魔女見習いの卒業
2022年の3月の半ばを振り返る。
魔女見習いだった、はるちゃんが卒業した。
自分だけで切り盛りしてきた店に、誰かを立たせるなんてことを想像したこともなかったのに、不思議な縁で。
今思うと、はるちゃんは、男勝りだったかもしれない。可愛くあるよりも、かっこよくありたいと思っていたのではないか。(全くジェンダーの話ではなく、生き様として)
そんな、クールな性格は、別の言葉に変えると、小生意気とも言えるかもしれない。だが、そこが良かった。私は、彼女が、デスクで、太々しく座っている姿を見るのが好きだった。
私は店の接客の全ての重荷を負っていたので、あらゆるお客様に対して、様子を伺わなければならなかったが、彼女は、大の大人に対しても「私は、大したものだとは思えないのだけれど、それがなんだっていうの?」という顔をすることもあった。実に小生意気である。しかし、だいたい的を射ているなとも思った。彼女は、本当に価値のあるものを見極めようとしていたと思う。
自由にさせればさせるほど、仕事のできる人だった。
クールな性格さと裏腹に、繊細で脆く壊れやすくもあった。自分のことを振り返っても、思春期には、そういうところがある。大人と同じ立場か、むしろそれ以上のものを見ることができているのだぞ!という気持ちと調和の取れない「年齢」、そして、目下、疾風怒濤のなかだ。
やったことのない仕事でも、「まぁ、とりあえずやってみなよ、失敗してもいいからさー。」と言ってしまうと、本当に私の心を読んだのかと思うほど、いや、それ以上のものを持ってきてくれた。
教えたことはほとんどなく、見よう見まねで彼女は、多くのことを覚えていった。
職人技だと思う。美的センスも私よりずっと優れたものを持っていた。
とはいえ、そんなはるちゃんのことは、いつも気がかりでもあり、何かしてあげられることはないのかと、不安になることもあった。
今思えば、ただ、隣にいるだけで良かったのだろう。
2022年に入り、いつからだろう・・・・、2月、3月か・・・、私は少しづつバランスを崩しつつあった。(実はそれからしばらくして、Tetugakuyaは長い休業をすることになる。)
まず、この店を続けてきてから、ずっと避けてきたことが、自分の生活のなかに混じってきた。不慣れなことで精神的にも半分、気がとられていった。
もう1つ、お店のお客さんが少し減り(冬は毎年お客さんは少ないが)、色々な書類の手続きなどが重なった。
はるちゃんは、次のステップに向かって頑張っている!
そう思うと、自分を奮い立たせることができる。
いつか、立派な魔女になって、現れてくれることを、私は待っている!
(偉そうに言う私も、まだ、ゼンマイ付きの魔女ではあるが・・・)
はるちゃんが、すごく楽しそうにお客様と談笑していたので、思わずシャッターを切った。
今でも、彼女が私のために作ってくれたイヤリングは、私のお気に入りだ。
私と彼女の関係らしい小さなエピソードがある。
彼女が私のために作ってくれたイアリングの耳当てが取れてしまった時のこと。
「耳当てのゴムが取れてしまって・・・。これって直せますか?」と私は聞いたのか、聞かなかったのか。
カップボードに、パーツが取れてしまったイアリングを無くさないように置いていた。
今となっては、どれだけ時間が経ったのか定かではないが、翌日のことだったのか、数日のことだったのか、置きっぱなしにしていたイアリングを手に取ると、なんと修復されていたのだ。
彼女は、修理しておきましたとも何も、本当に何も言わなかった。
私が元置いたところから、1ミリもずれていないように思えたので、彼女がイアリングに触れたことすら知らなかった。
本当に、背中で語るタイプであったなぁ・・・・。
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