「勝利の方程式」という表現が嫌いだ
プロ野球のシーズンが始まって、気候もスポーツにちょうどいい塩梅になってきて、大型連休中ということもあって、各メディアでは、プロ野球関連の記事が目立つようになってきた。
それ自体は全然わるいことではない、寧ろ、いいことだと思っている。だがしかし、この頃になると、例年、私が嫌いな言葉を目にしてしまうようになってくる。
「勝利の方程式」というやつだ。
私は、この「勝利の方程式」という表現が嫌いだ。
「方程式」という言葉を、「解法」「アルゴリズム」の様な意味で使っているのだろう。
なんでそんなことになったのだろう?
物理の問題を解く解法を構成する各プロセスの中の一つの「運動方程式を立てる」部分に着目し、そこを解法の鍵・代表的なプロセスと捉え、その中の「運動方程式」という言葉を選び、更にその中の「方程式」という部分だけを抽出したのだろうか?
なんでそんなへんなことをしたのだろう?
「解法」を「方程式」と呼ぶのは、野球の試合を「7回の裏」の中の「裏」と呼ぶようなものだ、と私は思う。