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お金、人の目、モチベーション

人はなぜ「正しい」ことをするのでしょうか?自分の倫理観に従っているから・褒められたいから・報酬がもらえるからと、状況によって様々な理由が考えられますよね。こうしたあらゆるモチベーションがせめぎあい、時には反発しあう中で、最終的に人は自分の行動の方向性を決めていると考えられています。今回は「周りによく思われたい」と「お金がほしい」という、二つの異なるモチベーションの関係性についての研究を紹介します。

キーテーマ

動機付け・モチベーション・周囲の影響

主題・結論

あるタスクを金銭的な動機付けで促そうとする場合、その動機付けはプライベートな環境(対象者が周囲に見られていないと思い込んでいる)においてより強い効果を発揮する。

タスクが一般的に肯定的に捉えられているものの場合(人助け等)、金銭的なタスクは公共の環境(対象者が周囲に見られていると感じている)においてはむしろマイナスに働く。

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→外発的モチベーション(extrinsic motivation、ここでいう金銭的動機)と自意識的モチベーションが(image motivation、他人に良く思われたいと思う動機)せめぎあう中で、タスクへの積極性が左右される。

例:
ここは車通りの多い横断歩道の前。あなたが息子(10才)と手をつないで横断歩道を渡ろうとしていると、横で重い荷物を持ったおばあちゃんが歩いている様子に息子が気づいたようです。おばあちゃんの荷物を持ってあげるよう息子に促すにはどうすれば効果的でしょうか?

ケース1:周りに誰もいない場合
①「100円お駄賃をあげるから、おばあちゃんの荷物を持ってあげなさい」
→有効な声掛け。金銭的動機がプラスに働くと予想される。

ケース2:息子が片想いしている近所のきれいなお姉さんが近くに立っている場合
②「お姉さんが見てるよ!格好いいところみせたら?」
→有効な声がけ。お姉さんによく見られたいという、自意識的モチベーションがプラスに働くと予想される。

③「お姉さんが見てるよ!100円お駄賃をあげるから、格好いいところ見せたら?」(お姉さんはこの声掛けを聞こえるものとします)
→あまり有効でない声掛け。金銭的な動機付けにより、自意識的モチベーションがむしろ下がってしまうと予想される。お姉さんに良く思われたい、という動機付けの魅力がお駄賃によって弱まってしまう。

実験デザイン

*読みやすいように要約しています。

161人の大学生を対象に、募金に関する実験を行った。生徒には簡単なタスクをこなすと、その達成度合いに応じてある団体(後述)に実験運営から募金が行われるという説明がされた。

比較のために、160人の母集団を3つの条件に沿って8つのグループ(2×2×2)に分けた。

条件1:募金の対象
A. 大学生コミュニティ内で「良い」とされている団体(赤十字)が募金の対象であると説明される。
B. 大学生コミュニティ内で「悪い」とされている団体(全米ライフル協会)が募金の対象であると説明される。

条件2:金銭的動機付け
1. タスクの達成度合いに応じて、大学生本人にも募金額と同額の金銭的報酬があると伝えられる。
2. 特に何も説明を受けない(大学生本人に対しての金銭的動機付けはない)

条件3:公共性
a. 実験終了後、自身に割り振られた団体がどちらだったか、自身に金銭的報酬があると伝えられたか、実際にどれほど募金をもたらした(報酬を受け取った)か、ということを他の実験参加者に共有する。(公共の環境)
b. 特に実験結果に関して周りに報告しない。(プライベートな環境)


結果:

A-2-aとA-2-bのグループを比較すると、A-2-aの方がタスクにてより高いパフォーマンスを示した。

→金銭的動機付けがない環境では、募金の対象が「良い」とされている場合は周囲の目はプラスに働く(自意識的モチベーションが上がる)。
金銭的動機付けは公共の環境ではほとんど効果が見られなかったが、プライベートな環境では効果が見られた。

→自身が報酬を受け取っているという事実は公共の環境においては自意識的モチベーションに対してマイナスに働く。

20220315_お金、人の目、モチベーション (2)

まとめ

金銭的動機付け(外発的モチベーション)はその人が周囲に見られているかどうかを感じているかによって効果が左右される。

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留意点

とある米国大学(プリンストン大学)の中で行われた実験のため、母集団に偏りがある可能性があります。
募金文化が強いアメリカ国内で行われた研究であり、他国では異なる結果が出る可能性があります。

エビデンスレベル:観察研究

編集後記

日本では「お金は汚いもの」という価値観が古来から存在するといわれていますが、この研究と少し近いものを感じますね。
実験だけ見るとなんてことのないような結論に思えますが、電気自動車等に対する税金優遇制度の有効性の議論にも関わってくる(元々周囲から良く思われたいと思って電気自動車を購入するような消費者が、税金優遇制度によって購入欲を妨げられてしまう)ので、意外と侮れないですね。

文責:山根 寛

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Ariely, Dan, Anat Bracha, and Stephan Meier. 2009. "Doing Good or Doing Well? Image Motivation and Monetary Incentives in Behaving Prosocially." American Economic Review, 99 (1): 544-55.
DOI: 10.1257/aer.99.1.544

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