幻灯劇場『フィストダイバー』 衣装デザイン
こんにちは!衣装デザイナーの杉山沙織です。
幻灯劇場という劇団に所属し、衣装をデザインしたりあれこれつくったりしています。現在はロンドン芸術大学で舞台衣装を学んでいます。
ここ数年、生活の拠点がロンドンだったため劇団の活動からは遠ざかっていましたが、一時帰国と公演のタイミングが重なったおかげで幻灯劇場『フィストダイバー』に衣装担当として3年振りに参加しました!
久しぶりに演劇の現場に戻ってきたこともあり、備忘録代わりに衣装について自分なりにまとめてみようと思いました。
あくまで私個人の見解・解釈であり、チラシの裏の落書きのようなものなので「へーそうなんやー」くらいの軽いノリで読んでいただければ幸いです。
※注意※
以下、作品のネタバレをたくさん含んでいます。
各自ご判断の上、お読みください。
キャラクターデザイン
今回デザインにするにあたって、共通のモチーフを持たせて世界観を表現したりビジュアルとしての統一感を見せるというよりも、それぞれテイストの違う服装で個性を強調するという方針を定めました。各登場人物たちにそれぞれ独立した生活があり、劇中で起こる出来事をきっかけに関わりが生まれ、交差していくイメージです。個性を持たせながらなるべくテイストが被らないように気を配りつつ、調和はさせる必要がありました。
脚本を初めて読んだ際に印象的だったのは日常と非日常、ユーモアとちょっとした違和感。ズレてるけどなんだか憎めない人たちでした。日常的側から非日常を描くのか、非日常側から日常を描くのかで大きくアプローチが異なります。今回は日常側から非日常を描くために、私たちが普段着ているような現代的なアイテムをわざとズレた手法で取り入れた衣装デザインをすることにしました。
無口(むくち)
フィストダイバーは痛みと記憶を失った無口が他人と出会い、影響を受けながら進んでいく物語なので、主軸となる無口さんを最初に固める必要がありました。
衣装プランを練り始めるにあたって、演出との最初の打ち合わせで出た「脱色された痛み」という言葉に着想を得て、無口さんに関してははっきりとした色を避け、彩度を低くすることにしました。例外はボクシンググローブと銃で撃たれた際の止血タオルの赤のみ。生きるための拠り所になっているものと痛みのない出血、どちらも無口を象徴するものだと感じました。
その代わり、他のキャラクターたちは比較的明るくポップなトーンで揃えることで無口を引き立たせ、色彩的にも騒音な意味でもやかましい彼らとの関わりを通して少しずつ記憶や痛みを取り戻す(=色づいていく)ような効果が出せれば面白いな〜と思いながら、デザイン案を練り始めました。
具体的なデザインを考えるにあたって、無口さんのライフスタイル、そして「殴られ屋」という存在するかどうかもわからない職業について想像を膨らませることからスタートしました。
年齢は?収入源は?好みのファッションの系統は?どんなところに住んでいて、どんな生活サイクルで暮らしている?殴られ屋をわかりやすく衣装として記号化するなら?殴られた時ってどうやって受け身を取るんだろう。そもそも殴る側は相手が派手にボロボロになった方が満足しそうだよな…、殴られ屋の商売道具って何?などなど、ところどころ演出家に確認を取りつつ、ある程度勝手にイメージを膨らませました。
最終的に、ボクサー時代の練習着をそのまま着ているプランに決定しました。
ブルゾンがボロボロになっても、新しいものを買うお金も発想もないため、その場にあったテーピングや慣れない裁縫で修繕して無理やり着続けています。
また、ブルゾンの下に襟付きのシャツを羽織っているのはコーディネートという概念がぶっ壊れてしまっていることの表れとして取り入れましたが、無口さんなりにお客様へ失礼がないよう気を遣ったのかもしれません(ふんわり)。
彩度を抑えた色使いだとどうしても少し見た目が地味になってしまうため、アクセントとしてブルゾンの編み上げと膝のサポーターを取り入れました。編み上げについてはボクシングのフェイスガードの後頭部のところにある調整用の編み上げヒモにヒントを得ました。サポーターについては本番10日前くらいに追加したのですが、西村香織(夢遊病の寝たきり熊)の癒えない銃創の表現としても機能しているようで、我ながらナイスだなぁと思っています。
ちなみに、ボツになった衣装プランは「ズタボロスーツ」でした。
殴られ屋が何を着ているかを考える中で、地面に倒れ込んだり引っ張られたりで服はボロボロになっていることは大きな要素ではありました。でも安直にボロボロの服を着させても面白くないし、逆にボロボロであっちゃいけないものってなんだろう?とブレストを繰り返す中で出てきたのがスーツでした。
衣装をデザインするにあたって、こういった固定概念やお約束をひねくれて解釈したり裏切ったりするように意識しています。もちろん演出家の要望に合わせて記号としてわかりやすいものを用意することもありますし、歴史物などの時代考証に基づいた衣装も大好きです!でも、ファッションショーで最新のコレクションを見る時のように、毎回「そうきたか!おもしれー!」と唸らせてやるぜ!という気概で臨んでいます!難しいけど!!!!!!!
