」と聞こう。「こんばんは。廊下の座り心地を確かめていたんです」と言われたら、「そうですか、全力疾走したあとに冷たい場所に座るとよくないらしいですよ。痔になるらしいんです。小学校の担任から教わりました」とアドバイスしてあげよう。
「こん、」
「ああ、お隣さん! よかった!」
「こんばんは」は言わせてもらえなかった。私が悩んでいた時間を返してほしい。
「どうしたんですか、そんなところに蹲って。部屋に入らないのですか」
「それが……鍵を職場に忘れてきてしまいまして」
「なるほど。入りたくても入れない?」
「大家さんに電話をしたんですけど、出てくださらなくて」
なるほど、大家さんは高齢だ。以前、一度話をしたときに20時には布団に入っていると言っていた。問題を起こすなら19時半までにしてくれ、とも。
「大家さんは、早寝早起きの習慣がついている人ですから。明日の朝にならないと電話はつながらないかもしれないですね」
「そんなぁ……」
隣人が情けない声をあげる。
情けない声をあげたいのは私も一緒だ。早く帰りたい。あとトイレに行きたい。駅で行きたかったけれど、家まで十分程度だからと我慢して帰ってきたのだ。
「朝まで、どこかで時間をつぶすしかないのでは? カラオケボックスとか、居酒屋とか」
「今日は、財布を忘れて家を出てしまったんです」
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