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【学ぼう‼刑法】「他人の財物を占有者の意思に反して自己または第三者の占有下に移転すること」という窃取の定義について

第1 窃取の定義

窃盗罪(刑法235条)の構成要件は「他人の財物を窃取した」ことです。そして、ここにいう「窃取」とは何かについて、刑法各論の教科書のほとんどでは、

他人の占有する財物を、占有者の意思に反して、自己または第三者の占有下に移転すること

などと説明されています。多少の表現の違いはあっても、ほぼ同じ内容の定義がどの教科書でも用いられています。

このように多くの教科書で説明されている定義について、私ごときが噛み付くのもナンなのですが、しかしこの「窃取」の定義は、誤解を招きやすいという意味で、問題を含むと思っています。

もちろん、多くの教科書で、権威のある先生方がこの定義を書かれているワケですから、これが間違いであるハズはありません。しかし、もっと適切な定義があるだろう、と思うのです。

そうすると「じゃあ、お前がよいと思う定義は何なのだ?」ということになるワケですが、これは次のものです。

他人の占有する財物を、占有者の意思に基づかないで、その占有から離脱させ、自己または第三者の占有下に入れること

前述の広く用いられている「窃取」の定義と異なるところは2つあります。

第1は「意思に反する」か「意思に基づかない」か?
第2は「占有の移転」か「占有離脱+占有取得」か?

第2の問題はまた別の機会にお話するとして、今回取り上げたいのは、第1の点です。

多くの教科書で用いられている「意思に反する」という表現は、もちろん間違いではあるハズはありませんが、前述のとおり、これは誤解を招きやすい表現だと思っています。以下ではそのことを説明したいと思います。


第2 財産罪の分類

財産罪は、財産(法的保護に値する経済的利益・価値)を保護法益とする犯罪ですが、この財産は「財物」と財物以外の「財産上の利益」とに分類されます。
そして前者を保護法益とする犯罪を「財物罪」、後者を保護法益とする犯罪を「利得罪」と呼んでいます。
利得罪の例としては、強盗利得罪(236条2項)、詐欺利得罪(246条2項)、恐喝利得罪(249条2項)などの、いわゆる「二項犯罪」がこれに当たります。

他方、財物罪はさらに細かく分類されます。

財産罪の分類

まず、領得罪毀棄罪とに分けられます。前者は、財物を侵害するだけでなく、そこから効用を取得することを内容とするものです。これに対し、後者はもっぱら財物の効用を侵害することを内容とするものです。後者に属する犯罪としては、建造物損壊罪(260条)、器物損壊罪(261条)など、刑法の第40章「毀棄及び隠匿の罪」に規定されている罪がこれにあたります。

つぎに、領得罪は、直接領得罪間接領得罪とに分けられます。前者は、他人の財物から原初的に効用を取得するもの、後者は、すでにだれかが侵害した財物からさらに効用を取得するものです。後者に属する犯罪としては、盗品譲り受け罪(256条)など、刑法第39章「盗品等に関する罪」に規定されている罪がこれにあたります。

さらに、直接領得罪は、奪取罪(占有移転罪)横領罪(占有非移転罪)とに区別されます。前者は、他人の占有する財物をその侵害して自己または第三者に占有を移転するもの、後者は、自己の占有する他人の財物や人の占有を離れた他人の財物を領得するものです。後者に属する犯罪としては、横領罪(252条)、遺失物等横領罪(254条)など第38章「横領の罪」に規定された罪がこれにあたります。

さて、問題はここからです。奪取罪(占有移転罪)は、盗取罪交付罪とに区別されます。


第3 盗取罪と交付罪

奪取罪は、他人の占有を侵害して、その財物の占有を移転するという点が特徴です。
財物に対する占有の移転は、占有者の正当な意思によれば、適法に行うことができます。われわれが日常的な経済活動として行っているのは、まさにこれです。
占有の移転が違法となるのは、それが「占有者の正当な意思」によらない場合で、これには2種類のものがあります。

1 占有移転意思の不存在

第1は、そもそも占有者に占有移転の意思が存在しない場合です。これは、占有移転が占有者の意思に基づかない場合であり、これを処罰の対象とするのが盗取罪です。盗取罪に属するものとしては、窃盗罪(235条)、不動産侵奪罪(235条の2)、強盗罪(236条1項)があります。

