渋谷

『渋谷。渋谷。お降りの際、足もとにお気を付け下さい』

「だから、今の世の中には、教育制度の抜本的な見直しと!グローバルな視点で世界の先を行く、経済政策が必要なのです!どうか、どうか私に清き一票を!現行の与党の、都会の公務員だけが得をする知性主義的な社会を変えるためには、皆様のお力添えが必要なのです!ああ、ありがとう、ありがとう!」
 彼は一人、スクランブル交差点で演説をしていた。ハイエースの天井に名前の入った改造をほどこした足場を作り、白い手袋をはめ、マイクを三本手に持ち、ピッチリと整えた七三の前髪とおでこを汗でてからせ、彼は訴えを続ける。
「そうなんです。皆様!お気づきだと思いますが、このまま成長を続けても、いずれは人口の多い国の生産力に負けてしまうのです!我が国の、誇れる財産は、技術力なのです!しかし!国の財産である職人らは還暦を迎えていき、伝統ある地方の生きる遺産は消えていっています!地方創生!本当の意味でこの言葉を使える政治家が、日本に今何人いるでしょうか!そうなのです、お金をただ落とすだけでは駄目なのです!人口過多な街の人が、田舎に参り、触れて、ようやく文化は文化たり得るのです!今ここにあるだけでは駄目なのです、伝わらなければ!人口が減ってからでは取り返しが付かないのです!」
 彼は一人、スクランブル交差点で演説をしていた。ハイエースの天井に名前の入った改造をほどこした足場を作り、白い手袋をはめ、マイクを三本手に持ち、ピッチリと整えた七三の前髪とおでこを汗でてからせ、彼は訴えを続ける。
「では私たちに何ができるか。田舎の人と距離のある差別的発言を徒に行うのではなく、全国各地に散らばる、自国の誇りを生活に取り入れることが必要でしょう!地域の繋がりを取り戻そうじゃありませんか!個人のレベルが集まって地域に、地域が集まって町になる。ゆくゆくは人間全体の繋がりが生まれるのです!スマートフォンをかざしながら歩いている君!そう、君だ。君は現在非国民だ!君が繋がった気になっている世界は本当はどれだけ狭いことか!我が国の心理的支柱、あの桜のように、広がりをもって感銘を与えるような人間だと胸をはって言えるのか!和の国の侍は、自身の誇りを曲げるくらいならば!自死をも選択する遺伝子が備わっているのではないのか!」
 彼は一人、スクランブル交差点で演説をしていた。ハイエースの天井に名前の入った改造をほどこした足場を作り、白い手袋をはめ、マイクを三本手に持ち、ピッチリと整えた七三の前髪とおでこを汗でてからせ、彼は訴えを続ける。
「ああ、そうだろう。近くの楽しいニュースと、遠くの恐ろしいニュースにしか興味のない若者に、何を訴えかけようとも仕方ないのだ。だが、深く深く政治のことに耳を傾けたり、経済に精通したりして時にはたくさんのアドバイスや著書によって、日本を支えている教授らと君らは清き一票という点において全く等価値なのである!これははなはだおかしい事態だと思わないか。まさに、遺憾である!君たちはどうして生きているのかね!友達と会い、商業映画にはしゃぎ、プリントクラブで儚い一瞬を思い出に残し、会っては別れて、何にも成長しない交友を繰り返し、そのくせ人の幸せには敏感で、自分に幸運が回ってくるのをただひたすら受動的に待っている!能動的な政治家と対局にいる貴様らに、何故、此の国は選挙権を与えているのか!投票率は低くて良いだろう!僅かながらでも考えて投票したその一票こそ清き一票である!君らの持つその汚れた一票は、何の生産性もないオンラインゲームやアイドルのセンターを決める選挙にでも投じたまえ!」
 彼は一人、スクランブル交差点で演説をしていた。ハイエースの天井に名前の入った改造をほどこした足場を作り、白い手袋をはめ、マイクを三本手に持ち、ピッチリと整えた七三の前髪とおでこを汗でてからせ、彼は訴えを続ける。
