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法人のメンバー紹介

はじめの頃

今では、Tetugakuyaから完全に別れて一般社団法人てつがく屋となった、哲学プラクティスや哲学読書会などの活動。

始めた頃は、ひとりぼっちだった。関西のp4cのポスター発表会に行った時に「四国では難しいでしょう。」と言われたのを覚えている。嫌味で言われたのではない。あの頃、哲学プラクティスに関わる人たちは、周囲に理解されず、隠れキリシタンのように耐え忍んでいるようだった。随分と孤独や困難さを感じてこられたからの言葉だったと思う。

今より100歳ぐらい若かった私(魔女)は、絶対に諦めないと闘志を燃やした。だが、その心意気が折れそうになることも多く、不安と孤独さとで、哲学対話の直前には、動悸も止まらなかったし、終わった後も、自分に満足もできずに疲れていた。

世間知らずにしか見えないだろう私と、参加者は、年配の人たちばかり。自分が進行役なのに、誰よりも小さく感じた。

「哲学」は、探究と言い換えて良いと私は考えている。自分に都合の良いことではなく、この自分さえも超えて、より正しいものを知ることを求め続ける態度と言ってもいいかもしれない。

それでも、最初の頃は、「哲学」というと、「偉そうにしやがって」という反応を受けた。私が女性で若かったからだとも思う。「世間知らずのくせに、年寄りに人生を説こうというのか」そんな雰囲気もひしひしと受けた。

あれから、随分の月日が経って、店舗Tetugakuyaの仕事に追われた。店はコロナ禍で、多くの人に知ってもらえるような店になっていた。

常連の大学生の女の子が興味を持って、「哲学対話をしないのですか?」と声をかけてくれたことで、私は背中を押された。
彼女が参加してくれればと思い、開催する頻度を増やすようになった。

そんなとき、何気なく哲学対話のお手伝いを募集する書き込みをSNSにしたところ、真っ先にメッセージをくれたのが、現在の法人の理事である、内藤さんだ。


ちいかわ大好き 内藤さん


ちいかわやモグコロが大好きらしい。

内藤さんとの最初の出会いは、Tetugakuyaだ。彼は、喫茶店にやってきて、読書をしているお客さんであった。

チラッと目をやると一瞬で國分功一郎さんの『中動態の世界』だとわかった。なぜなら、そのテキストは、哲学読書会で、レジュメを作るために、私が、穴が開くほど読み込んだ本だったからだ。

すぐに彼は、気になる人物として、杉原の頭にインプットされた。そして、彼が多度津にいることが、とても奇妙に思えた。

聞くと、義務教育を終えて、大学へ行き、大学院へ行き、学校の教員になることで、「学校から出ない人生」を送ってしまう危機感があったらしい。

私の活動の手伝いに手を上げてくれた理由を尋ねると、暇な時間があることが耐えられないことと、教育で世界平和にしたいことなどを話してくれた。

いつか、歳をとったときには、学校のような場を作りたいと思っていたという。


長い間、内藤さんは、こどもてつがくでも、記録を懸命にとってくれていた。

記録係をしながら、内藤さんは、子どもたちの何気ない言葉にどんな哲学的なテーマが見出せるのかを考えるようになったという。単純な時系列の記録から、哲学的なテーマを拾い出す書き方をしてくれるようになった。


こどもたちは自分の名札を内藤さんに貼り付けて帰っていく。


だんだん、こどもてつがくのファシリテーターを担ってくれるようになった。



法人化の話が持ち上がった頃、法人税のことやそれに伴う仕事について明らかになり、私の気分は揺らいた。

「え、なんで?大丈夫でしょ!」と唯一肯定的だったのは、内藤さんだった。




そして気がついたら、内藤さんは理事を担ってくれていた。

内藤さんは、本当にすごい。

二人で車を乗り合わせて現場に向かうことある。

うまくいかなかったと感じた日には、がっくり肩を落としてしまう私の真横で、ステレオから流れてくる音楽に合わせて内藤さんは、鼻歌を歌っている。

「こどもてつがくで、あの子の表情が暗かったな・・・。」そんなことをぼやいている私の真横で「産直で桃買ってきていいですか?」と、車を止めて、桃を抱えて帰ってくる。

「おい、もっと真剣に受け止めろよ!」と言いたいほどでもなく、なぜか、やたら疲れている私と、なぜか桃を買って別のことを考えていそうな内藤さんが、隣に並んでいることが、滑稽に思えてきて、心が楽になるのだ。


