aikoの歌詞の「あなた」を自分の名前に置き換えれば世界は平和になる
ずっとaikoのことを考えている。
眠りにつくかつかないかシーツの中の瞬間、何度も寝返って迎えた寝不足の朝、ひたむきに光を探していた暑い夏の日、袖が風を過ぎた秋中。aikoのことを考えて時が過ぎている。
そんなaikoへの思いを言語化しようと何度も試みた。
しかし、何度書いても、書き直しても、全く検討外れな文章のように思えた。心の中のaikoが言う。「疲れてるならやめれば?」
僕にはaikoと向き合う日々だけが残り、そしてさまざまな方法でaikoを聴いた。耳元のイヤホンで、部屋を閉めきってスピーカーで、移動中にカーステレオで。音量も大きく、小さく、少しずつ変化させた。
アルバム順に聴き、シャッフルして聴き、あるいは1曲だけを延々と聞いた。一日のはじまりも、すべてが寝静まったような夜更けも、ただただaikoと向き合った。
そんな日々を続けたある日、自分の中で変化が起きていた。
aikoが歌う「あなた」という言葉が「すがや」と聴こえるようになっていた。
aikoが歌う「あなた」を自分の名前に置き換えれば世界は平和になる
「すがや」とは誰か。そう、私のことだ。ある日、aikoの「あなた」はすべて「すがや」に入れ替わっていた。
例えばこういったことになる。
aikoが! すがやの耳におでこを寄せている!!
これまでも名曲としての重みをずっしりと持っていたカブトムシであるが、より深く重く僕の心を揺さぶっていく。
この幸せな現象をもっと紹介しよう。他にもこんな歌詞もある。
いよいよもってaikoと僕の間には悠久の時が流れはじめた。すごいぞ、これは。大変なことになってしまった。
僕は「あなた」が「すがや」になったことに浮かれに浮かれた。
しかし、溢れんばかりの幸せと同時に、残酷な現実も同時に知ることになった。「あなた」となった「すがや」は胸を身体を切り裂くような別れも経験することになる。
「あなた」(=「すがや」)に訪れたたくさんの悲劇
恋の歌、愛の歌を紡ぐ天才aikoは別れの曲も歌っている。「あなた」となった僕は当然のようにaikoとの別れも経験することになる。
飛行機なんて聴いた日には頭が狂いそうになる。飛行機はaiko初期の楽曲である。故郷の大阪を離れ東京に拠点を移し、一流のアーティストとして登りつめていくaiko。そんなaikoが得たものと失ったものが素晴らしい表現で綴られている隠れた名曲のひとつだ。
大阪でaikoと青春を一緒に過ごしたかけがえのない日々。
時が経ち飛びだっていくaiko、残された「すがや」。aikoにどんどん遠くまで飛んでいってほしいという思いは当然ある。しかし同時に寂しさも去来する。同じ道を僕とaikoが歩けなかった世界線が「飛行機」で残酷に突きつけられる。
もしくはこういった歌詞も心を強く揺さぶる。
結局のところ、僕とaikoとは他人だ。それはどこまで近づいたとしても永遠に変わることはない。だから、仮にaikoの一番近くにいたとしてもaikoの想いを本当はわかっていないかもしれない。そして、わかる日は永遠に訪れないのかもしれない。
近い距離だからこそ感じてしまう寂しさや虚しさも「あなた」が「すがや」となったことでより強烈に思い知られされる。
そして僕は愛の重さを知った
「あなた」が「すがや」になったことで僕の元に訪れたたくさんの喜び、悲しみ。プラスにもマイナスにも振り切られたaikoの無尽蔵なエネルギーが僕の元に届けられる。
僕はaikoから渡されるたくさんの「すがや」をただただ受け入れ続けた。そしてある日、僕の中でさらなる変化が訪れていた。
「あなた」=「すがや」になったことで訪れたすべての喜びや悲しみを乗り越えた先で僕は愛の重さを知った。全ての感情が通り過ぎた先に僕を待っていたのはaikoの愛の重さだった。
きっかけは2008年発売のアルバム名にもなっている「秘密」だ。
ふと、考えてみた。
僕は、aikoの、全宇宙最強恋愛ソングマスターのaikoの、「誰にも言ってない秘密」を耳元で小さな声で伝えられる事に耐えられるだろうか。
僕の前には究極の問いが突きつけられていた。その先にあるのはより大きな幸せなのか、あるいは人生の崩壊なのか。
その秘密を伝えられたら、僕は自我を保っていられないのではないだろうか。それまでと同じようには生きていけないのではないだろうか。しかし、僕には選択権はない。「秘密」という禁断の果実を持つaikoがもう僕の隣にいる。
そして気づいた。
aikoの「あなた」になるということは、aikoの人生の一部、あるいは人生の全部を引き受ける存在になるということなのだ。
より具体的に説明するために2015年発売aiko33枚目のシングル「夢見る隙間」の歌詞も紹介しよう。
「夢見る隙間」でaikoは「心がすがやの事で 全部埋まってしまった」と思っている。しかし、aikoはそれを口にはしない。なぜ口にしないのだろうか?
もしも、aikoが僕に対してそれを口にしたら、あるいは僕が勝手に感づいてしまったら……。
aikoの「あなた」になるという事は、稀代の才能の持ち主であるaikoの夢へのエネルギーを奪う存在になる可能性もあるということだ。世に残る名曲、誰かの人生を変えるかもしれない歌詞が生まれる機会を奪ってしまうかもしれない。
もちろん逆に新たな楽曲へのモチベーションを生む存在になる可能性だってある。いずれにしても、そのくらいに重みを持った存在として人生に介入することになる。
aikoと「あなた」の時間に流れているのは「楽しい」や「悲しい」といった感情だけではなく、別次元で存在している関係性の重みが常にある。それは普段は影を潜めているものの、ある瞬間には大きな存在感を放つ。
その重みを受け入れなければ「あなた」になることはできない。そして、それは簡単なことではないだろう。しかし、だからこそ日常を彩る「楽しい」や「悲しい」が一層際立って輝くのではないだろうか。
皆さんもぜひaikoの「あなた」を自分の名前に入れ替えてみて、より深くaikoの世界を堪能してみてほしい。