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時は来た!
止まっていた時計の針が、突然動きだした。
対金剛の大原はじめとの一戦に勝利し、バックステージで、コメントする高橋ヒロムの前に、男は現れた。
「我の名は、AMAKUSA。我との1対1の果し合い。受けては頂けないであろうか?」。
突然の対戦要求を、目を閉じて聞いていたヒロム。
その声に、懐かしさを感じながら、何のためらいもなく、
「断る理由はありません。1対1で、やりましょうか、AMAKUSA選手。IWGPジュニアヘビー級王者の強さ、見せてあげますよ」
AMAKUSAのGHCジュニアと、ヒロムのIWGPジュニア。
互いのベルト共に、向き合った二人。
それは、闘志をむき出しにした睨み合いではなく、何か、待ち望んでいた表情に見えた。
あの、いつもテンション高く叫ぶ、ヒロムとは違う、優しい目をしていた。
そして、後日、二人のシングルマッチが決定した。
2月21日、武藤敬司引退試合の興行で組まれた、この対決に名付けられたタイトルは、“TOKYO TORNADO”。
「トーキョートルネード。懐かしい響きでしたよ。あの文字に、全ての答えが入っている」。
もちろん、ヒロムとAMAKUSAは初対決である。
しかし、何故か、“懐かしい” という言葉を口にしたヒロム。
「ちょっとだけ、昔話をしていいですか?」
記者会見で、かつて、みちのくプロレスで活躍した剣舞のことを語り始めた。
新日本プロレスのヤングライオン・高橋広夢(当時)は、2013年6月、イギリスへ海外武者修行に旅立つ。
そこで、剣舞と約3か月間、生活を共にしたという。
“TOKYO TORNADO” とは、広夢と剣舞の、タッグチーム名。
互いに、切磋琢磨し、語り合いながら、試合でイギリス国内を転々とした。
「そんな生活を1か月ぐらいやった時もありましたよね」
会見に同席したAMAKUSAの方を見ながら話すヒロム。
武者修行の途中、剣舞と別行動となり、その間、同行したレスラーの心無い言葉に、心を痛めていた広夢が、再び、剣舞と合流する。
剣舞は、広夢の苦痛を知る由もない。
「高橋さん、一緒に頑張りましょう!」
その時かけられた、剣舞の言葉に、広夢は救われたという。
そして、広夢にとって、人生初のタイトルマッチ。
イギリスの4FWという団体のチャンピオンだった、剣舞に挑戦した。
しかし、結果は惨敗。
何もできなかった。
試合後、剣舞と約束した。
「タイトルマッチでなくてもいい。いつか、どこでもいい。もう一度、俺とシングルマッチで戦ってください!」
今でも、あの時の悔しさを、ヒロムは忘れてはいなかった。
「本当は言いたくない、こんな話、試合前に。全ての情報を、俺の口から言うのは、美しいとは思わない。でも、話したかった。聞いてほしかった。知ってほしかった。この話を知った上で、この試合を観てほしい。」
しばらく、沈黙したあと、
「決して美しくないかもしれない。絶対に、今、俺が話したことを忘れないでください。忘れないで、当日の試合を観てください。だから、この試合は、新日本 vs NOAHではありません」。
右も左もわからない海外で、剣舞がいなければ、高橋広夢のプロレス人生は、イギリスで、終わっていたかもしれない。
剣舞は、名もなき "高橋広夢" というレスラーを、日本のジュニアの顔 "高橋ヒロム" へ、すなわち "ROAD TO 高橋ヒロム" の道を開いてくれた恩人。
「あの時の約束、果たします。必ず俺が勝ちます」。
この言葉の奥には、”あの時の ”高橋広夢" は、こんなにも強くなりました!”と、剣舞への恩返しの気持ちが溢れていた。
誰よりも自分の成長を見てもらいたい!
"高橋ヒロム" のプロレスをぶつけたい!
そして、勝ちたい!
それは、あの時の "高橋広夢" の気持ちが、蘇った瞬間だったのかもしれない。
しかし、インタビューで、ヒロムは、“剣舞とAMAKUSAが同一人物か?” との問いに、
「その質問は、愚問じゃないですか?」
また、AMAKUSAも、
「その質問は、愚問ではありませんか」。
と、ヒロムと接点については、答えようとはしなかった。
だが、AMAKUSAは、想いを馳せる。
「我に過去などない。泡沫のごとく消えてしもうた。ですが、我にとっての、想い人、その方でしたら、21日の東京ドームにおります。今は、その方との戦いしか、見えておりません」
互いに、”愚問” と言って答えなかった。
会見の最後で語った、AMAKUSAの想い。
高橋ヒロムを、敢えて ”想い人” と表現した。
その言葉を聞いて、微笑を浮かべたヒロム。
二人の間に、何か、深い絆とリスペクトを感じた。
いざ、尋常に勝負!
高橋ヒロムとAMAKUSAが織りなす、過去と未来の物語。
ヒロムが、約束を果たすのか?
はたまた、AMAKUSAが ”日本一のジュニア” の新たな頂へ突き抜けるのか?
“真実” と “謎” が、大きな渦となって、ドームを震撼させる “TOKYO TORNADO” 対決と、戦う者の、観る者たちの、想像を遥かに越える “果し合い”の、ゴングは間近だ。
“時は来た!”
そんな、剣舞の声が、聞こえてくるようだ。