綿貫絹代(わたぬききぬよ)
絹代さんに関しては動物園の飼育員というわかりやすい要素があるものの、動物園での勤務中だけでなく出勤前・退勤後のシーンもあったため、どちらでも対応できる衣装にする必要がありました。また、演出家との打ち合わせの際に「制服などの記号的な服装が、その記号性を保ったまま異なった形をしている」ことのおもしろさについての話があがったこともあり、0からデザインを立ち上げるというよりは、飼育員の制服をどのように解体し再構築するか?といった方向からアイデアを探りました。
私自身、動物園で働いていた経験があるため(飼育員ではない)、そこで飼育員として働いていた方々の服装や色合いを参考にしています。ボトムスの吊りズボンはウェーダー(水中に入っても濡れないようになっているつなぎ)を参照し、迷彩柄についてはサファリパークのイメージから引っ張ってきました。
ちなみに、飼育員として働いている方は皆さん動物好き(そのぶん人間はあんまり…な方もいたなぁ…)だったので、絹代のナイロンジャケットはKANGOLのものを使っています。左胸のところにカンガルーのロゴが入っているので、拡大してみてください。
こういう小ネタをこっそり仕込んで楽しんでいるのは衣装さんあるあるです。知らんけど。
綿貫わたげ(わたぬきわたげ)
寝たきりの女。とはいえ劇中のわたげちゃんは無口さんをいきいきと殴ったり、あちこち出掛けて元気に過ごしています。本人も言っているように被害者・かわいそうな存在にしたくないと思い、身体が不自由である人の生活スタイルに基づきつつ、ポップで可愛いものを目指しました。私も、そして京都公演でわたげを演じた今井秋菜も柄物派手色が大好き人間であったため、ちょっと遊んだコーディネートになっています。
パンツのファスナーについては、実際に介護の現場で使用されているパジャマからアイデアをお借りしています。寝たきりの状態でも介護者が着替えがしやすいよう、裾から腰まで全開になるように設計されているものです。
透けたトップスの重ね着も、ベッドの上での生活の中で彼女が見つけた楽しみの一つなのかもしれません。
配色については、形が決まってから検討しました。子供っぽくならないように、でも個性的でかわいいカラーを検討し、現在のものに決定しました。パープルとグリーンは二大・私の好きな色なのですが、好きすぎた結果、実は衣装合わせの時点で[キャスト色被りしすぎ事件]が発生し、キャストの何人かプラン修正となりました。立体にしてみないとわからないことってたくさんあります……。絹代とも色使いが被っているのですが、トーンが違うし兄妹だし…ということで押し切りました(笑)。なかなかパンチのある衣装ですが、東京公演でわたげを演じた宇留野花も見事に着こなしてくれました。二人に感謝!
小ネタその2
わたげも絹代と一緒に幼い頃動物園に通っていたことから動物好きだろうと推測し、京都公演でのわたげの靴下はカメレオン柄です(今井私物)。
東京公演では俳優・宇留野花の名前にちなんで、花柄の可愛い靴下になっています。
見境梨子(みさかいなしこ)
ホワイトボードを背負ってポン酢を飲むというパンチのありすぎる見た目の一方で、悲しい過去を持っている人物です。ただの変なおばさんにしたくないなと思いつつ、「鬼気迫る感じ」という演出家からの要望を盛り込んで作業を進めました。
(ちなみに梨子さんのプランを考えていた時が一番行き詰まっており、「鬼気迫る感じ」が何なのかわからなすぎて樹木希林さんのスタイリングを検索しまくったりしていました。かっこよかった!)