必殺仕事人 成戸さん

もう一人のメンバー、謎めいている成戸さんは、リュックを背負って、お店に来てくれるお客さんだった。他のお客さんと盛り上がるわけでもなく、だいたい本を読んだり仕事をしていた。

なんなんだ・・・この得体の知れなさは・・・。

そう思ったが、魔女を名乗る私が言えたことではなかったかもしれない。

時々、哲学対話に参加してくれたときには、参加者同士の発言や関連性を考えて道筋を立てようと試みられていた。最初の最初からサブファシリのような人だった。

今思うと、香川の名店「半空」の文学賞実行委員会の某委員長に、不思議な雰囲気が似ている・・・。

企業に勤めている人のオーラなのか、落ち着いているぞ・・・・。

天体観測室で、サブファシリを担当してもらった時の、恐るべき打ち合わせの入念さ。

互いが座る位置確認から、各自の役割担当まで、今でにない打ち合わせだった。


天体観測室にて哲学対話

成戸さんは、哲学対話で対話のペースが上がりそうになると、休憩を挟む。ゆっくりとした手振り身振りや口調で、全体を落ち着かせてクールダウンさせようとしているようにも見えた。全体への気配りも上手で、私も、学ぶことが多かった。協調性があり、バランサーのような存在だ。

てつがく屋に欠かせない人になっていた成戸さん。

そんな彼が、東京へ行ってしまうと聞いて、暫く悪夢にうなされた。

法人としての柱を打ち立てるのに成戸さんの存在は大きかった。法人の理念や、行動指針などを言語化するための作業をもっぱら成戸さんが率いたからだ。


カメラに気付き ふざける内藤さん



私たちは、毎週1回集まって、濃いミーティングをしていたし、その時間は、幸せな時間でもあった。


まるでお父さんのようだ。

成戸さんがいなくなってしまう!そんなことを思うと、夜中に涙が出てきて、内藤さんに、「どうするんだ!寂しいじゃないか!」などと、どうしようもないメッセージを送り、二人で嘆いた。



この日のファリシテーターは成戸さん

動画を使った哲学対話をやってみた。

内藤さんは、デジタル担当大臣みたいになっていた。


突然存在感を消してくることがある内藤さん


わざと映り込みにくる内藤さん


内藤さんは、私と成戸さんにグミを買ってきてくれていた。
ネームペンで、ハート模様の所に「なるちゃん」と書き込まれている。

満足そうな内藤さん

このグミをもらった時の成戸さんの第一声を私は絶対に忘れないと思う。

「えー!わ〜!・・なにこれぇ!?」

「ありがとう」を言いたかったのに、「なんだこれ!?」が混じってしまったのを隠せなかったのだろう。

その後も、内藤さんは、「何か、お揃いのもの、あげなくっちゃ!」というモードに突入した。

真剣な面持ちで、ちいかわ巾着袋のなかを漁り始めたのだ。

ゴソゴソ

なかには、たくさんのちいかわグッズが収納されていた。



「どれかあげます!」という内藤さんに、私と成戸さんは、ちいかわキーホルダーをそれぞれもらって帰ることにした。

成戸さんは東京だが、一般社団法人てつがく屋東京支部長みたいなものだと私は勝手に思っている。

オンラインになって、どこででも一緒に仕事ができるようになったことは、私たちにとってはラッキーだった。今も変わらず、成戸さんは法人の中核を担っている仲間だ。


「この写真何用なんですか?」と聞いてくる成戸さん



ひだり
みぎ
生えてる・・・。



以上、メンバー紹介を兼ねた記録。

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