初めてのオートクチュール②
ある夜、お声掛けをいただいて、わたしはマンガHONZというレビューサイトのレビュワーの集まる定例会に出かけた。とくべつな目的はなかったが、もちろん仕事のためだった。確固たる目的がなくても、できるだけ出かけて行って人に会う。どこに企画の種が転がっているかわからないし、どこで聞いた話がストーリーを産むかわからない。ゆるやかな24時間365日体制は、編集者の仕事の面白さのひとつである。
そこで、フランス文学者の芳野まい先生という方に出会った。先生の姿は華奢でエレガントで、沢山の人のなかで――その日は50人ほどが小さいサロンに集っていたと思う――ひときわ目を引いた。
先生はわたしに、マリー・アントワネットに関するお話をしてくださった。プルーストがご専門だが、映画の中のファッションやメイクについての研究もなさっているという。先生のお話があまりに面白いので「今度講義を聞きに行っていいですか?」と伺うと、「もちろん」とおっしゃった。
一か月半後、朝日カルチャーセンターで芳野先生の講座 https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/4dbb5549-3b52-e5f3-425f-56b01dd5b7d8 を受けた。
ファッションとマリーアントワネットについてのお話で、わたしはもう、かぶりつくかのように聴講していたのだが、それとは別に気になることがあった。
この日、芳野先生の着ていらした服が、なんとも素敵だったのである。見るからに上等なサックスの生地でできた、七分袖の膝丈ワンピース。初夏らしく、そしてなにより先生にとっても似合っている。実は最初にお目にかかった時から、私には疑問に思っていたことがあった。
教養があり、ファッションについての系統だった知識も持っていて、そのうえ美しい物をたくさん見続けてきたであろう女性はいったい何を基準に服を選ぶのか。
授業の後、先生と数人の受講生でお茶を飲みながら懇談することになった。
先生は私の、100日間服を買わなかった話に興味を持ってくださり、いくつか質問をしてくださった。それで、思い切ってわたしも先生に質問してみた。
先生はどうやって服を選んでいらっしゃるんですか?
その質問が、思いがけず新しい世界の鍵となった。(続く)