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【まいにち短編】#14 平日夜、海岸で花火(後編)


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彼が着火マンを使って花火に火をつけると、数秒後にぱあっと光が灯ってパチパチと火花が散った。
さっきまで鬱蒼と暗かったあたりが一気に明るくなる。

「…わあ」
その景色があまりにも綺麗だったので、つい声が漏れていた。

「ほらほら、紗季ちゃんも」
火の粉が私の方に飛ばないように気を使ってくれながら、彼が持つ花火を私の持つ花火に近づける。
ジジっと微弱な音を立てながら、火薬に火がついた瞬間、ぱあっと自分の顔が照らされて火花が散った。

「おおお、綺麗だな…!」
「綺麗…ですね…これはとっても…」

間違いなく、綺麗だった。
久々にやった花火に浮かれているのだろうか。
人生で初めての夜の海だからだろうか。

彼と、一緒にやる花火だから、だろうか。

「はははっ。やっぱ花火っつーのは、いいもんだなあ」
「……本当ですね」
「よーしじゃんじゃんやろう」
「はい!」

あんなにたくさんあった花火も、残っているのは2本の手持ち花火と線香花火の束だ。

ああ。終わってしまう…。楽しい時間が、美しい時間が終わってしまう。

明日も仕事があるのに、こんなに遠いところにいる。
何を考えているかよくわからない男性と、こんな時間を過ごしている。
日常の中の非日常のはずなのに、ずっとこうしていたいだなんて…。

「…ラスト、やるか」
「……そう、ですね……」

と言いつつ、彼はなかなか火をつけなかった。

まただ。また、この空気だ。彼が何を考えているかわからない。
だけれども、きっと…。

沈黙が私たちを包む。
けれども私のお腹がくうという音を鳴らして沈黙を破ってしまった。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
「はははっ。腹、減ったよな。ちょっと休憩するか。飯も食わずにやり続けたし」
「………ええ、そうですね…。買ってきたおにぎり食べましょう…」

コンビニの袋を探っておにぎりを取り出していると、手の甲に雫が垂れる。
自分の汗かとも思ったけれども、ポツポツと雫の粒数が増えたので雨だと気付く。
本降りになるまで時間はかからなかった。

「わ、わわ…」
「急いで雨宿りできるところに移動しよ。あっちに屋根あった気がするから」

急いで荷物をまとめて彼に付いていく。

雨はどんどんと勢いを増して本降りになった。

「すまん…雨降るなんて考えてなかった…」
「いえ…。夏の雨は突然降るものですし、仕方がないです」
「けど、紗季ちゃんも楽しそうだったのに…。ごめんな」

彼が悪いわけではないのに、とても申し訳なさそうな顔をしている。
きっと、本心で謝っているのだろう。
なぜ…と思って、気づいてしまった。

やっと、気づいてしまった。

私がわけがわからないと思っていたことが、ようやく分かってしまった。
この人のことが、分かってしまった。

そして、自分の気持ちが、分かってしまった。

「…………」
「…………」

雨が止んでもきっと海岸の砂が濡れていて
私のヒールのパンプスも、彼の革靴も足を踏み入れるのも厳しいだろう。

「花火…」
「ん?ああ、花火な…ごめんな…中途半端になっちまって…ほんとごめん…」
「いや、そうじゃないんです。むしろ嬉しいんです」

非日常を、日常にしたい。
彼といる時間を特別ではなく当たり前にしたい。

気持ちに気づけたことが、嬉しい。悔しいけど、嬉しい。

「え?」
「また、来ましょうよ。リベンジするんです。もっとすごいやつ買ってきます!」
「……はははっ。そうだな。次やりゃいいか。さすが紗季ちゃんだ」
「そうですよ。次を楽しみにしておきましょう」

今は、この時間を楽しもう。気づいたら雨は上がっていた。

「そんじゃあまあ、今日は帰るか。明日も仕事だろ?」
「そうですね。途中まで一緒に帰りましょう」

同じ改札を通って、同じ電車に乗った。

次に会うときは、日常にしよう。
ずっと、彼と一緒の時間を過ごせる日常に。

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