「痛みを取り戻すために何でもやってみる」がモットーの彼女なので、シャツもニットも前後逆に着てもらっています。背中側にあるボタンもめちゃくちゃに掛け違えたままです。わざとかもしれないし、わざとじゃなくても痛みを取り戻すことに必死で身なりに気を遣っている場合なんかじゃないのかもしれません。
穴だらけのニットについてですが、かゆい時って肌を掻きむしって余計にかゆくなってしまったりしますよね。梨子さんも、痛みは無理でもせめて痒みを取り戻したくて、痒くない肌をしょっちゅう掻きむしったりしているんじゃないかな…と考え、傷ついたまま癒えない肌を想起させるようなダメージ加工を施しました。当初は人間の掻きむしった肌のようなリアルな質感寄りだったのですが、ダメージ穴からニットの下のワンピースの柄を見えるようにしたい演出家からのもっと!もっと!という声に応え続けた結果、だんだん穴が大きく広範囲になって現在に至ります。ちなみにこのワンピース、ツモリチサトとniko and…のコラボアイテムです。(私の中でトンチキかわいいのイメージがツモリでした)。今回一番お金がかかっているのもこの人です。
靴に関しても、靴紐を何本もでたらめに結んであります。解こうにももうどこから手をつけたらわからないので、あれこれ試しているうちに余計に絡まってわからなくなってしまった…といった具合に、彼女の失った痛みとの向き合い方とリンクさせています。ヘアメイクデザイン(担当:鳩川七海)も髪と一緒に靴紐が編み込んであり、とても可愛いので見てみてください。
束間寝々(つかましんしん)
彼のバイトへの姿勢と同様に、「(その時が来たら)いつ捨ててもいい、ただの間に合せ」というスタンスを服に反映しました。特にこだわりもなく、古くなってもわざわざ買い替えたりしないのかあんまり綺麗じゃありません。かといってダサい人にはならないように調整しつつデザインしました。
彼のオレンジ色のパーカーは元々は黒いものでした。漂白剤に浸けて脱色し、一部黒い箇所を残しながら全体はオレンジになるように加工してあります。ボキャブラリーの引き出しがのび太くんのような一面と、彼の持っている危うさや背負っているもの、その両面を表現できていればいいなと思っています。
ハンターベストに関しても、熊撃ちだという設定がわかりやすいこともあり取り入れましたが、一部が欠けている状態にすることで「一人前の熊撃ちになりきれない」彼の置かれている状況と重ねました。ポケットも変な場所に不自然に縫い付けることで、何ともいえない居心地の悪さ、しっくりとこない感じを表しました。
パンツに関しては、フルレングスのパンツの上にハーフパンツを重ねることでアクセントが欲しかった、スタイリングの重心を下げたかったというデザイン側の都合もありますが、寝々くんの立場からすると下に履いているパンツの方に何らかのトラブルがあり、夏物のハーフパンツを重ねて誤魔化しているのかもしれませんね。その場しのぎで服を選んでいる彼ならあり得るかもしれません…
又聞(またぎき)
京都公演・東京公演ともに、身長が180cm超えのキャストが担当するということで、そのままスーツを着せるとスタイルの良さ故にスタイリッシュ又聞になってしまいそうだな…という懸念もあり、チェスターコートのような少し長めの丈感のものを用意しようと考えました。
でもただ長めの丈のジャケットを用意しても面白くないし、何らかの理由、キャラクターとしての動機が欲しいな…と考え、又聞のぶっ飛んだ思考ならジャケットを重ね着しているんじゃないかと想像し、無地のジャケットとチェックのロングジャケットを重ね着させているていで、丈を伸ばしています。
また、中に来ているシャツもビジネス用のものではなくカジュアルなポロシャツ、しかもポロシャツにネクタイを合わせています。真面目なんだかズレているんだかよく分からない、又聞っぽい着こなしです。
ネクタイもめちゃくちゃ極端な結び方です。ちなみにこのネクタイはもう誰も住んでいない祖父母の家を整理した時に拝借したものですが、西陣織でした。無駄遣いすぎる。
又聞さんもデザインの過程で悩んだキャラクターの一人でした。
ジャケットを重ね着させるという方針に定まった後も、どうやって重ね着させるのかをめちゃくちゃ試行錯誤していましたが、最終的に選んだものが好評を得ているようで良かったです。
小鳥遊コトリ(たかなしことり)
同じ職場で働いている又聞さんに少し寄せてほしいとの要望もあり、オフィスカジュアルの要素を取り入れることにしました。
明らかにヤバい又聞に比べて、一見まともそうに見える教育係の先輩(それも本当に最初だけ)だけど、よく見たらやっぱりこの人も変!となれば面白いなと思い、白いロングブラウスの赤いドット柄はよく見ると丸い穴が空いていて下の赤地が見えている構造になっています。大きすぎる襟も変ですね。袖の膨らんだデザインは昔の事務員さんがつけていたアームカバーから連想しました。