「選民思想は、君らが作っているのだ!エリートと揶揄する側はエリートの苦悩を知っているのか!政治家だって、どれだけ精神的に人のことを考えようとも、仕事上は物質的にしかアプローチできないのだ!たくさんの正義の間に立ち、また、諸外国の間に立ち、最善の判断を下す必要性があるのだ。誰がなっても国は変わらないだと?確かに、政策や法律は、この複雑な社会をさらに複雑にし、人間が作ったのに制御できない金融の流れは、誰であっても少しばかりしか変えることはできない!だったら政治家に必要なのは、政策ではなく、すがりつけるような、宗教的な信条ではないかと思う輩もいるだろう!宗教家の政界進出は実に合理的である!無論どんな馬鹿野郎が内閣総理大臣になろうとも、たくさんの官僚らが働いていてこの国の船は動き続けられる!君らという重荷を乗せてもなお、正常に航行が可能なのである!ふざけているだろう。君らが目先の快楽に溺れているその数時間も、国は国であるために必死に現状を維持しながら、発展の機会をうかがっているのだ!ただし、ただの宗教家は、政策を作れない。カリスマ的指導者が数の暴力により民主主義を動かせるその日まで、政教は分離している。複雑怪奇な国の仕組みをいきなり変えることはできない!国という制度もおかしいのは、君らでなくとも分かっている!」
 彼は一人、スクランブル交差点で演説をしていた。ハイエースの天井に名前の入った改造をほどこした足場を作り、白い手袋をはめ、マイクを三本手に持ち、ピッチリと整えた七三の前髪とおでこを汗でてからせ、彼は訴えを続ける。
「そもそも、人間がエゴとエゴをぶつけた際の、第三者的仲裁を行うようになったから、法律なんてものができ、等価交換を証明するために貨幣なんてものができたのだ!振り返れ、何が目的なのだ。平和と幸福だろう!無神教で結構!だが、決してすがりつくのは、刹那的快楽ではない!そもそも、合わないのだ。動物的な本能と、社会が生み出している幸福の概念は。いつだって、感じているだろう!君も、君も君も、君も、ふと感じる虚無感からは。逃げられない、死という強迫観念を。どうするのだ。国は君を救わないぞ!誰が君を救うのか?誰も、君の事なんて救わないのだ!誰も、救えないんだ!幸せを考えろ、それか全員今すぐ自決せよ!清き一票を、食べては減るその腹に突き刺せ!」
 彼は一人、スクランブル交差点で演説をしていた。ハイエースの天井に名前の入った改造をほどこした足場を作り、白い手袋をはめ、マイクを三本手に持ち、ピッチリと整えた七三の前髪とおでこを汗でてからせ、彼は訴えを続ける。
「今こそ、自決せよ!」
 聴衆は彼の前を過ぎ行く。涙ながらの演説は、センター街のBGMが盛り上げる。
「皆それぞれの幸せを考えているんだっつーの。どんなに浅はかに見えようが、お前に強制される必要がどこにあるの?うちらは甘えているように見えるけど、我々がのんきに暮らせるのも、そういう制度だからじゃねーの?うるせぇんだよ」
 茶髪でガムを噛んでいる化粧の濃いJKがスマートフォンをいじりながら、彼に聞こえる声で言った。彼は、頭を抱えてうずくまった。うめき声はスクランブルされて、ただの喧噪の一部になった。
 それでも彼は一人、スクランブル交差点で演説を続けた。ハイエースの天井に名前の入った改造をほどこした足場を作り、白い手袋をはめ、マイクを三本手に持ち、ピッチリと整えた七三の前髪とおでこを汗でてからせ、彼は訴えを続ける。
「どうか、私に!清き、一票を!」

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