水曜日と土曜日

父は水曜日と土曜日にだけ家に来た。
水曜日の夜に来て、風呂に入り、母と私と食事をとり、木曜日の朝に帰る。
土曜日、昼に学校から帰るとすでにいて、一緒に夕飯を食べ、日曜日の朝には消えていた。

私は父がどんな人間なのかよく知らない。
私に対して教育的な発言をする事も、学校での話を聞いてくれる事もなかった。
母と私が言い争いをしていても、テレビの前で苦い顔をして押し黙り、何か意見を述べる事もなかった。
自分の話を私にする事はなかったし、私も聞いてはいけない事のような気がしていたので特に聞かなかった。

この文章を書いていて気付いたが、私は父が「父親らしい」振る舞いをしたところを見たことがない。

かと言って冷えきった関係だったかと言えばそうではない。
誕生日やクリスマスにはプレゼントとケーキを買ってきてくれたし、母と私と3人で一緒にゲームをして遊んでくれたりもした。
夏には毎年海に旅行に連れて行ってくれた。
近所の大きな公園で夏の間の夕方に開催されていたコンサート(オーケストラだっただろうか?コンサートの内容は全く覚えていない)に3人で行き、その帰りに駅前の不二家でパフェを食べた。
3人で「家族らしく」出かけた思い出はたくさんある。

1度、土曜日に母が用事で留守にしていたとき、父がサーカスに連れて行ってくれたことがあった。
それまで父がいる場面には必ず母がいたため、父と私が2人で行動する事はなかった。

私は何故かとても緊張した。
そして多分、父も緊張していたと思う。

無言のまま電車に乗り、落ち着かない気持ちのまま空中ブランコや動物の曲芸を見て、帰宅した。
帰りの電車の中で父が「楽しかったか?」と聞き、私は「うん」と言った。
楽しくはなかったけれど、それ以外にどう答えたら良かったのだろう。
そのときの父は少しほっとしたように見えた。

私は中学に上がり、あまり父と話すことはなくなった。
反抗期を迎え、母との関係が悪化したついでみたいに父とも話さなくなった。
それまでの公団住宅からマンションに引越し、自室を与えられた影響もあったかもしれない。
ただ、水曜日と土曜日に家に来るだけの男の人。
父との関わり方はその後もずっと分からないままだった。

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