2 瑕疵ある意思による占有移転

第2は、占有移転の意思は存在するものの、瑕疵がある場合です。これは、占有移転は占有者の意思に基づくものの、その意思の形成過程に問題がある(=不当な影響力が働いた)場合で、これを処罰の対象とするのが交付罪です。交付罪に属するものとしては、詐欺罪(246条1項)、恐喝罪(249条)があります。

以上のとおり、盗取罪と交付罪の違いは、占有移転がまったく占有者の意思に基づいていないのが盗取罪、まがりなりにも占有者の意思に基づいているのが交付罪と言えます。
ですから、本来的にも「意思に基づかないで」という表現のほうが「意思に反して」という表現よりも、盗取罪の特徴を示すものとしてはより適切なハズなのです。


第4「意思に反して」という表現の問題点

窃盗罪は、盗取罪です。それゆえ、窃盗罪における「窃取」の意味を「他人が占有する財物を占有者の意思に反して自己または第三者の占有下に移転する行為」と説明する場合における「意思に反して」とは、「意思に基づかないで」の意味で用いられているものと言えます。

その意味では「意思に反して」と表現しても、「意思に基づかないで」と表現しても、意味は同じなのだから、どちらでも問題はない、とも言えそうです。

ただ、「意思に反して」という表現は「意思に基づかないで」に比べると、広がりをもつ表現であるため、それが何を意味するのかあいまいになってしまう場合があるのです。

例えば、次の場合はどうでしょう。

【問1】Xは、昼間、公園のベンチで、カップ酒を飲みながらコンビニ弁当を食べていたが、半分まで食べたところで、眠くなり、食べかけの弁当をベンチの上に置いたまま眠ってしまった。そこをたまたま通りかかったAは、金もなく、腹も減っていたところ、ふと見ると、Xが食べかけの弁当の横で眠っていた。そこで、Aは「満腹になって寝てしまったのか。それなら、もう食べるつもりはないだろう」と考え、その弁当をこっそり持ち去り、食べた。この場合、Aには窃盗罪が成立するか。

もちろん、成立します。「食べかけの弁当」といえども他人の財物ですから、これを窃取すれば、窃盗罪です。そして、Aが「Xの意思に基づかないで」Xの財物の占有を移転しているか、といえば、それは明らかです。Xは眠っているのですから。
……しかし、Aが食べかけの弁当を持ち去ったことが「Xの意思に反しているか?」と問われたらどうでしょう?
「もう食べるつもりはないだろう」とAが考えたように、真実Xにはもう食べるつもりはなかったかもしれません。しかしそうなると、その場合、Xの「意思に反して」と言えるのでしょうか?

もちろん、学者はそう言うでしょうね。Xの意思に基づいていないのですから。しかし、Xはその時点では眠っているワケです。そうなると、真実「Xの意思に反して」いるかどうかは、Xが目を覚ますのを待って、Xに尋ねてみるまでは正直なところ解らないというべきではないでしょうか?

つまり「Xの意思に基づいていないか?」と問われれば二義を許さず極めて明確なのに、「Xの意思に反しているか?」と問われると、意味の取り方次第で不明確になってしまうのです。

ではもう1つ。次の問いはどうでしょう。

【問2】詐欺や恐喝によって被害者が財物を交付した場合、その占有移転は被害者の意思に反していないのだろうか。

こう問われた場合、「意思には反していない。なぜなら、被害者は自らの意思に基づいて占有を移転しているから。ただ、その意思には瑕疵がある」というのが、正しい答えです。それこそが、盗取罪と交付罪との区別ですから。
しかし、詐欺や恐喝の場合に、占有の移転が「被害者の意思に反していない」という説明には何か釈然としないものを感じないでしょうか。
そして、そう感じる理由はなぜかと考えると、被害者が、真実を知っていれば(詐欺の場合)、あるいは、脅されていなければ(恐喝の場合)、被害者は財物の占有を移転しなかったハズだからです。
その意味では、被害者の「本当の意思」あるいは「本意」からすれば、被害者は占有を移転したくはなかったのです。その意味で、詐欺・恐喝の場合も、その占有移転が被害者にとって「不本意だった」という意味では「意思に反していた」と言ってもよさそうに思えます。
しかし、ここでの「意思」は、そのような「本意」の意味ではなく、「占有を移転する意思」(いわば内心的効果意思)の意味です。そのため、詐欺や恐喝に基づいて交付した場合は「そこに意思はあった」ということになります。
しかし、このように「意思」という言葉は、本意の意味で用いる場合もあれば、内心的効果意思の意味で用いることもあり、多義的です。
となると「意思に反する」という表現をした場合には、いったいどちらの意味の「意思」に反するのか、ということが問題となり得ます。そのため、その意味するところがあいまいになってしまうのです。
その意味で「意思に反して」という表現は「意思に基づかないで」という表現と比較すると、その不明確さにおいて問題があるように私には思えるのです。


