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雨の日の青春

 放課後の帰り道、部活をやっていない私は毎日寄り道することなく真っすぐ帰宅していた。
 ある日の事、その日は一日中ずっと晴れていたというのに私が帰路に就くと突然雨が降ってきたのだ。
 当然私は傘を持っておらず慌てて近くにある公園の東屋に避難した。
 ザーザザ、ザーーーー。
 雨は徐々に激しさを増し空はどんよりと暗くなっていく、もしかしたらこの雨宿りは長引くかもしれない、私がそう思ったその時だった。
「これ、使ってください」
 後方から声がし、そちらに顔を向けるとそこには見知らぬ男子が立っていた。
「これって……その傘?いいの?」
 男子は私に一本の傘を差し出していた。
「俺の家すぐそこだし濡れても大丈夫なんで、どうぞ」
 男子はそう言い私に傘を握らせると走り去っていった。
 
 渡された傘はよく見るタイプのビニール傘でそれなりに状態が良く、ハンドルに酒井と名前が書かれていた。
 きっと酒井君という男子だったのだろう、折角だから私はありがたくその傘を使わせてもらい帰ることにした。
 しかしなぜ彼は傘を持っているのにあそこに来たのだろう、私は帰り道そんなことを考えていた。
 
 数日後、学校が終わりいつも通り私が帰路に就いていると、
 ……ぽつ……ぽつ。
 空の色が変わり、水滴が落ちてきた、……またか。
 私はすぐに前と同じ公園に行き雨宿りをすることにした、すると。
 ……ザーザザ、ザーーーー。
 小雨は急激に変化し豪雨となった。
 しかしこれは恐らく通り雨、すぐに止むだろうと私は考え、東屋の椅子に座りスマホで動画を見ながら雨が止むのを待つことにした。
「これ、使ってください」
 突然前方から声が聞こえ思わず顔を上げる、すると以前と同じ男子が私に傘を差し出して立っていたのだ。
「あ……この前はありがとう、ってまた貸してくれるの?」
「あ、いや……これは差し上げます、この前のも返さなくていいです」
「返さなくていいってこれ千円くらいするでしょ?本当にいいの?」
「大丈夫です、……えっと、それじゃ僕はこれで」
 そう言うと男子は逃げるように走り去っていった。
「……なんなの?」

 ……翌日、私は昼休みに昼飯を食べながら雨の日の男子の事を友人に相談してみた。
「それさぁ、あんたの事が好きで付きまとってんじゃないの?ストーカーみたいに」
 ストーカー……、正直今まで私は恋愛とは無縁だったので友人にこう言われ怖いような嬉しいような複雑な心境になった。
「ねぇ、私どうしたらいいと思う?」
「どうしたらって……そんなの自分で考えなよ、私はその男子の顔も分かんないんだし。
 あんたが少しでも良いと思ったんなら付き合ってみれば?減るもんじゃないんだし」
 友人はそう言うと立ち上がった。
「どうしたの?」
「……トイレ」

 それから数日経ったある日、この日は雨が降る可能性があったのだが私はあえて傘を持たずに学校に来ていた。
 理由は一つ、もう一度彼に会ってみたかったから。
 なぜかは分からないが彼とは雨の日にしか会うことがなかったため私は雨が降る日を待っていたのだ。
 そして放課後、いつもの道をいつもと同じ時間に私は歩いていた、すると。
 ……ぽつ、……ぽつ。
 少しずつ雨が降ってきている、空は絵で描いたように明るい空とそれに迫る暗雲とで半々になっていた。
 それを見て私は前と同じく公園の東屋へと急いだ。

 東屋に着くと明るかった空は消え完全に暗雲のみとなっていた。
 ザッサーーーーーーーーーー――――――――――!
 急激に雨はバケツをひっくり返したような勢いになり前が見えないほどの強さに変わる。
 この雨ではさすがに彼も来ないか……と思いながらも私はとりあえず椅子に座り彼を待ってみることにした、すると。
「これ、使ってください」
 彼は大雨の中現れると私に傘を渡しすぐに帰ろうとした。
「あ、どうも。ねぇ、少し話さない?」
 私は帰ろうとする彼を引き留めようとした、友人は彼の事をストーカー扱いしていたが私にはそうとは思えなかったからだ。
「あの、すみません。時間がなくて……」
「時間?これから部活とかバイトでもあるの?」
「違います、違うんですけど……」
「だったらいいじゃん、少しくらい……あ、ほらっもう少しで雨止みそうだし」
 私はそう言うと前方を指さした。
 そこには雨雲が割れ、光が地面を照らすとても綺麗な景色が広がり始めていた。
「……⁉まずい!」
 彼はその光景を見るなり慌てて飛び出した、光は徐々にこちらへ迫ってくる。
 そしてついに光が彼を照らした、その瞬間。
「ぎゃああああああああああああああああああああああ!」
 彼は悲鳴を上げながら倒れるとのたうち回り始めたのだ。
「ちょ、どうしたの⁉」
 私が彼の元へ向かうのと同時に公園前の家から大きな布を持った女性が飛び出してきた。
「雄太!」
 女性は彼の元に着くと持っていた厚手のカーテンのようなもので彼を覆い叫んだ。
「救急車!早く!」
 女性にそう言われた私は救急車を呼ぶと女性と共に東屋の下に彼を運んだ。
 
「あの、一体何がどうなって……」
 私が女性に事情を聞くと彼女は声を震わせながら彼に何が起こったのか話し始めた。
「この子はね、人より肌が異常に過敏で日光に当たると火で炙ったように火傷してしまうの。だから太陽が出ている間はずっと家の中にいるんだけど最近ちょくちょく雨の日は昼でも抜け出すようになって……」
「……雨の日は出ても大丈夫なんですか?」
 私がそう言うと女性……いや、彼の母親は首を横に振った。
「晴れているときほどのダメージはないんだけど少し痛むって前に……」
「それなのにどうして外に?」
「……家の窓には対策がしてあるから昼間でも外を覗けるんだけどね、あの子この時間になるとずっと外を眺めていたの。きっと普通に登下校してる人が羨ましかったんだと思う。
 それで紫外線の少ない雨の日に自分も……って外出してしまったのかなって私は思ってるんだけど」
 そう言って彼の方を見た彼女の目には涙が溜まっていた、そしてその姿を見た私は何も言えなくなってしまった。

……それからしばらく経ち救急車が到着すると野次馬も集まりだし周りは一気に騒がしくなった。
 救急隊の行動は迅速で彼の母親から事情を聞きながら救急車に彼を運ぶとすぐに出発していった。
 途端に集まっていた野次馬たちが散り散りになっていく、いつしか東屋はいつも通りの静かな空間となっていた。
 雨上がりの東屋からは水が滴り落ち周辺はキラキラと光っている、さらに遠くの方には虹が出来ていた。
 こんなことが起こらなければきっと写真を撮っていただろう景色、しかし今の私にはそんな余裕はなかった。

 帰り道ふと考えた、彼が求めていたものは異性としての私だったのか同世代の友人としての私どちらだったのかと……、結局それは分からず終いなわけだが。
 ただ一つ言えるのは、もし私があそこで引き留めなければきっと彼は無事だったということ、そう考え責任を感じる私の手には彼の傘が握られていた。

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