【まいにち短編】#11 ぼんぼり祭の夜に
「なあ、智恵。今日ぼんぼり祭に行かないか」
「ふえぁ?」
朝食を食べた後、突然父に声をかけられてつい声が裏返ってしまった。
父とはここ数年おはようとかおやすみとかしか最低限の挨拶しか喋っていないし、ましてや二人で出かけることなどまず無い。
しかも、よりにもよって、ぼんぼり祭か…。
ぼんぼり祭は地元の神社でお盆の時期に毎年行われるお祭りだ。
ご近所さんとか、中学の頃の同級生とかが絶対にいるので、極力行かないようにしていた。
5年前に友人と浮かれて行って後悔した以降、顔を出していない。
「やだよ。暑いし、面倒くさい。たまの休みくらいゆっくりさせてよー」
「そんなこと言ってるとあんた、どんどん婚期逃してくからね!神様にお祈りでもして来なさいよ」
母に横から茶々を入れられた。
別に結婚する気はないんだけれど……、と言うか祭に行く話と関係ないじゃないか……。
「だらだら家にいるくらいなら、行って来なさいよ。私の浴衣かしてあげるから!」
「えー……」
「……うまいもん奢るぞ?」
「………行きましょう」
くっ……美味しいものには叶わない。
仕方がない、ささっと顔を出して、美味しいものだけいただいて、とっとと帰ってこよう。
*
夕方になり、母の浴衣を無理やり着せられて、父と二人で家を出た。
母は「夕飯の準備があるから〜」とか言って来なかった。
勧めておいてなんだよ母も来るかと思っていたのに。
一応、ここは関東屈指の観光地なので、観光客やお祭りに浮かれた人たちで道はごった返していた。
「…………」
「…………」
駅前から神社まで続く沿道を、父と二人黙々と歩く。
私たちは地元民なので、お土産やさんやら、和雑貨屋さんやらには目を向けず、ひたすら神社を目指す。
にしても、父の思惑がわからない。何を話したらいいか、わからない。
父は私に全く関心がないと思っていた。
帰りが遅くて怒られたことも、いい会社に就職して褒められたこともなかった。
何故、父は今日私をお祭りに誘ったのだろうか…。
まあ何かしらぼんぼり祭に思い入れでもあるのだろう。どうしても見たいぼんぼりがあるとか?
「まあーーー!智恵ちゃんじゃない!こんなにお姉さんになって!」
近所に住むおばさんがすごい勢いで話しかけてきた。ほら…こういう不可避のイベントがあるから来たくなかったのに…。
「はあ、まあ。お久しぶりですおばさん。お元気でしたk…」
「お父さんと一緒だなんて!いいわねえ〜!お父さんも嬉しいでしょう」
「はあ、まあ」
どうやら父も同じことを思っているらしい。
「この先もまだまだ人がいっぱいだったわよ〜!まあ暑いから気をつけて行ってらっしゃいね」
「ありがとうございます。」
おばさんは嵐のように去って行った。
「…………」
「…………」
「あの人は、いつも元気だな」
「そうだね…」
ちょっとだけ会話が生まれたので、初めておばさんに感謝をした。
*
神社に到着すると、沿道よりもさらに人混みが増していた。
観光客、二人で浴衣を着ているカップル、どこかで顔を見たことがあるような地元の人たち。
様々な人がいて、思い思い写真を撮ったり、雪洞を見つめている。
私は何故、父とここに二人なのだろう。
「さあ、行こうか」
「う、うん」
人混みをのらりくらりとかわしながら境内を突き進む。
空は薄暗くなってきていて、ぼんやりと雪洞が等間隔で浮かんでいるように見える。
久々にじっくりと見るこの景色は、見知っているはずなのに、不思議ととても綺麗に見えた。
「綺麗だね」
「ああ」
何故か、この景色を目に焼き付けておきたくなって、少しだけ足を緩める。
父も歩幅を合わせてくれた。
大好きな漫画家さんの雪洞を発見した。
とても華奢で端麗な着物の女性のイラストが描かれており、まじまじと眺める。
「どれ、撮ってやろうか」
「え、私とこの雪洞?い、いいよ」
「いいから、スマホよこせ」
父にシャッターを向けられるも、どういう顔をしていいかわからなかった。
通行していく人たちの視線を感じて、恥ずかしくなる。
「も、もういいでしょ。ありがと」
「ん」
その隣の雪洞には、先ほどの漫画家さんの旦那さんである、有名な映画監督さんのイラストが描かれていた。
「お、これ」
「え?お父さん、これ好きなの?」
「ああ…まあな…」
「えー!びっくり!初めて知った!世代でもなんでもないのに!」
「あ、あの…これ…」
「並びなよ、撮ってあげるよ」
「…………」
父にシャッターを向ける。
こんなキラキラした笑顔の父を生まれて初めて見たような気がする…。
*
「お参り、するか」
雪洞が並ぶ道を過ぎると長い階段がある。これを登ると御本殿だ。
「お父さん、これ登れるの?大丈夫?」
「ああ、まあ、大丈夫だ」
お父さんに聞いたものの、浴衣姿の私も登るのには骨が折れる。
「はあ、はあ」
父の息が上がっているので、少しペースを落とす。
ゆっくりと、ゆっくりと一段一段踏みしめて登っていく。
「うわっ」
「うおっとっと、もう。お父さん危ないよ。ゆっくり行こう」
父が段差につまずいた。
「ほら、捕まって」
「お、おう。すまん」
父の手を引きながら、ゆっくりとゆっくりと、登る。
久しぶりに触れた父の手は、いつの間にか細くなりシワが増えたような気がする。
これは、私たち家族を見守ってきた証のシワだ。
そんなことを思うと、胸がじんわり暖かくなった。
「ほら、もうちょっとだよ」
「あ、ああ…」
ゆっくりとゆっくりと…、時間をかけてようやく登りきった。
「はあ、はあ。疲れた…。無理しなくてもいいの……に…」
「はあ、はあ。いつ登っても、この坂はきつい…な………」
息を整えながら、二人してふと振り返ると、言葉を失った。
目の前に開かれた光景は、きっと私は忘れることはないだろう。
空が広くて、山があって、人がたくさんいて、街の光やぼんぼりの灯りが、キラキラと輝いていた。
神楽で行われているお琴の演奏の音色が聞こえる。
そうだ、これが私たちの街だ。私が育った街なのだ。
父が、私を育ててくれた街なのだ。
「…………」
「…………」
写真に残すなんて、もったいないとすら思った。
ずっと、この光景を見ていたい。目に焼き付けておきたい。
「…………」
「…………」
「なあ……」
「なに?お父さん」
「今日、ここにお前とこれて良かった」
「うん。私も…」
*
お参りをして、母にお土産として記念の団扇を買って、
さっき必死で登った階段を一段一段下る。
「…………」
「…………」
帰路も相変わらず、無言だった。
私たちはそう簡単には変わらないけれども、あの景色の思い出があればそれでいいと思った。
私たちの家に向けて、私たちの街を進んでいく。
家が見えたところで、思い出した。
「あっ…!美味しいもの奢ってもらってない!!!!」
「…………すまん。また今度な」
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