紺色のベストは既製品のダブルジャケットを分解して加工して作っています。キャストのサイズに合わせて手作業でウェストを絞っているため、細見え&スタイルアップに成功しました。個人的には振り向いた時の背中側のリボンが好きです。
日本ではどう捉えられているのか分からないのですが、ロンドンでは舞台衣装ってオートクチュールの位置に近くて、モデルの採寸通りに型紙を起こすだけでなく、背中の曲がり具合や息を吸った際の胸囲の膨らみ、筋肉のつき方に合わせて仮縫いの時点から何度も型紙を修正します。フィットしていないが故に発生するちょっとしたシワもダメです。日本の小劇場規模だと予算や納期の関係でなかなか同じように製作を行うことはなかなか難しいですが、少しでも綺麗に見えるようにこだわった衣装でした。
ちなみに彼女の名前の由来は相手の話を最後まで聞く(=全部聞き終わってから「コトリ」と受話器を置く)とのことで、しっかり聞いてめちゃくちゃメモを取っているせいでデスク周りはメモが散らばっていそうだなというところまでイメージを膨らませた結果、体のあちこちにメモが張り付いている案もありました。ここで供養。
おまけ話
最強アシスタント
私が京都公演終了後にロンドンに戻ってしまったため、東京公演では寝々役の村上亮太朗が衣装のアレンジや調整・補修を担当してくれました。彼はダンサーなんですが、2019年の『盲年』で彼に衣装を用意したことをきっかけに服作りに興味を持ったようで、ちょくちょく自分で作った服の写真を送ってくれるようになりました(オーバーオールとかパンツとかちゃんとしたやつ、しかも私より縫製が丁寧)。最近もダンサーの友達のために衣装を直したりしてあげているらしく、ダンサー目線の衣装とか服とか生地の捉え方がおもしろい。
ロンドンから私があれこれ指示を出して作業をお願いしていたんですが、彼も積極的にアイデアを出してくれました。無口さんのブルゾンをライターで炙ったり、見境さんの靴紐で遊ぶというアイデアは村上発案です。衣装や靴も探してくれました。スペシャルサンクス!
(12/30追記:村上から「ライターで炙る発案は鳩さん、ブルゾンにコーヒーで汚しを入れたのは僕です!笑」と連絡がありました。訂正してお詫び申し上げます。)
グッズデザイン
今回は衣装の他に、グッズの一部のデザインも担当しました。
衣装をデザインする際には自分の過去の経験や、脚本から想起された感情など、自分の内側のあるものをベースにコンセプトを固めることが多いのですが、グッズデザインにおいては「購入してもらえるか」という外側の基準の比率が大きいため、これまでで一番自分から離れたところでデザインをした感覚でした。素材的な制約もある中で、作品の世界観、自分のこだわりを反映させるのは難しかったですが、藤尾勘太郎さんによる最高のメインビジュアル&フィストダイバーロゴのおかげで可愛いグッズがたくさん生まれました。
素材や加工方法の特性、ソフトウェアの使い方などたくさん学びがあったので(衣装にも活かせそう)、次回はもっとパワーアップしたものをお届けできればと思います!
非公式物販についても真夜中の悪ノリから始まった実に勝手な企画とはいえ、多くの方に楽しんでもらえたようで良かったです!(元々は「どうすれば劇場側に収める販売手数料を抑えられるか?」→「非公式グッズという体で、劇場の外で闇販売をしよう」といった悪だくみからスタートしました)
幻灯劇場には今回出品していたメンバー以外にも様々な分野で活躍しているクリエイターが所属しています。俳優以外に何足も草鞋を履いている人もいます。どこかで彼らの作品もお目にかかれる機会があるかもしれません。劇団員の、劇団の外での活動や個人的な趣味を知って頂ける機会にもなると思うので、今後も継続して行けたらいいなー!
おわりに
以上、長い割に簡素ではありますがフィストダイバーの振り返りでした。
衣装ってぱっと見でわかりやすいものの、鑑賞中は物語を追ったり、俳優の演技に集中したりでなかなか細部まで注目することってないかもしれません。衣装プラン画を公開している団体さんはまれに見かけるのですが、デザイナー自身が衣装について語る機会がないなと感じていたので、書いていて楽しかったです。
もちろんこれらは私個人の作品の解釈をもとにしたものですし、正解ではありません。ですが、『フィストダイバー』という作品をより楽しむためのヒントになれば幸いです。
でもさ、やっぱり演劇って劇場で見てこそだよね!!!!!!
幻灯劇場の次回公演は2025年9月@ロームシアター京都を予定しています。
なにかしらの形で関われたらいいなぁ〜
衣装家によって衣装デザインへの取り組み方は百人百様ですし、演出家の好みや作品のテイストによっても変わってきます。他の団体さんの公演を観る時も、少し衣装に注目し、その背景について考察してみるのも楽しいと思います!
ではまた劇場でお会いしましょう〜!