第5 意思・真意・本意

ところで、ここでは、被害者(交付者)が「本当に望んでいたところ」あるいは「本来の意思」という意味で「本意」という言葉を用いました。
しかし、この点は「真に望んでいたところ」という意味で「真意」という言葉を使ってもよさそうに思います。そして、日常用語としてであれば、これも十分成り立つところでしょう。

しかし、これもまたやっかいなことなのですが、「真意」という言葉には、やや問題があるのです。それは、民法93条1項(心裡留保)において「真意」という用語が「内心的効果意思」の意味で用いられているからです。次の条文です。

民法
(心裡留保)

第93条 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。
 前項ただし書の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

けれども、詐欺や恐喝との関連で使いたい「真意」の内容は、内心的効果意思ではありません。むしろ、内心的効果意思と対比される、その奥にある、被害者が「真に望んでいたところ」なワケです。
しかし「真意」には内心的効果意思という意味があるので「真意」をその意味で使ってしまうと、これまた誤解を招く表現となってしまいます。
そこで、そのような誤解を避けるためには、「真に望んでいたところ」や「本当に望んでいたところ」「本来の意思」などを意味を表現する用語としては「本意」という言葉を用いるのがよいのではないかな、と考えています。


第6 強盗罪はなぜ盗取罪か

盗取罪は、占有の移転が占有者の意思に基づかない場合です。これに含まれる犯罪としては、窃盗罪(235条)、不動産侵奪罪(235条の2)のほか、強盗罪(236条1項)などがあります。
では、なぜ強盗罪は盗取罪に分類されるのでしょうか?
それは、強盗の場合も、窃盗の場合と同様に、占有の移転について占有者(被害者)の交付行為が存在しないと解されるからです。
例えば、BがYの首にナイフを突き付けて「サイフを出せ。出さないと殺すぞ」と脅した場合、Yとしては、サイフを出さなければ殺されてしまうのですから、サイフを出さないという選択肢はあり得ません。
そこで、このような絶対的強制下でなされた人の身体の挙動は、その人の意思による支配が不可能なものなので「行為」ではないと評価されます。つまり、この場合、仮にYが自ら自分の上着の内ポケットに手を突っ込み、サイフを取り出してBに差し出したとしても、それはYの「行為」とは評価されないということです。
そこで、外形上は「交付行為」があるように見えても、それは反抗を抑圧された状態でしたことなので「交付行為」とは評価されず、それゆえ、強盗罪は、交付罪ではなく、盗取罪になる、という理屈です。
これに対して恐喝罪(249条1項)の場合は、その手段たる暴行・脅迫が相手方の反抗を抑圧するほどではなく、被害者にはまだ拒絶する自由が残っていると考えられるため、畏怖した結果といえども、サイフを差し出したことは被害者自身の選択による交付行為だと評価されます。そのため、恐喝罪は交付罪とされます。
また、逆に、加害者が被害者のポケットから勝手にサイフを取り出し、被害者の目の前でサイフからお金を抜いたという事例であったとしても、いまだ被害者が「反抗を抑圧された」という状態でなければ、そのような加害者の勝手な行為を許していた被害者の黙認は、不作為による交付行為と評価されることとなり、やはり恐喝罪となるでしょう。
以下、強盗罪・恐喝罪の各条文と図式化した構成要件、そして強盗罪と恐喝罪との区別の基準の表を掲げておきます。

(強盗)
第236条 暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。
 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。

強盗罪の構成要件

(恐喝)
第249条 人を恐喝して財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。
 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。

恐喝罪の構成要件
強盗罪と恐喝罪との区別の基準

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